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34:満面の快諾書

 薄く光の滲む切れ目から相手を見下ろす。好きで見下ろしている訳ではなく、もう土下座までしているのだ。


 誰もそこまでしろとは言ってないんだが。


 素早く左の指先を相手に向ける。鉄の様に硬化した悪魔の尻尾が停止する。

 深く反省している事もあるし、まあ助けてやろう。などと仏心が働いた訳ではない。

 この悪魔、大人しくしていたと思ったらいきなり軽い矢の先端位だった尻尾の先を鋭い槍ほどの凶器へと変えた。


「静かに起きなさい」


 口元を覆ったまま相手を促す。起きあがった男がひぃっとまた悲鳴を上げた。

 それもそのはず、自分の左胸の側、心臓を貫くか貫かないかの位置ギリギリに。本当に紙一重の部分で悪魔の鋭い尻尾が止まっているのだから。


「動かないでそのままに」


 確か吹っ飛ばすのが主流。だけどあの尻尾は邪魔だ。インプの様な悪魔が必死に尻尾を動かそうとしている。

 奴の主な手段は尻尾で相手を貫く事か。

 この中は暗いので目を閉じる必要がない。この位なら見られても構わないか――あの太い尻尾を握りつぶす。

 耳障りな悲鳴が側で起こった。隙間から見えるのは黒い霞。血が出ている。


「少し痛みますが。己の不信心と不始末が原因という事をお忘れ無く」


 信心はどうでもいい気がしたが、この手の人間には多少必要かと思ってそう言ってやる。

 頑丈に縫いつけられた身体を引きはがすイメージ。出来る限り身体に負担を掛けない様に丁寧に……

 と普通ならしているところだけど今日は別。深い傷だけ負わせない様に強引に引きはがしていく。


「ぐぁっ」


 痛いのはよく分かる。悲鳴が上がるが耐えて貰おう。

 優しく剥がす事も出来るが、お仕置きという奴だ。痛くなるとも言っておいた。

 さて、それが終わったら。らしくやるか。

 全身を引きはがし、両手足をばたつかせる悪魔を放り投げる前に腕を固める。

 性懲りもなく爪を伸ばして宿り主の命を狙っている。いじらしい事で。

 そのまま吹っ飛ばしたところで壁を貫通するだろう。それが悪魔。

 面倒だが壁に薄く固い膜を張るイメージを作り、その場所に軽く叩きつける。

 強引に引きはがした時点で既に深手を負わせているはずだ。ずるりと何かが落ちる音がした。

 マーユに声を掛けるとすぐに察してとどめを刺しに行ってくれた。


「終わりました。身体に異常は」


 多少痛みがある事は知っていながら尋ねておく。


「つっ、僅かに痛む程度で……おお、胸のつかえが取れた様にスッキリとする。

 ここしばらくの頭痛まで。ありがとうございます」

「お礼はシスターマーユに」


 険のある響きが柔和になった事に僅かに驚く。あの凄まじい対応には幾らか悪魔の影響もあったのだろう。


「えっ、でもコイツ瀕死だったからあたしでもとどめさせただけで」


 慌てた様な否定。逃すか。


「と言われておりますが」

「お礼はあのシスターに」


 断固とした口調で言い切る。嫌がってはいるが、マーユは強い。

 とどめを刺すのだってある程度力がないと出来ないはずだ。

 お偉い様にそれだけは認めさせなければいけない。


「貴方様がそう仰るのならば、お前……いや、シスターマーユ。礼を言わせてくれ」

「ひえっ、う、いいわよお礼なんてっ」


 ここまで素直な言葉が聞けるとは思わなかったが、マーユが妙な悲鳴を漏らし居心地悪そうな声を上げる。


「オーブリー神父、ボドヴィッド神父。これで宜しい?」


 更に教会の面々の株を上げるべく静かに尋ねる。


「よ、よろしいだろ。おう」


 慌てるオーブリー神父とは対照的に煙を吐き出してボドヴィッドがくく、と肩を揺らす。


「あなた方の実力の程は分かりました。パスタム教会の悪魔祓い、認めましょう」


 チラリと見えた彼の顔は、満面の笑みだった。先程までジジイ呼ばわりされた人物だとは思えない。

