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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

誰もが、苦しみより解き放たれますように

作者: 鍵っ子

――おおゆうしゃよ、しんでしまうとはなさけない!――


 目が覚めた。

 今の声、それにここは……教会だろうか。自分はさっきまでどうしていたんだろうか。


「勇者様、良くぞお目覚めになりました」


 傍らには、何時もの神官が。自分は、どうやら死んで、ここに運ばれてしまったらしい。死んで蘇った直後は、怪我も何もない健やかな気持ちなのだが、頭がぼうっとしてしまうのが、玉に瑕だ。

 自分は、何処で死んだのだろう。


「自分は。なぜ、ここに」

「勇者様の故郷の途中で、どうやら力尽きてしまったようですよ」


 ――その言葉で思い出した。

 故郷が、流行り病に侵され、苦しんでいる。少しでも助けになればと薬草を沢山持って帰るところだったではないか。そこで自分も病に侵され、倒れた。袋の中には、まだ薬草がたっぷりと入っている。届けられてはいない。

 急いで、届けなくては。


「そ、そうだ。急がねば。村に、薬草を。流行り病が」

「流行り病?」

「そうなんだ、母が、皆が、侵されたのだ。薬草さえあれば、助けになるだろうと」

「な、なんと。流行り病で人々が苦しんでいると。それは一大事。私も同行させていただきたい」


 神官が、そう私に言った。


「私は神官。神に仕える者です。困っている人々を、放ってはおけません」

「何とありがたい言葉だ。ありがたいが、しかし。村は病に侵されている。貴方も巻き込まれれば、病に侵されるかもしれない」

「大丈夫です。そんな嘆く人々を救う術を、私は心得ております。直ぐに病が消え去れば、私も侵されることはないでしょう」


 そんな言葉に、びっくりとしてしまう。どんな苦しみも癒す。呪文だろうか、奇跡だろうか。どちらも聞いた事がない。

されど、死者すら甦らせるような呪文があるのだから、それも不思議ではないのか、とも思ってしまう。だとすれば、なんと心強い援軍だろうか。


「分かった。共に村に向かい、故郷の皆を助けておくれ」

「はい。必ずや、私が成すべきことを成し遂げましょう」


 故郷の皆もこれで助かる。そう思えば、足も軽かった。




 道中、故郷からの病に何度も侵された。

 苦しんで眠りにつき、それでも翌日になれば、なんとも清々しい心地で、病など消え去ってしまっていた。神官の力がなければ、また倒れ伏していたかもしれない。


「この世で生きて苦しむ人々に新たなる道を開く。その為に神の使徒となったのです。勇者様とて、その例外ではございません。何度とて、お助けしますよ」


 その言葉に、なんと元気づけられたことだろう。世界中の人々の苦しみを癒したいとまでいう立派な神官が一緒なのだ。万の軍を味方につけたかのように頼もしい。お陰で元気満々で村に辿り着く事が出来た


しかし、そうして辿り着いた村の中には、人っ子一人、見えなかった。


「昔は賑やかだったというのに、影一つないなんて。」

「皆、病で動けないのでしょう、急がねば。勇者様は、私が村を回る間に薬草を配って来てください」

「分かった」


 神官が、十字架を握りしめ、近場の家に走っていく。

 病の辛さが、少しでも和らげば良いなと、薬草をもって村の中を走り回る。村の者、ほとんど全てが病で倒れていた。老人も、子供も。もしもう少し到着が遅れれば、彼ら皆が死んでいたのかもしれない。なんと恐ろしい事か。


「大丈夫か、しっかりしろ。皆、死ぬなよ。治療が出来る者が来たのだぞ」


 苦しみで、寝る事すら出来なかったものに薬草を食べさせてまわる。そうする内に神官が初めの家から出てきて、次の家に入るのが見えた。真剣な顔。彼に任せておけば、皆の命はきっと助かるだろう。


「ああぁっ」


 皆が病で苦しむ声が聞こえる。何処からだ。分からないが、兎に角皆苦しんでいるのだ。何処でも構わない。薬草を配って歩かなければならない。

 家に入り、薬草を食べさせる。一軒一軒。そして、その間に、神官も家を巡って、病を癒しているのだろう。助かったのであれば、顔を見たいが、そんな暇はない。


「がぁ」

「助けて」

「まだ、しにたくない」


 悲鳴が何処からか聞こえる。大丈夫だ。もう大丈夫だ。きっと助かる。そう言い聞かせて次の家へと走り出す。困っている人たちを助けてこそ勇者だ。


「ぐぇ」

「いたい、いたい」

「どうして」


 神官と私が走り回る度、悲鳴は一つ、また一つ、減っていく。きっと神官は村の人たちをだれ一人残さず、助けられたのだ。ああ良かった。私の故郷は確かに救われている。涙がこぼれそうになる。


