表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/145

ep-BD:守護者

外伝。

56:聖女の偶像、まで読了推奨

 厄介な悪魔を倒すと飛び出した嬢ちゃんを見送ってしばらくして。

 嫌な予感がした。迂闊に着いていけば邪魔になると感じたから放っておいたが、俺の鼻が『危険』を告げる。

 俺達の方ではなく走っていった嬢ちゃんが無性に気になった。昔から予知にも似た感知は鋭敏だ。

 行ってみるか。

 杞憂ならそれで良い。せいぜい心配性だと笑われるだけだ。

 ちょっと言ってくると声を掛けて、現れ始めた魔物達を屠るオーブリー達と分かれた。

 まあ、この程度の雑魚は問題ないはずなんだがなぁ。

 そう思いながら足を速めた。


 俺の感は半分当たって、半分外れた。歳かねぇ。


 ばたばたと髪を引きずりながら走ってくるのは間違いなく嬢ちゃんだった。

 思わず感激する。姫巫女の容姿ではなく、あのマナが走って転んでいない。

 三歩歩けば前転し、走ろうとすれば尻餅をするある意味珍しい歩行の仕方をするマナが!

 と、感動したのはそれまでだった。必死で逃げている様子の嬢ちゃんの背後に見えた生き物に眉をひそめてしまう。

 ありゃ魔物だな。あれから逃げているのは分かったが、こんな時の場合に備えて獲物を渡した。

 が、時折振り向いて一言発し。足止めをして走り続けている。

 ははあ、成る程。あの気迫というか術を別の方法、生物には精神的な衝撃の攻撃を時間稼ぎとして使っている。

 納得と共に、また疑問が増えた。そりゃ、足止めには有効だが、根本的解決になっていない。

 あの手斧を一振りすれば、雑魚程度の魔物ならざっくり脳天からぶち割れる。

 が、手ぶらのようだ。しかも表情が、珍しく必死だ。危なっかしい動きで走り続けている。そろそろ危ない、と思う前に。

 べち、と音が立ちそうなほどに転んだ。疲労で動けないのか足でもくじいたのか、嬢ちゃんはのし掛かろうとする魔物から逃げようとしていない。

 いかん、本気で危ないのか。悪魔を鼻歌交じりで叩き落としていたから放っておいたが、予感に従って良かった。

 携帯しておいたナイフを振りかぶり、ある一点で指を放つ。昔からやり慣れた動作。動く的や野生動物も一発で仕留められる自信がある。

 狙い違わず蜘蛛型の魔物は耳障りな悲鳴を上げて仰け反った。狙い通り背後に倒れ込んでいく。

 前方に倒れないようにしていたが、ちとひやっとした。あんなのが倒れたら小さなマナはぺちゃんこだ。


「嬢ちゃん無事か!?」


 俺の声で振り上げられた蜘蛛の足が振り下ろされなかった事にようやく気が付いたのか、金の瞳を大きく見開く。


「ボドヴィ……」


 がち、と嫌な音が響いた。マナが口元を抑えて涙目で体を震わせる。

 おちびに言わせると、俺の名前は言いにくい。他の奴らもそうらしく愛称を付けてくれる。

 もっとも、二文字まで縮めたのはおちびのナーシャだけだが。

 教会内では普通に名前を呼んでくれるのは嬢ちゃん位だったが、流石にこの状況下では言いにくいか。


「ボドウィンで良い。なんだこの有様、武器はどうした」

「すひません。ありがとうございまひた。ボドウィンひゃん」


 舌を軽く出して、顔をしかめながら礼を言われた。ああ、色気の欠片もない。

 颯爽と現れ、助けたのに倒れたまま呂律の回らない聖女に礼を言われる。本当に、浪漫が存在しない。

 ま、こんな風体じゃ騎士や王子になれないのは百も承知だが。

 口元を軽く抑え、指先を倒れた魔物に向ける。微かに痙攣してはいるが、いずれ絶命するだろう。急所は外していない。

 細い指先の先をたどり、思わずうめいた。武器は、あった。

 ちゃんと状況を理解して攻撃したのだろうが、これはなんだ。刺さっているというのも生ぬるい。


「なんだありゃ。ナーシャが軽く振ってももすこしめり込むぞ。手を抜くな」


 嬢ちゃんより小さなおちびの方が余程良い攻撃をしている。

 溜息混じりに告げると、僅かにマナの眉が寄った。嫌そうな表情だ。

 しばし黙考するように瞳を細めてから、口内で何か呟く。何か考え事をする時や話をする時のマナの癖だ。

「いえ。どうも私、悪魔を倒せる代わりに腕力とかそう言うのがないらしいです」

 何か言われるだろうとは踏んではいたが、あまりの予想外な返答に思わず仰け反る。


「そう言う事は早く言えっ!」 


 俺は数年ぶりに、本気で怒鳴った。

 危うく見殺しにするところだっただろうが。


 マナは聖女の姿をしていた。そして、その力は人間離れしている。

 まさか苦手な生き物、いや。神に愛された娘が傷を付けられる生物がいるはずはないと。

 半分だけ本気で考えていた。

 嬢ちゃんが根性の座った性格で良かったよ。諦めがよければすぐに殺されていただろう。

 


