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36:駆除開始

 さてさて獲物は四匹。取り憑いた悪魔を祓うと言っても、膿を取り出す手術のようなものだ。


「何をする、放せ!」


 喚いている人なんかがいらっしゃったら治療出来るものも出来なくなる。


 私だって心が痛むのだ。今まで乱暴な扱いを受けた事もない貴族様の腕を頑丈に縛って貰うなんて。

 マーユだって目隠しをさせながら微笑んでいる。そう、この目隠しだってあの気味の悪い生き物を見せないが為。

 どうかわかって。


 心の中でちょっとだけ女の子っぽくポエムらしいものを考えていると二人の神父がこっちも終わったと手を挙げた。

 四人とも後ろ手にされた腕を縛られ、目隠しをされてついでに足も固定されている。ちゃんと擦れないように縛る前に腕や足首には布を巻いた。

 端から見れば強盗にあったかの様だ。騒ぎ立てるご機嫌斜めな子犬のように鬱陶しい一人を除き、他の皆さんは大人しく縛られてくれた。

 扱いはどうみても転がされた人質だが、一名以外ちゃんと同意は取っている。

 心は別に痛まないが、まったくもってこれっぽっちも同情しないが。理由はさっき述べた通り。

 約一名祓った時の状況を考えると暴れられるとやりづらい。相手は一匹や二匹ではない上に、同胞が消されたのは知っているはず。

 気が立っているであろう奴らが姿を見せたとたん宿り主の命を狙う可能性がある。そんなとき、悲鳴を上げて逃げ回られたら? 即刻死である。

 優しくはないが、知ってて放っておくのも後味が悪い。祓えるものは祓ってやろう。せっかくの宣伝の機会、教会のイメージアップに貢献してくれるわ。

 断りを入れてからロベールさんも転がしておいた。彼の方は祓っていた為に、何故との非難もあったが「あのような醜い悪魔を目にして冷静に出来る自信がおありで」と尋ねたところ言葉に詰まり。

