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56:聖女の偶像

 ようやくナーシャが戻ってきて協会関係者そろい踏みとなった。


「お花沢山取れたー」


 色とりどりの花に囲まれて幸せそうな声を上げている。

 私は用心としてもう少しこの格好でいる事にした。

 ナーシャが不思議がって服をぐいぐい引っ張って転びそうになるけれど耐える。


「脱ごうよー。さっきの人はもう行ったの見たよ」

「うー、ん」


 お花を抱えて戻ってくる最中見かけたらしい。

 ナーシャの言葉を疑っている訳ではないが、ユハの性格からすると気まぐれでもう一度戻ってきそうな気がして脱ぐのが怖い。


「まあ、まさか本気で来るとは思わなかったな。マナはしばらく部屋で大人しくしていろ」

「仕方ないですね」


 オーブリー神父の声に頷く。カビやキノコが生えそうだが我慢するか。

 次に目撃されれば夢だった、なんて言葉では誤魔化せないだろう。

 もう来ないか。しばらく経ってようやく安心してもたもたと覆面とマントを外す。


「にしても嬢ちゃんにしては不用心だな。倒れていた位置から見ると、ありゃ正面から出迎えたんだろ」


 鋭い指摘に思わず言葉に詰まる。両腕を下ろすと絡まった銀髪がぱらりと落ちた。足首は幾重にも重ねられたスカートで見えない。


「お前その姿だって事忘れている訳でもないだろうに」


 オーブリー神父の追撃に膝の上で拳を握った。そう、私がもうちょっと気をつけて奥に引っ込んでいればおおごとにはならなかった。

 だけど、だけど、そんな事言われても私だってやむにやまれない事情という感じだったのだ。


「だ、だって寂しかったんですよ」


 伺うように視線を上げる。自分の頬が熱いのが分かる。子供っぽいのだって知ってるし、元の年齢を考えると恥ずかしくて潰れたくなる。

 は? と言う顔の皆さん。それもそうだろう、私はここに来てから不平不満の類をあからさまに漏らした事はない。

 その上元々表情に出さない癖が付いているのでわざとしない限り顔には出ない。だから、赤くなってもじもじする私に虚を突かれたようだった。


「ずっと私留守番なんですよ、更にそこの二人なんて男の秘密って感じでのけ者なんですよ!?

