表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/145

83:不審者問答

 隙間風に押されキィキィと生き物のように鳴るランプの下で、軽い自己紹介が行われた。

 スーニャ、セザル、エイナル。呼びあっているのを聞いていたので何となく覚えている。

 名前の後ろにも前にも余計な文字が付いていないので貴族ではないらしい。偽名でなければ。

 まあ、別に偽名でも呼ぶ名前があるのならば構わない。私だって、こんなに怪しい黒ずくめに出会って本当の名乗りが出来るかと問われれば首を傾ける。

 後から付ける名前が偽名という括りなら、私やシリルも似たようなものだ。生まれた時の名を完全に失っている事以外は。

 今の名前が真か偽かと問われても答える事は出来ない。ただ、偽物でも自分の存在を位置づける名があるのは安心出来た。

 名乗りが自分の番になって覆面の下で眉を寄せる。

 別段フルネームを名乗っても構わないがそれは余り賢くないようにも思えた。

 隠れていないといけない姿なのに、告げるだけで場がややこしくなるようなフルネームなのだ。

 シリルが平静を保ちながらもちらちらと私に視線を送っているのを感じる。


「私はマナ。そうお呼び下さい」


 答えの代わりに口元を押さえて声を曇らせ言葉を紡いだ。


「あ、えっと。僕はシリルです」


 こちらの考えを汲んでくれたらしく、すぐに合わせてくれる。

 前後が交われば破壊力が増すが、後ろさえ付けなければ疑問にも思われないだろう。

 希望。秩序と協調。二人揃っていても名前だけなら悟られにくい。


「ふぅん。その格好で……マナとは」


 睨み付けるような迫力の視線を受け流す私の隣で微かにシリルが身体を動かす。

 無言で軽く肘打ちして牽制の体勢を崩してみたら慌てて座り込んで不服そうな顔をされる。

 気持ちはとてもありがたいが、この狭い場所で揉め事は困るし、険悪な空気も味わいたくない。


「良いのか」


 不敵な笑みを口元に載せ、エイナルが試すような目線を注ぐ。

 たったこの程度の会話だけで品定め出来ると思われるとは、私も舐められたものだ。

 会ったばかりだけど。


「私は面倒ごとは好みません。それに、その手の挑発に乗るほど素直にもなれませんので」

「お前、面倒なの拾ったな」


 言葉遊びをする気はない。率直に告げると白髪をかき乱しながら顔を思い切りしかめられる。

 自分でもとてつもなく扱いにくい人間だという自覚はあるので見えない布の下、目を逸らした。


「いいじゃん。今のはエイナルが悪いんだしさ。

 いきなりオマエの格好でその名前似合わないなぁ、なんて失礼よ」

「そこまであからさまな発言はしてない」

「二人とも失礼ですよ」


 おろおろとセザルが割って入る。

 苦労が絶えないタイプらしい。そのうち胃に穴が空く人種だな。可哀想だと少し哀れむが、代わりたくはない。

 悪魔にも個性溢れる教会の面々にも慣れているが、スーニャの相手は特別疲れそうだ。


「いえ、素直で結構です。似合わない事は重々承知していますもの」


 言葉を紡ぐと今度は何か物言いたげなシリルの視線が突き刺さる。言いたい事は分かる。

 そんな大嘘を。か、もしくは、これ以上ない位に似合っているのに。と言ったところか。

 どちらにしろ嬉しくないしそんな目で眺められ続けていたら怪しまれるのでマントの下で軽く指先を振る。

 まだ言いたそうにじーっと見つめられたがシリルは渋々ながらも黙ったまま元の位置に顔を戻した。


「心が広いのねぇ。あたしだったら即座にドカンとやっちゃってるわ」


 深い溜息を吐き出してスーニャが頬を掻く。

 物理的にドカンなのか魔法でドカンなのか聞きたいが、どちらもあり得そうだし怖いので尋ねるのは止めておく。


「恩人ですから、多少の事には目を瞑れます」

「……人間出来てんのね」


 感心したような口調に心で唸る。

 人間出来ていると言うよりも悟りきってしまっている気がする。