 「いや、恐らく一度見たものは」と粘る彼に「アレでも可愛い方、と言ったら」と告げたら静かに拘束に応じてくれた。

 嘘も方便です。私、アレより酷い取り憑きかたする悪魔、まだ見た事ありません。

 とはいえ、実質見たのは彼を含めて二度。もっとおぞましいものが居る可能性がないとは言い切れない。

 犯罪じみてきたなあと布の下で遠い目をする。貴族を縛り上げて床に転がしている時点で重罰な気もするが思考の彼方に放り投げた。

 まあそれなりの事を彼はやっているので貴賤を問わずに縛ってもらっておいた。

 マーユが縛られた彼らの前でおちょくる仕草をしているが、それについての批判はない。放せ、無礼な、とかは聞こえるが。

 どうやら見えていないみたいだ。安心して布を少しだけずらす。


「大丈夫ですか」


 心配そうなスミレ色の瞳に声は出さず頷く。蒸れて蒸れて暑いの何の。

 更に空気は悪いわ悪魔の気配がだだ漏れで気分が悪かった。

 パタパタと自分の掌で風を送り、ふーと息を吐く。私の気に障ったと思った皆さんがビクリと震える。

 完全に脱いでしまうと気が付かれるが、開くくらいは許されるだろう。というかそうしないと私がそろそろ倒れる。


「こっちの準備完了だ」

「こっちもだ」


 神父が二人心強い声を掛けてくる。汗を拭い、渋々ながらもまた私は暗幕の中に入り込んだ。

 こうしないと声がくぐもって聞こえない。掌を外側から軽く押し付けて告げる。


「――少し痛みますが。己の不信心と不始末が原因という事をお忘れ無く」


 聞き覚えのある台詞に一人ぴくりと肩が跳ねる。大丈夫、あなたはもう痛くないから。

 後は知らん。



 私がこんな乱暴な作戦を打ち出したのは単純明快な理由からだった。

 全てが面倒くさい。この世界に連れてこられてまだ日が浅く、力の扱いもいまいち分かっていない。

 吸血鬼一族ヴァンピリームの振りをするのは大賛成。だが、その一族になりきるには力の把握を済ませないと無理だ。

 気を抜けばすぐに消し飛ばしてしまう。マーユに演技して貰うのも気が引ける上に疲れる。

 貴族のお坊ちゃんを見た瞬間、揺らいでいた意志は確固としたものになり。

 決断した。

 縛り倒そうと。

 彼本人が憎い訳ではない……いや多少小憎たらしい部分がある事は認める。

 冷静に見なくても彼――ユハの周りに取り憑いている悪魔が明らかに粘っこいのだ。

 もう、毒々しすぎて目を背けたいくらい。数拍眺め、こっそり別の種族の振りをして、なんて到底無理である事を悟った。

 二人の神父に簡潔に縛る事を伝え、マーユにもそう言って貰った。

 「騒いでも抗ってもユハだけは頑丈に縛って転がしてくれ」と。

 この世界に来て開き始めた私の力は日増しに強くなっている。簡単ながらも悪魔の数が分かるくらいには。

 前面に押し出されていた幕を斬ると感じたのは四つの悪魔の気配。一人は祓い、残ったのは三人。

 なのに四匹。答えは一つ、誰か一人にもう一匹取り憑いているという事だ。

 そして、一番の闇を抱える彼――ユハこそが悪魔の宿り木。気配も上手く誤魔化している上に表面上では分からない様に小細工までしてくれている。

 性根の悪い。それと同時に狡猾でもある。イアンも同じような気配を感じたが、一匹だけ。

 一度でこれだけとも思いにくいが、一度で悪魔二匹だとしたらそれはそれで問題である。

 この貴族様何いじったんだろう。

 じっくりいたぶって内側から食い尽くすつもりだったらしいが、私がここに来た事でそれもご破算。

 慌てた奴らが暴れ出す前に決着を付けないと偉い事になる。同時に相手出来るのは一匹……いや気合いで二匹でもしないと後が困る。

 取り憑いた悪魔は素早く取り除かねばならない。ユハに憑いた悪魔量は相手に出来ないと本当に困るのだ。

 まず二人。私は指先を広げ、闇を切り裂くイメージを取る。ロベールに告げた先程の言葉で軽い暗幕は取り去っている。

 薄い薄い膜を一気に二人分取り除く。


「うっ、え」


 姿を現したそれらにマーユが眉を思いっきり寄せた。

 私も思わず演技を忘れて悲鳴を上げかける位の悪魔だった。

 一匹はインプというより、黒い蛇。胴体は大人の男の人の腕ほど。アマデオの眼窩から喉を貫き心臓の辺りでとぐろを巻いて二股になった赤い舌を出し入れしている。

 イアンに取り憑いた次の一匹がかなり異様だ。

 姿形はインプそっくりなのに毒々しいピンクの模様が貼り付いている。身体も二回りというか三回りくらいある。

 ぎらつく黄色の瞳を切る様な黒い瞳孔が気味の悪さを引き立てる。


 まさか蛍光色の悪魔が居るとは。世の中広い。


 横でシリルが唸っている。気色悪いがもう毛虫退治だと思って我慢するしか道がない。

 特にピンクのは今にも心臓をえぐろうとしている気がする。掌をわきわき動かす仕草が不穏だ。

 攻撃態勢に入られる前に一気に二匹を掴み上げ引きはがす。少し荒いだろうが、負担を出来る限り掛けない強さで引く。

 二人分の悲鳴が上がる。暴れる悪魔が抵抗する。特にピンクの悪魔は暴れ方が激しい。こいつが一番厄介か。


「な、なんだ。どうした何をしている!?」


 錯乱気味の声が五月蠅い。集中力が必要なんだって、こっちは!

 気を抜けば途中で落としてしまいそうだ。させるか。何の為に二匹同時にやっていると思ってるんだ。

 これが出来なきゃもっと手強そうなユハの悪魔なんて取り除けない。

 意識を更に集中させて立てようとしている爪や牙を持ち上げ放り投げる様に引っ張る。

 ずぶ、と取り憑いたモノ達が出てくる。第一段階、終了。

 引っこ抜くと後は楽で、潰すイメージを取ればあっさりへしゃげた。

 どうも離れたがらないのは力が削がれるかららしかった。

 次の段階へ移行。片手を上げて合図を出す。ぱん、と乾いた音が響く。


「うわ!? 何ですかこの音」

「あの御仁の力ですよ。悪魔を叩きつけるのを私も先程目にしたばかりです」


 驚くイアンにしみじみと、知ったような口でロベールが答える。


「それにしてはなんだか軽い音のような」


 手を打ち合わせていたマーユが慌てて二人の神父に目配せを送った。

 ドッスと近くの椅子を壊れない程度に殴る二人組。こら、笑うな。気が付かれる。


「酷い音だ。ずいぶん荒っぽい術なんですな。まるでモノに怒りをぶつけるような」


 唸るアマデオ。


「吸血鬼一族の力はそう言うものだと聞いておりますよ」


 更にフォローというか補足してくれるロベール。

 音が立たないのはまずいので三人に協力してそれらしい音を立てて貰っている。

 物に八つ当たりしているような、というのは備品を壊したくてウズウズしている三人を見ると当たらずとも遠からず。

 壊すな、壊すなよと片手を強く振っておく。悪魔がぶつかっても瀕死でもなければ壊れる事は難しい。

 しかし、悪魔との攻防戦で疲れた。満足したのか三人とも殴り叩くのを止める。ほっと縛られた皆さんが息をつく。


「お疲れ様です」


 思わず息を切らしていると、労られて涙ぐみたくなる。

 疲れからくる甘えた気持ちを堪え、拳を握った。

 吸血鬼一族の末裔にはなれないけど、振る舞いだけはそのままに。


「いえ――本番はこれからです」

 見えなくても背筋を伸ばし凛と声を張る。



 今まで出会った下級悪魔の中で一番豪勢で、厄介なディナーと行こう。

 瞳を細めてから、ユハの側による。辺りから感じる緊張感。

 まだ幕は外していない。だけど、もうはみ出しものだとしても聖職に就く彼らには分かるのだ。

 本番の意味と、これから行われる刹那の勝負。

 やってやる。

 貴族のお坊ちゃんは心底どうでも良いが、これだって悪魔撲滅のための一手。

 負けてたまるか。

 私は恐らく上がってしまうだろう悲鳴を堪える為に奥歯を噛んだ。 

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