 帰ってきたかと思って、思わず、その……お出迎えを」


 してしまいました。年甲斐もなく嬉しかったんです。シリルより年上だったの忘れるほどに。

 聖歌を一人で歌って寂しさも頂点だったから尚更あのタイミングは心が跳ねた。

 だって、絶対――


「シリルだと思ったのに」


 気が付けば声に出していた。

 心配そうに正面まで来ていたシリルの動きが止まり、驚いたようにスミレ色の瞳が見開かれる。

 みるみるうちに彼の顔が朱に染まる。


「え、あ。その、ごめんなさい」


 ぼそぼそと呟いて、真っ赤になったまま俯く。

 そこでようやく私は自分の失敗に気が付いた。

 ぎゃー! 口に出てたぁっ。羞恥で転がりたくなるけれど、習慣とは恐ろしい。

 素早く感情に蓋がされてしまうのが分かる。この感情の波はどうしろと。こらえる事も出来るけれど、何となく納得いかない。

 悪魔め、私には恥じ入るという感情さえ許されないのか。こんな些細な事まで封じてしまう自分が嫌だ。


「…………」


 八つ当たり気味に軽く睨むと、シリルがますます俯く。

 顔が更に赤くなっている。ついでに私の全身も熱い気がする。

 流石にここまで行くと照れは隠せない。感情よりはかなり控えめな見た目だろうけど。


「まあそう言ってやるな。シリルもシリルで大変なんだよ」

「えー。リウお兄ちゃんに変な遊び教えてないよね」


 ボドウィンを悪魔と評するナーシャらしい半眼での追及。

 つくづく信じられてねぇなボドウィン。


「繊細すぎて刺激が強すぎらぁ。まだまだ教える段階じゃないだろ」


 否定せずにそう返すのか、ボドウィンらしいけれど。


「む、どうしても教えない気ですね」

「えっ、と」


 拗ねてみせると頬をまだ僅かに紅潮させたシリルが呻いて困ったように微笑む。

 恥じらいも混じって、いつもより数段目を引く表情だ。

 ぐ、その顔で微笑むのか。卑怯だ。訴えてやる! 裁判所があるかは知らないけど。

 ……対抗して上目遣いで微笑んでやろうか。少しだけ私は真剣に検討して止めた。

 現在の私の姿ではそれこそレッドだ。反則、それは駄目だ。また人に気絶されたら困る。

 シリルは正直だ。多分、その何かは私に関係があるんだろう。


「いつか、教えて貰えるんですよね」


 目で訴える意地悪は止めて静かに尋ねると彼がすぐに頷いた。

 ま、それなら良いか。


「じゃあ追及はしません。気になりますけどね」


 お留守番が寂しくて駄々をこねていただけだし。それでこんな事になったのは私の責任でもある。

 特にシリルは私に巻き込まれたようなものだから、束縛するのは不憫だろう。


「飲み込みが早いね、噛み付かないのか」


 オーブリー神父が怪訝そうに眉をひそめた。普通の女なら、とでも言いたいのか。

 生憎私は普通の女ではない。感覚がかなり擦れてしまっている。


「本人が好きでやっている事でしたら、私は何も言いません。

 よっぽど危ない事をしていない限りは本人の意思を尊重します。

 その人の人生はその人の人生です」


 ユハにも告げた事でもあるが、それよりも情を排した口調で吐き出す。


「……ある意味寂しい返答だな」

「かもしれませんね。もうお昼にしませんか」

「え、あ。そう、ですね」


 顔を上げると、何故かシリルは悲しそうな目をしていた。



 満腹になったので暇つぶし代わりに眺めていた聖歌の本を椅子に置く。

 本日のシチューもとても美味しかった。ご馳走様です。至福。


「オーブリー神父ー、ちょっと気になったんですけど」

「ん。なんだよ」

「聖女の伝承とか姫巫女のおとぎ話の本見せて貰えませんか」


 ユハの反応が少しおかしかった事が妙に気になる。ついでだし本を見てみればいい。


「あ、僕も気になります」

『…………』


 好奇心で尋ねたら、シリル以外全員が黙し、目を逸らした。

 ナーシャまで鼻歌を歌って誤魔化している。


「なんですかその反応は」

「いやぁ、止めたほうが良いんじゃないか」


 気のせいか、目を逸らし気味の神父。


「自分とそっくりとか言われているんですよ。見たいです。

 その話を振られたときに対応出来ないと怪しまれますし」

「う、正論を」


 その場その場で変わるけれど、今回は正論で攻めてみる。

 子供でも覚えているくらいこの世界で広まっているのなら、知っていないとおかしいだろう。


「絵本で良いので見せて下さい」

「分かったよ。何があっても知らないからな」


 渋々と彼が地下の階段へ向かった。


「美辞麗句で悶える覚悟は出来ています」

 かなり恐ろしい内容なのは覚悟の上だ。


「あー、知らないからな」

 呻いて本を取りに行く姿を見ながら、ちょっと不安になった。

 地下に置いてある本、かびてないだろうか。



『うっ』

 微かに湿った本を幾つか置いて貰って、開いて出てきたのは私とシリルの声にならない声だった。

 絵本なので聖女の挿絵もちゃんと載っている。

 だけどそれが一番の問題だった。


「何ですかこれ。こわっ、怖すぎるっ」

「え、ええと。聖女?」


 悲鳴を上げて指さす私と首を傾けるシリル。

 銀髪と金の双眸。それが聖女の姿だと書いてあるし、ちゃんと描かれている。

 猫のような大きな目がぐりぐりと二つ付き、黄色く塗りつぶされていた。

 銀髪は長い事は長いが、ワカメのようにうねり持ち上がっている。

 どこかでこういうの見たな。そう、たしかこう……魔物で髪が蛇の、眼を見ると石化する。

 ゴルゴンだかメドゥーサだかに似ている。このうねうね感がまさしくそれだ。

 明らかに化け物にしか見えないんだが。


「あー、俺も昔はしばらく心に残ったな」


 懐かしそうに頷くオーブリー神父を睨む。


「どこが神に寵愛されてるんですか、魔物じゃないですかこれ!」

「ほら、書いてあるだろうが。神に愛を注がれた清らかなる乙女」


 思わず大声で尋ねるとちょいちょいと神父が文字を示す。

 書かれては居るんだけど。


「邪悪な姿に見えます」


 黒いオーラすら見えそうなそれを清らかと言って良いものなのか。

 幾つか本を眺めても共通しているのは銀髪と異様に強調された金の双眸。

 ……美しすぎて描きにくいからってこれはないだろ。

 子供が夜中に見たら泣くよこの挿絵。


「似てませんね」


 シリルが私と見比べる。これに似てたら地下にこもるしかない。


「まあ、挿絵にし難かったんじゃないの」


 マーユのフォローにもう一冊本を取った。

 確かにユハが私が聖女とは違うといった理由がよく分かった。

 こんな挿絵ばかり見せられたらおっそろしいイメージが先行するだろう。

 蛇のような感じの。


「お、その本はあんまり怖くなかった奴だな。マナに近い感じだぞ」


 言われて静かに開いてみる。賛美の言葉が散らばっているのは同じで。

 金の瞳と長い銀髪。今までと違うのは絵が遺跡の壁画のような描かれ方をされているせいだ。

 しゃがみ込む子供に手を掲げる聖女の姿。

 美人かどうかは分からないが神々しさは伝わってくる。

 子供と女神の対比で私は一つだけ確信した。

 初めてあった時オーブリー神父に言われたちょっと違うとはこれの事だ。

 

 アオ、聖女像今の私より絶対年上だろ。貴様年下趣味のロリコンか。

 前の年齢の方が近そうだ。

 次会ったとき、ほんっとうに覚えていろ。

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