 悪魔の甘言、暴言。神の狂愛、束縛。

 それらに比べたらどれもが可愛く見えてくる。

 元から強烈な人生だったから、ファンタジーな要素に慣れていないだけで後は難なく捌けるだろう。

 軽口悪口誘惑繰り言。昔からかわし続けどれも聞き飽きてしまっている。

 女神でも仏でもないが聞き流す位はお手の物だ。

 ただ私はともかくシリルは不慣れなので程々にして貰わないと宥めるのが大変だが。


「しっかしランプ一つだけじゃ暗くて駄目だわ。薪集めてたき火しましょ。

 あれだけ音を立てたら獣はしばらく出てこないはずだし」

「こんな闇の中で歩いて集めるつもりですか」


 跳ね上がった濃い蜂蜜色の髪を揺らし、座り込んでいたスーニャが立ち上がろうとするのを声を上げる事で制した。

 確かにランプ一つでは心もとないが、夜目に優れてでも居ない限り闇夜での薪探しは骨が折れるだろう。


「そうだけど。それがどうしたの」

「私達の馬車の中にまだ薪がありますから、それをお使い下さい」


 幾つか使用したが乾いた薪はまだまだあったはずだ。

 不思議そうに尋ねてくる彼女に馬車の外を示す。


「良いの!?」

「ええ。私もたき火は賛成ですから」


 大きく目を見開かれ、凝視されたが頷いてみせる。

 驚くような事だろうか。あの馬車手配したのはギルド側だけど、ええと、薪も多少お金取られたかな。

 結構良い値段で。悪魔を滅すればすぐに稼げてしまうが恐らく手持ち金で足りる。


「……後で金取るとかしないだろな」


 疑わしげな灰色の眼差しに大きく肩をすくめ、首を傾けた。


「使えるものは使ったほうが良いでしょう。命の恩人にそんな失敬な事を言うわけもありません」


 整然と並べられていたあの薪が高価だとしても、二人分の命が薪より安いなんて言う気も無い。

 ついでに助けて貰っておいて薪代を請求するほど守銭奴では無い。気持ちは分かるけど。

 まあ、いきなりこんな発言は太っ腹に聞こえるんだろうけど、捨て置くよりは有効利用する方が材料や道具も喜ぶだろう。

 今まで大人しく事のなりゆきを見守っていたセザルが眉を跳ね上げて鎧を着た彼の側に寄る。


「エイナル、失礼ですよ」


 肩ほどで切りそろえられた細い櫛通りの良さそうな栗色の髪が揺れた。


「そうよ、どうしてそんな突っかかるのよ」


 スーニャが呆れたような声を漏らし。片手を上げて掌を開き、首を振る。


「おまえらが馴染みすぎだ! コイツと言い、この女と言い無茶苦茶不気味だろうが」


 人差し指でシリルと私を示し、エイナルが歯を剥く。

 否定はしないが言いたい事はある。


「私はともかくシリルは可愛いじゃありません」


 黒ずくめの私とシリルを同列って言うのはどうなんだ。

 明らかに全身を布で覆ったこっちが怪しいだろうに。


「そ、そんな事」


 ランプの下、彼が僅かに頬を赤らめて首を振る。薄暗いので他の人には見えないだろうが。


「そうよ! シー君は可愛いわよ。不気味じゃないわ」

「し、しー君」


 腰に手を当ててのスーニャの頷きにシリルが引き気味に尋ねる。

 シー君。私の耳にもちゃんと聞こえた。

 シリル。リウお兄ちゃん。シー君。

 早くもシリルは名前が三つに増えそうだ。ほんのちょこっとだけ羨ましいかも知れない。

 いいなぁ、あだ名。


「可愛いからついそう呼びたくなっちゃうのよっ」


 頬を両手で挟み込み、きゃーと黄色い声を上げてスーニャが首を激しく横に振る。

 帽子が落ちないか気になったが、ピッタリとフィットしているのか動きに合わせて揺れるだけ。

 澄んだ音が空気を震わせる。……帽子に付いている飾りが壊れないか心配になってきた。

 しばし一人で騒いだ後、いきなり真顔に戻る。顔の変化の急激さに付いていけず思わず転びそうになった。

 見かけより丈夫なのか水晶らしき飾りにはヒビ一つ入っていない。


「とにかくエイナル。あんたよりちっちゃい上に細そうなこの人達に負けるとか考えてる訳?

