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55:訪問

 マーユに素早くマント一式を持って来て貰い、覆面をしていると帰ってきたシリルとボドウィンが扉の前で立ち竦んだ。


「おー、こりゃまた見事にやっちまったもんだな」


 姿を隠す用意をしている私の様子で大方事情を察したのか、笑う。

 いや、笑い事ではないのですが。

 慌てて厨房から出てきたセルマが、介抱しながら私を見た。


「ただの脳震とうですわ。後遺症もありませんでしょうし。しばらくすればすぐに目覚めます」


 ふむ、どうも打ち所が悪くて綺麗に気絶しただけか。

 ならばこれまでの事はこうするしかない。


「じゃ今までのは無かったという事で」

「出来るかしら。アンタの姿凄いのよ。覚えているってば」


 それは理解している。だからこその手だ。


「悪魔に憑かれた後遺症です。うっかり白昼夢を見たんですよ、そうに決まってます」


 ああ、可哀想。と顔を覆う仕草をしてみる。

 私の姿は客観的に見ても現実離れしている。夢、と言われても納得出来るほどに。

 更に服もドレスに近いので夢の方が説得力があるだろう。


「……騒ぎになるのは困るけど、ちょっと同情してしまうわね」


 白々しい私の声に呆れたか、ユハを眺めるマーユが半眼だ。


「同情は美味しくないです」

「…………」


 心から発した言葉に、全員が沈黙した。その姿で、と言う空気を感じるが無視する。

 同情が食べられてもすぐに口の中で消えてしまうので満腹にはなれない。

 一時しのぎなら構わないけれど。今回は長期的に考えて同情無しで事を進める。

 やっておいて何だが、打った頭が痛そうだとは思う。



 小さく呻きを発して、ユハが起きあがった。

 本日は蒼いコート姿で、身軽な服装をしている。貴族の割に護衛も連れていない。

 馬車で来たのだろうから、護衛は居るだろうし外で待たせて居るんだろうか。

 単身教会まで来るとは、お気楽なのか、信頼して貰えているのか。


「大丈夫ですか」


 声自体は知られている。口元を抑えるのも無駄なので普通に尋ねる。

 聞いている私が加害者というのも皮肉な話だが。

 オーブリー神父も事の顛末は知っているのでそしらぬ顔。


「あまり、大丈夫ではない。いや、今! 聖女のような姿じゃなかったかお前」


 やっぱり痛かったんだな。当然だけど。怪訝そうに尋ねられ、首を僅かに傾けた。


「何の事でしょう。先程いきなり倒れられたんですよ。何か、夢のような物でも見たのですか」

「う……倒れた?」


 額に手を当てて、考え込む。

 とっさの事で記憶の混乱があるらしい。こちらには都合が良い。


「悪魔に取り憑かれた後遺症か何かでしょう」


 さっきの現実は後遺症にしておく。後遺症って言葉、便利だね。


「聖女を、いや、知っている聖女はもっと。

 そうだな、気のせいか。お前のような聖女が居たら大騒ぎだ」


 眉をひそめてはいたが、後遺症の一言で納得して貰えた。


「どういう意味かは敢えて聞かない事にします」


 まあ、確かに色々大騒ぎだろうけど。少し尋ねたかったが、深く聞けば広まっている聖女を知らない事に気が付かれて馬鹿にされる前に疑惑をもたれる。


「お礼の件でしょうか、今回は顔色が余り優れない模様ですし帰ってお休みになられたほうが良いのでは」

「丁寧すぎて気持ち悪い」


 ユハが顔をしかめた。

 おい。失礼だな相変わらず。


「じゃあ、帰って下さい。見ての通りお医者様を呼びたくても気軽に呼べない場所な物で」


 溜息をついて敬語を元に戻す。ユハの顔が明るくなった。何故喜ぶ。

 椅子から身体を起こし、辺りを見回して渋面になった。


「聞いてはいたが酷いな。良く潰れない……犬小屋の方が丈夫だろう」

「オーブリー神父が落ち込んでいるので余り言わないであげて下さい」


 酷い言い草に神父様が壁際で指を立てて沈んでいる。のの字は書いていないけど。


「住み心地は結構良いですよ」


 シリルのフォローに首を縦に振ってみせる。

 ベッドが板だったり、雨漏りが気になったりはするけれど基本的には住みやすい。

 お日様が隙間から良く差し込むので日光浴をし放題だ。隙間だらけとも言うけれど。


「…………屋敷に来ればいいものを」


 現状には結構満足している。だから、その不憫そうな目を止めろ。

 それにユハのお屋敷に行くのは何となく抵抗がある。煌びやかそうだし、成金趣味だったりするかも知れないし。

 無いとは思うけれど、ふとしたアクシデントで姿が露見する可能性がある。


「まあ、そのうちに。今日の所は帰って下さい。少し安静にしていればいいはずです」

「分かった。また――」

「手が空いたら行きますのでわざわざ来なくても良いです。それではお気を付けて」


 次の言葉は分かるので先手を打つ。いつになるかは分からないが手が空いたら行くしかない。

 この調子では長く間を開ければ押しかけてくる。


「……む」


 台詞を先取りされて少々不満そうに彼が膨れた。

 背を向け出口に進み、絶対だからな、と告げてバタンと扉が閉められる。

 乱暴な音と壁がぼろりと剥がれそうな振動に全員が恐怖した。


 ユハ、ものは大切に扱って下さい。

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