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54:孤独な時間

 姫巫女と呼ばれ、聖女の名が付こうが。基本私は暇人である。

 シーツを被ってナーシャの作った花壇にお水をやりつつ、側に植えられた香草の香りにうっとりしたり。

 シスターセルマに礼儀作法を教わり、教会内の全員巻き込んでシリルと一緒にお勉強。

 そんな感じでけっこうのんびりと時間を使う。長寿になったからと言うよりも、出かけられないので教会で出来る事が限られている。

 本日は聖歌を教わっている最中だった。難しい単語ばかりで舌を噛みそうになる。


「マナ様もうちょっとそこは語尾を上げませんと」

「はい。えーと、こうですか」


 壊れそうなオルガンみたいな物から綺麗な旋律。

 出来る限りリズムを覚えつつ、歌詞を合わせる。

 余裕が出来れば考える事もする。私が覚えているのはただの聖歌ではない。

 後々武器になるべき歌なのだ。流石にかえるさんで続ける訳も行かないし。

 中身は神を賛美する物だが私がそんな事思う訳もなく、普通の歌として捉えている。

 誰が崇め讃えるか。呪い祟るならまだしも。


「いいですわ。マナ様、今回はこの辺にしましょう」

「はい、ありがとうございます」


 家事が忙しいのに文句も言わずに手伝ってくれるセルマさんに一礼する。


「まあ、別に構いませんわ。もうすぐ昼食ですから、マナ様は休憩なさって下さい」

「じゃあお言葉に甘えてこの辺りで座っていますね」


 笑って告げられ頷く。手伝いたいけれど髪が重いし不器用だから足手まといにしかならないだろう。

 教会内でもマントを、と言ってみたところ力の限りに反対された。

 一枚でも許されなかった。オーブリー神父曰く『ンな怪しい格好した奴置きっぱなしにしたら人が減る!』とのことだが、もう今更怪しい人が増えても気にしないと思う。

 チンピラ不良神父そろい踏みなだけで人避けには充分なんだし。で、更に言うなら私は現在フルオーダーされたリメイク版のアオ作服を着用中。

 マーユの強い要望により白い服で過ごす事が大半だ。汚れるっつーのに。

 無防備だけど礼拝堂でぼーっと佇んでも何も起きない。本当に人が来ないのだ。

 よくぞまあ今まで保ったと考えるほどに。

 うろ覚えの歌を口ずさみながら聖歌をパラパラ見つめる。所々だけど簡単な文字が分かり始めてきた。

 リズムは覚えられるけど歌詞も読めるようにならないと。

 薄暗い教会内に光が差し込み、耳障りな鈍い音が響く。


「あらー。綺麗な歌声が聞こえると思ったらマナじゃない。聖歌ねそれ」

「はい、後々役に立ちますからね」


 裏からではなく正面の扉から入り込んできたシスターマーユに頷く。

 しばし私を見つめた後、彼女は小さく溜息を吐いた。


「……攻撃に使うだけなのね」

「ええ、色々覚えて沢山使いますよ。普通の歌で倒れられると微妙ですし」


 気分の問題だが、何となく聖歌で倒れられる方が納得いく。

 いちいち日本語で意識して歌うのも面倒だし。


「まあ、そうだけど。つくづく外見を裏切ってくれるわよねぇ」


 中身は納得はしてくれているらしいが、私の外見と発言のズレに困惑しているらしい。


「私人間ですからね。もうすぐでお昼だそうです」


 分かっているがそんなの知らない。私は聖女の姿なだけ。


「そうなんだ、じゃああたしも手伝い行ってくるね」

「はい、行ってらっしゃい」


 おお、と慌てて厨房に走るマーユに手を振る。料理の腕はともかく、出来る限り下ごしらえを手伝うのがこの教会内での暗黙のルール。

 私はというと、手伝ったら仕事が増えるので大人しくする事がお決まりとなった。

 ああ、我ながら悲しいまでに不器用。料理どころか掃除に裁縫すら駄目だなんて女としてどうなんだ。

 シリルの方が全部上手いし。姉や母親の手伝いが好きだったんです、とか言いながら手を怪我することなく見事に皮むきをしてくれる。

 掃除って気持ちいいですよね。と微笑んで全て片付ける。軽い繕いならと器用に穴を塞ぐ。

 うう、嫉妬してしまう。頑張って練習しようとすると有無を言わせない笑みを付けて全部取り上げられるのだ。

 いいんだ、悪魔倒すから、お荷物な分悪魔沢山倒すから。そんな風に自分を慰めても悲しい。

 せめて料理は上手になりたい。女の子である私はその野望を日々燃やしている。出来るかどうかは別問題で。


「……そういえばシリルまだかなぁ」


 最近シリルはボドウィンと共に外で何かやっているらしい。尋ねると「男の秘密さ」とニヒルな笑みが返ってきた。

 勿論この答えはボドウィンの物で、シリルは黙秘を貫いている。

 取り敢えず遠くには行かないのか、お昼を食べに戻ってきて出て行き、夕方にはきっちり帰宅。

 そろそろ帰ってきて良い頃なんだけど。

 ふうと息をつく。聖歌も歌い飽きてきた。ナーシャは外で跳ね回りながらお花を摘んでいる。

 私はひとりぼっちでお留守番。

 つまらない。

 ぶー、と頬を膨らませても、はーと息を思いっきり吐いても反応無し。

 ああ、悪魔は居ないけど静寂は結構寂しい。

 だから、ギイと音が立って人影が見える前に私は跳ねるように椅子から飛び降りて扉に向かった。

 さっきはマーユだから、今度はシリルだと思っていたのだ。


「お帰りなさい!」

「歌が聞こえ――」


 聞き覚えのある声音と、相手が硬直する気配を感じ。

 私は何か反応される前に思いっきり当て身をかましていた。

 

 とっさの対応だった。まずい、と思ったら身体が動いていた。

 ゴガ、と鈍い音を立てて相手が倒れるのを耳で聞き、起きあがる。

 ああどうしよう、やってしまったよ。見られたよ。

 血の気が引いていく。目を回したユハが転がっていた。

 本当に来るなんて思わなかった。

 大きな物音に厨房から飛び出してきたマーユが悲鳴を上げた。

 

 どうしよう? 気絶しているお坊ちゃんをもう一度眺め、聖女姿な私は眉をひそめるしかなかった。

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