 

 中位悪魔を退治してから教会は上へ下への大騒ぎ。

 まあ、あれだけ大金が入るとは思わねぇよな。まさかさくりと倒して来たのが中位悪魔だとは。

 それで雑魚の魔物には手も足も出ないというのだから、パワーバランスがおかしい。盾はなくて剣だけ。

 下手すると素手で倒されるのに竜を爪で弾くだけで殺してしまうような配分だ。 

 無茶をするなとマナに怒鳴ってから数日経ち、シリルは空を見上げる事が多くなった。

 祈る事も余りしない。ただ、教会の壁により掛かり宙をぼんやり眺めている。

 たまに口の中で呟いて首を振る。明らかに自己嫌悪に陥っている。

 気持ちは分かる。確かに無茶な悪魔に向かったのは嬢ちゃんだ。だが、悪魔に対しては絶対的な強さを持つからの行動。


 だから、魔物と遭遇した時一番混乱したのはマナだったはず。あの魔物は黒かったしな。心配していたとしても少し強い言い方だったろう。

 

 ――理由も察しちゃいるんだがね。

 

 幾ら他人の事に深く踏み込まない嬢ちゃんでも心配する頃合いだ。

 シリル本人は気が付いていないらしいが、あれから教会の中が湿っぽくていけない。カビどころか変な生き物が住み込みそうだ。


 お節介だろうが、このままでは住み家の居心地が良くない。火のついてない煙草ボドクをくわえたまま声を掛ける事にする。


「よう、悩み事かい少年よ」 


 びくりと相手は体を震わせて、振り向いた。重傷だな。


「あ、ええと。いえ……あの」

「ボドウィンで良い。もうそれで定着しちまってるしなぁ」


 もごもごと言葉を転がすシリルにニヤリと笑ってみせる。

 年相応に紫の瞳を細め、相手がはにかんだ。


 見た目以外は普通すぎて忘れかけるが、シリルもマナと同じ異世界出身だ。

 何の力があるかは知らないが、まあ、嬢ちゃんみたいなのがごろごろしている訳もなし、そんなに酷いものではないだろう。


「あの、ボドウィンさん。僕にご用でしょうか」


 首を傾けると柔らかそうな金髪が揺れる。男にしておくには少し勿体ない容姿だ。


「用ってかな、質問」


 邪念を横に置いて、口を開く。相手が少しだけ困惑したように睫毛を伏せた。


「難しい事は、答えられないと思います。異空渡しの旅人フィムフリィソワの方と一緒に居たのは本当に僅かな時間でしたから」

「いや、そりゃいいわ。嬢ちゃんに聞いたし。これはお前さんにしか答えられない問題だからな」


 軽く手を振ってみせると困惑が、疑問の色に変わった。


「…………そう、なんですか」


 微かに探るような視線。純真だが、なかなか良い勘をしている。確かにこれからの質問はシリルにとって危険領域だ。

 俺の手に掛かっては吐くしかないだろうが。昔取った杵柄で拷問から誘導尋問までお手の物だ、相手が悪かったな少年。


「率直に言うが、お前はマナの事が好きだろう」

「え……」


 しばし意味が飲み込めなかったのか、呆然と固まり。火がついたように朱に染まる。

 おお、分かりやすいな。羨ましいぞ若人。


「そ、そそ……んな」


 慌てて言い繕おうとするのを手を振る事で制止する。


「ここは正直に話しな。大丈夫だ。話す前に嬢ちゃんとナーシャ以外は知ってる。

 というかバレバレだからな。お前さんの言動が示してる」


 アルノーや貴族のお坊ちゃんだけならまだしも、下手をすると俺やオーブリーに向ける視線すら殺気がでている。

 これで気が付かない訳がない。ナーシャは多分知ったら落ち込むだろうな。まあ、初恋とはそんなもので散っていく。


「う、そんな。に、分かりやすいでしょうか」


 自覚がないのか。深々と頷くと恥ずかしそうに視線を落とした。

 本気で隠していたつもりだったらしい。


「その。さっきのご質問の答えですが」


 口ごもるのを止め、ごくりと唾と共に恥ずかしさを多少嚥下したらしく真剣な眼差しが俺を貫く。マナとは違った意味で力がある眼だ。


「ああ」


 気圧されつつも、出来るだけ飄々とした態度で頷いた。


「その通りです。僕はあの人を――お慕いしています」


 僅かな間を空けてそう断言する。潔いねぇ。

 少し迷っていたのは、単純な単語で表しきれないから『お慕いしている』か。


 嬢ちゃんは命の恩人でもあり、恋愛対象でもあり、崇拝の対象でもあるという意味だ。

 複雑な男心だ。


「で、この間のことを気にしている、と」

「そっ、それ……は」


 先程までのきっぱりとした態度が嘘のように項垂れる。頬に赤みはまだ差していても泣き出しそうな表情だ。


「ところで。お前さんは嬢ちゃんの初めに姿は見ていたんだろ」

「はい」


 新たな確認もかねてさり気なく尋ねる。

 シリルが真面目な顔で頷いた。やはり明確にさせたほうが良いな。それで今後の方針が決まる。