 悪魔と一緒に狸まで消えたのか。確実にみんなを見る眼が変わっている。

 カウンターに封筒の様な物が置かれるのが見える。悪魔祓いを認める承諾書。それがないと上位の悪魔を祓いに行く事は出来ないとマーユが教えてくれた。

 今までの会話からすると、無事に実力を認めて貰って検問通過と言うところか。

 見直されれば面倒くさい事もあるかも知れないが、プラス面も多いはずだ。よしよし。

 シリルがお疲れ様と布をぱたりと揺らしてくれた。

 ふわりと生暖かい空気が入り込む。喉から肺に侵入するじっとりとした生臭い……


「……………」


 鉛の様な足を動かし、目的の場所に向かった。


「どうなさいました?」

「どうしたんだ?」


 不思議そうな受付の彼とオーブリー神父の問いを無視し、待合い用の席の側にある角に埃の如く座り込む。

 丁度全員に背を向ける形で。


「おいおいどうした」


 垂れ幕を引き上げる要領で私の顔を見た神父の表情が引きつる。

 両頬に空気を入れ、体育座りで丸まった私は相当面白い姿になっていただろう。

 だが。そのくらい許せ。

 私が吸血鬼一族ヴァンピリームの末裔で、凄い長生きだったとしてもこんな感じで座っているはずだ。


 あり得ないから! もう本気でやだここ!


 半泣きで俯く。どうしたと尋ねられて、ただ拗ねてるだけだと告げると難しい顔をされる。


「あれが気味悪かったのは確かだけど祓っただろ。何拗ねてるんだ」

「受付の向こう……四人居る……」


 呻きながら身体を丸める。心配そうな気配にますます泣きたくなってくる。

 悪魔を祓えば清まる空気がまだ濁っている。まるでこれが序幕だったとばかりに気持ちが悪い。

 最低でも四匹。居るはずだ、なにがなんて考えたくもない。なんて馬鹿ばかりなんだ。


「そうなのか?」

「連れてきて。まだ、居る」


 精神的な疲労でか細くなった声はちゃんと届いたのか、ばさ、と布が元に戻された。

 閉じる前に見た神父の青ざめているんだか怒っているのかよく分からない表情が印象的だった。


「ど、どうされたので」

「奥に何人か居るだろ。連れてこい」


 軽くなっていた声が剣呑な呻きに代わり、神父の苛立ちが伝わってくる。


「そんなことは。今日は私だけで」


 必死の嘘だが普通の気配は分からずとも、無駄に鋭い悪魔感知能力を持つ私を欺ける訳もない。


「居るだろ四人くらい。とっとと連れてこい!」

「そ、それは。あの御仁はどうなされたので」

「拗ねてんだよこの劣悪な環境に!」


 隣に誰かが立つ気配がした。「大丈夫ですか」と優しく尋ねられてシリルだと安心する。

 彼に手を貸して貰って立ち上がる。


「憑かれていますよ皆さん。

 巻き込まれて死にたくなければ早々に連れてくる事をお勧め致します」 


 口元にまた手を置いて、静かに告げるとぶわ、と相手の感情が波立つのを感じる。

 ただ憑かれているだけならば連れては来ない。だが、自分に危害が加わる事を想像したら彼はどのような行動に出るのか。

 確実に保身に走る。下手にオブラートに包んでやるより軽く脅すぐらいが丁度良い。


「だとしても、また貴方のお手を煩わせる訳には」


 嫌がらせではなく、気を使ってくれているのか。まあ、後ろ暗いところはあるんだろうけれど。


「他の悪魔祓いに頼めば良い事ですので貴方にこれ以上の負担を強いる訳にもいきますまい」


 気遣いは時と場合を見て。と言いたいのを堪える。


「それでは何故どなたも今まで受付の状態に気が付かなかったのでしょうね」


 軽く今までの悪魔祓いを無能だと教えてみる。


「――気が変わらないうちにお早めに」


 ぐ、と呻いたが。今度は反論ではなく足音が遠くに向かう音が聞こえた。


 ああ、私の野望って結構遠い。

 良い芝居だと頭を撫でるオーブリー神父を振り払う事すらかったるく、大きく溜息を吐いた。

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