「むすこよ」

「くるしいよぉ」


 そんな時、耳に聞こえてきた。それは、父と母の声だった。


「おぉ、おぉ! 父上、母上。今、今、私が」

「勇者様。大丈夫です。お二方は、私がきっと何とかします。貴方は、他の方々に一刻も早く薬草を」


 しかし、神官の言葉で思いとどまる。そうだ。今、村の皆は病に責め立てられている。自分の家族ばかり助ける訳にはいかない。より多くの人たちに、薬草を届けなければ。


「我が父と母を、よろしく頼む」

「確かに」


 神官にそう頭を下げ、村を走り回る。

 暫くして、家の方からの呻き声が消えて。


「勇者様! ご両親はもう大丈夫です!」


 その後の神官の声に、思わず私は涙を流して大声を上げてしまった。




 結局、皆を助けるのには日が暮れるまでとっぷりと掛かり。もう、足も、腕も棒の様。助かったのは間違いないが、その皆の顔を見に行くこともできない。酷く疲れて、今はもう眠りたい。

 目の前に、神官が立っている。


「神官よ、村を救ってくれて、感謝の言葉しかない」

「いいえ、その様な事。神に仕える身として、当然の事をしたまでです。生の苦しみから人々を解き放ち、新たなる安楽をもたらす。神の使徒としての本懐です」

「比べて、俺のしたことの、なんと小さい事か」

「そんな事。勇者様は村を救うために走り回り、薬草を配って、皆を励ましていたではないですか」


 神官は、柔らかくこちらに笑いかけている。なんと慈悲に満ちた笑みだろう。村の人達を全て救う。まさに、神官の鏡。この人の居る教会と出会えたのは、本当に良かった。


「その様な悲しい事をおっしゃられるとは、きっとお疲れから、勇者様も詰まらない事に囚われておいでだ。宜しければ、それも私が取り去りましょう」

「そうかも、しれない。疲れていると、良くないことを考えてしまうからな。分かった、是非お願いしたい」

「分かりました。少しお待ちください」


 私にも気を使ってくれるとは、なんともありがたい。

 十字架を取り出した。それを使うのだろうか。おや、十字架の、下の部分が、外れて、赤い、何かが、べとべと、と。


「皆さまの為に振るっていた所為か、拭う暇もなくて、汚れた刃で、申し訳ありません」


 振りかぶって、ふりおろ、し


 な、あた、ささって、あか


 め くら








「うむむ?」

「目覚められましたか、勇者様」


 目を覚ますと、井戸の近くだった。傍らで、神官が井戸で何かを洗っている。


「ここ、は」

「覚えておられないのですか? 村の方々を苦しみから解き放つ事が出来たのですよ」

「そうだ。そうだった。村の者は」

「ほら、向こうの方」


 神官が手で指し示す先、村の者が、不思議そうに体を見ている。皆、病に侵されていたとは思えない程に、元気そうに見える。


「さぁ勇者様。皆様の元へ」

「おまえは?」

「私は、十字架を洗い流さねばなりません。今回は人数が多かったので、念入りに洗わねば汚れが落ちそうにありませんので」


 神官も頑張ったという事だろう。その手の十字架が汚れるほど、村の為に頑張ってくれたのだと思うと、本当に頭の下がる思いだ。


「しかと洗い終えて、神へ此度の救済を告げた後に、私も向かいましょう。共に新たな生を謳歌できる喜びを、分かち合いたいですから」

「皆そう思えるほど苦しかったろうからな。分かった」


 頷いて、村の者たちの元へ向かう。

 こちらを向いて、皆、私の元へ駆け寄ってきた。助けに来た、と言っていないのに、皆が私が助けに来てくれて助かった、と言ってくれた。皆の濁った瞳に見つめられ、酷く誇らしい気持ちになった。

 お前が助けに来ない訳がない。そう言ってもらえるのが、うれしかった。


「あ、みんな、その」


 誰も彼もが、土気色の良い笑顔だ。あぁ、私がこの村を守ることが出来たのだ。瞳から赤い一筋。涙がこぼれてしまって、皆がそれを見て笑った。疲れも何もない健やかな気持ちだった。だというのに、どうにも頭がぼうっとしてしまって言いたいことが纏まらない。でも、それでも。


「これで、皆、ずっと幸せだ」


 それだけは、言えた。




――おおゆうしゃよ、しんでしまうとはなさけない!――



その村は、二度と苦しみには包まれなかった。

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