「惚れた理由は何だ。容姿か? これははっきり教えておけ」


 俺の言葉にシリルが詰まった。視線を左右に動かして考え込む。

 これは本当に大事な質問。確かにシリルはマナに大きな好意を持っている。恩も。

 だが、姿が美しいだけで好きになる、そんな上辺だけの理由は困る。

 守りたかろうが、そんな奴は護衛には不十分。裏を返せば嬢ちゃんの姿が変われば掌を返す可能性がある。

 真剣に悩んでから、ようやく相手が口を開いた。


「そうですね。分かりにくいかもしれませんが、その、声ですね」


 自信が無さそうに、紫の瞳で俺を見上げそう曰う。


「声?」


 なんだそれは。


「姿を見る前の初めての出会いは声でした。それから……かな。

 それに、あの人は助けてくれましたし。それ以上に髪も姿も関係なく高潔な方です。

 理由は、それでは足りませんか。この世界に来る時から、もう僕の命は彼女のものです」

「ふむ」


 なるほど、初顔合わせではなくて声で惚れた。それは一目惚れの括りで良いのか。

 この真剣な眼差しは嘘を言っている風にも見えないし。嘘だとしたら随分恥ずかしい台詞を真顔で吐いてくれる。

 寿命の事と、今の発言、この潔さ。まあ……賭けても良いだろう。


「俺からの提案が一つある。まー、嬢ちゃんからは反対されるだろうな」


 あの魔物の事があってから、言うべきか悩んでいた。なにしろ、シリルにはかなり負担を強いる事になる。

 適当な気持ちではすぐに根を上げる。


「なん、でしょう」


 不思議そうに尋ねられ、思わず笑う。

 神の掌の上で踊って居るのかもしれないが、安全策はこれしかない。


「お前、守護者マーシェになる気はないか」

「守護者……守護者と姫の物語?」


 不思議そうな声に首を振る。


「それはおとぎ話だな。わかるだろ、俺が言っているのは“そういうこと”じゃない。

 そんな美しいモンではないだろうよ。それでも、なる気はあるか」


 おとぎ話では優しい守護者、美しい姫。だが、現実は違う。

 マナは姫を拒んでいる。だが、姫でなくてもある程度の問題は起きるだろう。


 悪魔に対して絶対的な力を持つ姫巫女は、非力な少女だ。魔物からも、そしてその力を狙う“人”からも守らなければならなくなる。

 読み書きも、他の事も飲み込みの早いシリルの事だ。シリルはこの言葉の真意に気が付いているはず。


 俺は、人も殺せないような顔をした少年に、守りたいなら人を殺せる覚悟があるかと問うた。

 手を汚す事を躊躇えばマナは危険にさらされる。流れる時がマナと同じ速度だからこそシリルが一番適任だった。

 随分悩むと思っていたが、決断は早かった。僅かに瞠目し、相手は微笑む。


「――この命はあの人の為に。喜んで」 


 胸元に手を当て、騎士のようにうやうやしくお辞儀をする。

 迷い無し、か。

 恐ろしい筋金入りの愛だ。ここまで行くと愛だけで済ませられるのかすら疑わしい。

 恋と愛は盲目だ。


「お前はナイフを基本として覚えろ。まあ、剣も覚えて良いんだが邪魔だろ」

「そうですね、小型のナイフならいつも携帯出来ますし」


 引くかと思えば大きく頷かれ心の中で息をつく。こんな場面嬢ちゃんが見たら俺が殴られそうだ。


「オーブリーに教わってたのを見たが筋は悪くない。ナイフは適当に教えてやるし、希望するなら知り合いの本格的な剣の稽古場に連れて行く」


 剣の方を教わって試行錯誤しているのを見たが、やはりそれも飲み込みが早くて溜息をついた。

 あの調子なら、そう経たずに基礎は覚えてしまうだろう。


「……いいんですか!?」


 俺の提案に紫の双眸が驚きで見開かれる。


「ああ。お前さんがよけりゃな」

「願ってもないお話です」


 本当に嬉しそうな声に思わず辺りに視線を這わす。

 ……ああ、ナーシャとマナ、来ないでくれよ。

 聞かれ、見られれば土に埋められそうだ。


「だが、勿論嬢ちゃんには秘密だ。知られたら力ずくで止められるぞ」


 基本手段を余り選ばない様子なので、余りしないだろうがマナなら泣き落としにかかるかもしれない。

 シリルがそれを強引に振り払う事は出来ないだろう。


「はい。これからよろしくお願いしますボドウィンさん」


 礼儀正しく頭を下げ、手を合わせる。本気で守護者を目指すらしい。


「やれやれ、人にこんなの教えるハメになるとは。人生は分かんないねぇ」


 刃の使い方を教えるなんて、一年前の俺が見れば腰を抜かす光景だ。


「ご教授お願いします。頑張って強くなりますね」


 やはり男は愛する女を守りたい生物だ。

 元気よく拳を握るシリルは、今までで一番の笑みを浮かべていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