 もしかして怖くて怖くて仕方ないのかしらぁ」


 指の間に挟んでいた杖を器用に片手で掌に収め、三日月を模した先端を彼の顔に向けて悪戯っぽく瞳を輝かせる。

 ピンク色の帽子にぶら下げた水晶の小物、可愛らしい杖。奇抜な格好を裏切るような鋭い問いかけ。

 なかなかズルイ尋ね方をする。沈黙を通せば弱いのだと判断するだろうし、否というならば幾つか言葉を並べなければ説得力に欠ける。

 僅かに唇を噛み、エイナルが凶暴な目で私を一瞥した後苦々しい表情で口を開く。


「違う。ただ、毒でも持っていたら危険だろうが」


 うんうん。とても信頼されてない上に暗殺者扱いされてるなぁ。

 自分の格好を知っているので理解は出来るが、それを本人の目の前で告げてくれる彼の図太さに感心する。

 感情を優先して何にも考えてないだけか。それはそれで羨ましい。

 ここで違うの一言で切り捨てるのは簡単だが、それだけでは納得してくれないだろう。

 苛めのような状態になるかも知れないが、幾らか安心材料は与えておくに限る。

 あからさまな答えに流石に口を開こうとしたらしき隣のシリルを宥める為に小さく息を吐き出して、頬に手を当てる。


「持っていても私がそれを実行して、成功する確率は限りなく低い上にそれに対するメリットがないですね」


 否定はしない。違うと言い続けても無駄ならば一旦可能性の話として頷いてみせ、そして否定してみせる。

 恐らく何故、と問われるから。そうでなくても尋ねられる。


「身ぐるみを剥ぐとか、馬車を奪うとか」


 予想を裏切らずエイナルは言い募ってくる。メリット……つまり私の得になると判断した理由を挙げて。

 彼の真剣な眼差しを受けながら、冗談でも聞いた時のように軽く笑ってみせた。

 メリットに聞こえなくもないが、デメリットだらけだ。

 彼らを標的にした暗殺でもない限り獣に襲われた振りをして、毒を持ち歩いたりはしないだろう。

 その可能性は限りなくゼロに近いことくらいエイナル自身にも分かっているはず。だから私は理由を潰す。


「馬が居ないのは事実ですが、頼んだら連れて行って貰える程には情がありそうな方々にどうして刃を向けなければならないのでしょう」


 命の恩人だという事を差し引いても、頼めば送ってくれそうな相手を殺害する理由がない。見知らぬ相手を殺し回るほどに酔狂ではないのだし。

 第一、馬車だけで馬無しの時点で獣に襲われて立ち往生という現状位分かっているだろうに。言葉遊びではなく丹念に彼の疑問を潰していく。

 静かに答えるたびにエイナルが顔を歪める。それはそうだ、遠回しに「少し考えれば分かるだろう」と言っているようなものなのだ。

 不穏な空気をおかしそうな声がかき乱す。


「おお、なかなかエグイ切り込みしてくるのね。拾ったからちゃんと送っていくわよ」


 突飛な容姿通り明るくキャラキャラ笑ってはいるが、言っている事はマトモだ。

 悪趣味なやり口に引いた様子もなく、寧ろ楽しそうにバシバシとエイナルの肩を叩く。小声でアンタの負けーと囁くのも忘れない。

 そのやり取りを眺め、思わず微笑ましく感じる。


「うふふ、つい。ありがとうございます。

 私の性格容姿うんぬんはともかく、感謝もしていますし謝礼もちゃんとお渡しするつもりなのですよ」

「え、何かくれるの!?」


 無報酬の人助けだと考えていたのだろう。いきなり降ってきたお礼の単語に煌めく彼女の瞳。

 何をあげるかは決めてないが、謝礼もお礼も倍返しが信条だ。

 命の恩人なら尚更に。


「あなた方の目に留まるようなものがあるならば」

「なけりゃどうする」


 意地の悪いエイナルの問いにくすりと笑った。拗ねている。


「送られた先ででも用立てます。命の恩人ですもの、ちゃんとしたお礼はしたいのです」

「へぇ」


 穏やかに返された事にムッとしたのか彼が棒読みで答えた。

 本当に無かったらそうするつもりだが、出来るだけ到着先で用立てる事態にならない事を祈る。

 ユハに貸しを作るのは恐ろしい。隣にいるシリルもその一言で少し不安そうな顔をしているし。


「よーっし、歩くの面倒だし馬起こしてさっきの場所に行くわよ。

 セザル前方に直進、獣の死体とたき火の跡とかあるからすぐ分かるわ。早く!」


 報酬に全身から期待のオーラを発しつつ、スーニャが杖を持った腕を振り上げる。

 当然のような宣言にふうとセザルが息を吐いて外に出る。

 彼が毎回御者代わりらしい。無理矢理起こされ不機嫌そうな馬のいななきが聞こえる。

 ふと、不安を覚えた。

 前の場所とそんなに離れていないが、馬車酔い大丈夫かな。

 たかだか数十メートル位だし。視線を動かすと私と同じように不安らしきシリルの揺れる目線が見えた。

 大丈夫だ。自分を信じよう。


「どうどう。行きますよ」


 セザルが慌ててなだめる声と共に車体が軋んだ。

 地震のような揺れに悲鳴を上げそうになって息を飲み込む。

 車輪が軽く回っただけのようだが、機嫌の悪い馬達は丁寧な動きをするつもりはないらしい。

 そしてここは整備された道より少しだけずれている。

 …………大丈夫だと信じたい。

 早速の激しい揺れに早く着くように目を瞑って手を合わせ、心で願う。

 酔いませんように。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