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44:侵された場所

 重たい扉を開くと、完全に連行状態で連れてこられたユハに三人は驚き蒼白になっていた。

 あーやっぱまずかったか。とは思うもののしょうがなかったものなぁとも考える。

 適当な言い訳も思いつかぬうちにそのユハ自ら『不問に帰す』と告げられたものだから更に青ざめた三人。

 この坊ちゃん、普段どれだけ我が侭だったんだよと言いたくなるくらい心配されていた。

 正気なのかとボソボソ聞こえたりしたし。私に疑惑の眼差しが突き刺さったり。……術は掛けてないから。そんなの出来ないから。

 錯乱してませんと尋ねられまた切れて怒鳴ったら安心されるという重傷っぷりだ。

 

「とにかくだ、良ければ……じゃなく来い。屋敷に来い! 礼をしてやるからな」


 人前だからか偉さを二割り増しにしている。

 この口ぶりだと今すぐ連れて行かれそうだなぁ、と布越しに眺めて口元を抑え。


「いえ――私達は仕事を頂きに来ましたので。そんなに慌てなくてもちゃんと頂きに参ります」


 そう言った後、少し沈黙して「それかあなたが来るというのでしょう」と意味を含ませる。

 僅かに彼の顔が曇り、舌打ちでもしそうな表情になる。声を変えるのがお気に召さないらしいが、「だがまあ、そうだな」と適当に自分で納得してくれたらしい。

 あー、後ろの三人完全に凍り付いているよ。いつ解凍されるのか気になったが、放っておく事にする。


「ずいぶん乱暴な処遇でしたでしょうけれど。不問で宜しいのですか」


 何となく、問う。別に処刑して欲しいといった訳ではないが貴族のメンツとかあるのじゃないかと気になった。


「今回は悪魔祓いだからな。それの延長線上だと思えばどうと言った事もない。不問と言ったら不問なのだと言っている!」


 言い方は高圧的だが、あの乱暴極まりない対応と私の態度を完全に許してくれる上に礼までくれるらしい。

 流石に少し悪い気がしてきた。まあ、サービスしてあげますか。

 肩を怒らせ喧嘩腰にも見える彼の側に近寄り、軽くしゃがむように手を動かす。

 隣にはさり気なくシリルがいる。……もう大丈夫だと思うけど、まあいいや。


「ん……こうか」


 素直にしゃがんでくれたユハの耳元にそっと口を寄せ――『ありがとう』と彼にだけ聞こえる声で告げる。

 がだ、と音を立て腰を引いてユハがカウンターの側に座り込む。そこまで驚くなと言うのに。

 大声を出さないように口元を覆い、くすくすと笑う。ユハの頬が赤くなってるのを見て更に笑いそうになった。

 あれだけで照れるとは、青いなぁ。とはいえ、私もそう言うのには無縁だからウブなはずなんだけど。

 悪魔との駆け引きで擦れちゃったんだろうかと悲しくもなる。だが、微笑ましい物は微笑ましいのでつい口元が緩む。


「それでは、依頼を受けましたようですので、これで失礼」


 私のちょっとした悪戯に呆れたようなオーブリー神父の手には依頼の紙が握られている。

 丁寧に頭を下げ、最後の挨拶をした。シリルが何故か威嚇の視線をユハに送っていたのはちょっと気になった。

 さっきのは私が自主的にやった物だからそう警戒しないで良いのに。

 小さく溜息をついて神父の開いた扉に足を向けた。

 

 

「さっきのは刺激が強くねぇか」


 次の場所に向かう途中、神父の声が下から聞こえた。


「そうですか? 結構見逃して貰えたのでついつい」


 負ぶさられたまま熱さにげんなりしつつ答える。気をつけて歩いてくれるから振動はそれ程ではないが布四枚の暑さはいかんともしがたい。


「まーあの性格の割には良く許してくれたと思ったけど……マナの声のおかげよねぇ」


 性格は頷くが、私の声はそんなに攻撃力でもあるのか。


「ああ、あの誘惑する声。シスターなのに危なくあたしが堕ちるところだったわ」

「なんの話ですか」

「無自覚ってのもおそろしいねぇ」


 尋ねる私を見たらしきボドヴィッドの声がなんとなく渋く感じた。



 目的の場所はギルドからそう離れていなかった。どろりとした空気が肌を撫でる感触で着いた事に気が付く。

 滑るように降り立ち、支えられながら真っ直ぐ見る。大分慣れた黒い布の中で切れ目からそこを観察した。

 重たそうな鉄の扉。晴れていたクセして辺りに何故かすぐに雷でも落ちてきそうな雷雲が建物を取り巻いて。触れれば粘つくような悪意を感じる。


「なんか、ぽいですね」


 見上げるが城ではなくドームのような物だと気が付く。丸太を輪切りにしたような円状の建物だ。

 絡み付いているツタが黒く見える。いかにも何か出ます、という感じ。悪魔より幽霊の方が出そうなところだと思う。


「気持ち悪い、ですね」


 シリルの顔が青い。確かに先程の強烈さとはまた違った意味でこの場所は気持ち悪い。

 立っているだけで足下から侵食したがっているような、変な感じだ。


「ちゃんと気ぃ張っとけよ。空気に飲まれると負けるぞ」


 軽いオーブリー神父の台詞に首を傾ける。


「負ける?」

「悪魔に取り憑かれやすい状態になるって事だよ。気をつけないと色々入ってくるぞ」


 それで何か浸透しようとする嫌な気分が――


「そういうのは早めに教えて貰えませんか」


 シリルと私が耐性あるから良い物のうっかり飲まれていたらどうするのだ。事前忠告するモンだろうがその手の話は。


「いや、悪いわ。言い忘れてた」


 ド突きたくなったが、あっはははと笑う神父様の後頭部に迫るマーユの拳を見て止める事にする。背も届かないし。

 ぐわぁっ、と断末魔らしき声が聞こえたが平和そのものの表情で美味しそうにボドヴィッドは煙草を吸っていた。

 悪魔の気配たっぷりな場所でこの余裕。剛胆な人である。

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