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ep-YG:開眼・前

外伝。

76:思わぬ包囲網、まで読了推奨。

 木製のトレイの上にミルクがたっぷり入れられたシチュー。香ばしい匂いのパンが二つ。

 食欲をそそる香りが時間が経つに連れて薄れていく。

 来客の好意に甘えている為、裕福ではない家庭だが随分なご馳走が続いている。

 気前よく渡した当人曰く『自分も美味しいもの食べたい』だそうだが。

 ずっと突っ立っているわけにもいかない。

 無駄だろうと思いながらアルノーは口を開く。


「オヤジ。昼飯を……」

「もう少しで良いアイディアが出そうなんだ。その辺に置いてくれ」


 薄く材料を削りながら絞り出すような答えが返る。

 二日前と同じ台詞。

 アルノーの父は未だかつて無い情熱で仕事に打ち込んでいた。

 それは些細な切っ掛け。

 姫巫女の名を決して受け入れようとしない少女の無邪気な問いかけが引き金だった。

 手を付けられた跡すら見えない朝食と持ってきたトレイを入れ替える。

 集中で気が付かれない事も分かっていたが、アルノーは深々と溜息をついた。



 出来上がったばかりの籠をそっと抱え、銀髪と金の瞳という完全におとぎの姿である少女がはしゃいだ声を上げた。

 つい最近アルノーの家に泊まりに来た一風変わった来客者だ。


「やっぱりユーグさん凄い! この小さめのは綺麗な籠ですね」


 マナと名付けられたと聞いた彼女はもう一つの籠に視線をやって、嬉しそうに目を輝かせる。


「小物入れ用の籠ですよ」


 アルノーの父、ユーグはおっとりした口調で答えた。一緒に籠編みをしているうちにいつの間にかうち解けてしまったらしい。

 それを眺めた時、いやまあ、オヤジらしいっちゃらしいなぁ。とアルノーは遠い目をした。

 彼の父は外見が悪魔に近いという事で敬遠されがちだ。言動は悪魔とは全く似てもにつかないのだが人は容貌をかなり重視する。

 性格の方は、少し変わっている。聖女の姿を驚きはすれども、しばらく経つと馴染むという離れ業をやってのけた。

 もう気が付けばマナの事を呼び捨てである。

 聖女や姫巫女を嫌がっているマナは喜んでいるが、不敬の極みでは無かろうかとアルノーはちょっと思ったりする。

 名呼び命令を下したのはマナ本人なので怒られはしない。


「ポーチみたいなのかな。もうちょっと柔らかい方が持ち運びに便利ですよ」


 つんつんと籠の外側に触れて眉を寄せ、マナが首を傾けた。

 ボリューム感のある黒いマントが揺れる。


「もちある、き?」


 不思議そうにユーグがマナを見つめる。

 ポーチというのは知ってはいたが、都会でしか使わないものの名が出てきてアルノーも首を傾げる。


「あれ、違うんですか。女性用にハンカチとか入れる籠というか包みみたいなのを作ってるのかと」

「それは良いですね。部屋に置くのに作ってましたが」


 頬を掻く少女の言葉にユーグが目を細め、首を縦に振る。籠ばかり作っている人間がポーチを作っているのじゃなかったのかという発想にまず驚く。


「じゃあもうちょっと小さめで、あと細工は少しにしたほうがいいですよね」


 現物の籠に指で線を入れ、この位どうですかと尋ねてくる。


「そうですか?」


 マナの提案にユーグは困り顔で口を開く。女心や女性の感性は男にはよく分からない。


「さり気なく取り出したりしたいですし、隅に施されるのがお洒落じゃないですか。

 そう言う場所もこだわる人もいますよ」

「なるほど」


 ちょん、と隅の方に小さな丸を指でなぞる事で作り出し、言われた言葉にアルノーも納得する。

 そう言われればその方が便利そうだ。男と女の視点の違いがよく分かる。


「色も付けられるなら匂いとか付けられないかな」


 アイディアと言うよりも願望らしきものを口に出し、小首を傾げる。

 ごく自然な動作のようだが、普通の容貌ではないので気を抜けば目の前が真っ白になりかける。


「それも出来ると思いますが」


 見事にそれに耐え、アルノーの父は頷いた。

 芯まで染み込んだ匂いは消えにくい。悪臭でも香水でも同じだ。

 野草や花を探せば香りが強いものも多く見つかる。液状にして漬け込めばマナの希望も叶うだろう。


「じゃあほんのり香るように色々な匂いのを作ったらどうですか。

 爽やかなのとかお花の匂いとか。苦手な人もいるので無臭のも作った方が良いですけど。

 きっと女の子達が喜んでくれますよ」


 面白い意見にユーグは熱心に耳を傾ける。

 だがある一点の問題点を思い出したようで、眉を寄せた。


「そう、でしょうか。私が売りに出ても余り」


 売りに出して確かめてみたい。自分の容姿で売りに行っても敬遠されて手にも取られない。

 職人として反響がどの程度あるのか知りたいユーグにとっては難しい問題だった。


「気にしないで下さい。良いものがあれば思わず手を出してしまう、それが人間です。

 きっと凄く売れると思います。多分布じゃないポーチとか珍しいでしょうから」


 香り付きですしね、と告げられ。そういえば、と手を打つ。

 物珍しい見かけだけでは寄ってこなくても、香りも付けば随分興味を引く事に気が付いた。


「なんだか作ってみたくなってきました。やってみます」


 黙々と同じものを作り続ける事にも飽きたのだろう。ユーグはオモチャを見つけた子供のように瞳を輝かせて語気を強める。


「そうですか。じゃあ、出来たら私にも見せて下さい!」


 自分に作って貰える事になったようにマナが手を合わせて喜んだ。


「はい!」


 力強く頷くユーグを見て、どうなる事かとアルノーは心の中でうなっていたが、作業をはじめた父親はある種の豹変を見せた。

 作業に没頭して現実に帰ってこなくなった。それが今のところ二日は続いている。

 息子のアルノーですら予想出来なかった事態である。

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