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ep-BD:夢と現実

外伝。

29:真・悪魔との付き合い方、まで読了推奨。

 異界から来た上に名前がないと告げた娘と少年にオーブリーは苛立っていた。舌打ちすら聞こえてきそうな様子だ。

 それもそのはず。


「明らかに聖女の姿だろ、神に寵愛された我らが大いなる愛すべき娘の姿じゃねぇか!」


 机を叩いて思わずまくし立てたくなるほどに、その娘は聖女と同じ姿だったのだから。

 美しいが表情の乏しいその娘が、望んだ姿ではないというから更に苛立ちが増したようだった。

 煙草ボドクをくわえて微笑ましい気持ちになった。

 青いねぇ、ああ。俺もガキの頃聖女を待ち望んだな、と遠い昔に思いを馳せる。同時にまだ少年の心がオーブリーに残っていた事に驚かされた。

 聖女の偶像を当てはめたがるなんて、まだまだ可愛いところがあるじゃねぇかとも思ったりする。

 美しい娘は驚き、柳眉を潜め不機嫌そうな顔になった。感情が非常に見えにくいが、器用な事に分からないほどではない。

 ふざけているのかと詰問口調で問う娘は本当に心底疑わしげだった。おいおい、とも思う。

 あれだけ伝承に近い姿形でよくもまあそんな事尋ねられる。

 幾ら異世界から来たとしても、その姿では目立っただろうに。まるで今までそんな注目をされた事すらないような素振りだ。

 異空渡しの旅人フィムフリィソワ。やっこさん何を考えているんだか。

 気まぐれな神、娘にはいわなかった――混沌の導きでもあり慈愛の導きの死神よ。

 対する紫の目をした少年と言って良いガキは、オーブリーの剣幕に怯んでか口を噤んだままだ。

 今まで平穏に暮らしていただろう穏やかな瞳だが、何処か影のような物がある。

 問答を続ける娘を見た。姿は繊細で壊れそうなのに、マーユを凌ぐほどの剛胆さだ。

 異世界からいきなり連れてこられたのによくよくこんなに口を開ける物だ。まるで修羅場を幾つもくぐっているようにも見える。

 俺の考えが見えたかのように、娘は溜息をつきそうな顔をして目を細める。


「違いますよ。だってこれは望んだ姿ではないと言いました。元はここまで綺麗じゃありません、私としては元の姿に戻りたいところですけれど」


 娘は自分の姿が全て作り替えられたと言った。

 冗談だとしたら性質が悪い。だが、遊び心がある異空渡しの旅人ならあり得る事でもある。ずいぶん思い切ったやり方だが。


「そうなのか。お前さんは見たのか」


 感情的なのは女と相場は決まっているが、先程のやり取りの巧みさと押し込めたような感情の見えない顔の娘より、幾ばくか余裕のない純粋そうなこの少年の方が本音をさらけ出すと踏んで笑って尋ねる。

 紫の瞳を伏せ、何処か言いにくそうに口を開いた。何か前の姿の話で揉めた事でもあるのか。


「あ、ええ。彼女は最初は黒い髪と目で……今とは違う姿でした」

『黒!?』


 そりゃあまた、と思わず口笛を吹きそうになる。

 口ごもり掛けていたのはそのせいかとも納得した。悪魔に村が襲われて全滅した生き残りだと聞いたから、娘の姿を見た時何か言ったのだろう。

 アクマ、って所か?


「私の世界では普通にみんなその色です」


 むっとしたような声。悪魔は嫌いなんだろうが、自分の髪の色は気にならなかったらしい。

 そう言えば、この聖女様は悪魔に狙われ続けていたと聞いた。しかも誰も見えずに力が全く使えない状況で。

 まあそれならばあの肝の太さも納得出来るかと煙を吐く。禁煙しろと五月蠅いマーユが顔をしかめた。

 全く関係ない事だったが、むくむくと年甲斐もなく好奇心が疼く。前の娘の姿が黒い髪と瞳だとしても。

 一人の人間が悪魔の前で叫んでまで庇うほどに執着するほどの美貌を持っていたのかどうか。

 本人に聞いても分かるまい。それにこの様子ではあっさり綺麗じゃないと言われてしまうだろう。

 男の方がこの手の話題に狼狽えやすい物だ。さり気なさを装って質問を追加する。


「で、美人だったのか。前のお嬢ちゃんは」


 からかうように口元を釣り上げ、特徴的な紫の瞳をジッと見つめてやる。一瞬大きく見開かれた瞳がせわしなく移動して、ある一点にしばらく留まりはっとしたように俯いた。

 男にしては整っている顔立ちが後悔のような物で歪む。そこまで観察し、顔を上げた。

 成る程、この様子だと前の容姿は人並みほどか。綺麗ではない、と思ってしまったらしい少年が自己嫌悪に陥っているが自己回復に期待する。



 ナーシャの一言でマナとシリルと名付けられた二人は、変わっていた。

 どいつが凄いかというと、やはり聖女の姿のマナが一番だった。言い切ってしまうと変だ。

 俺は神を万能だと言うつもりもないが、出くわせばそれなりに敬意を払う。その力を目にすれば尚更。

 それが人間の浅ましい部分だと思うが仕方がないとも諦めていた。強い力には屈服か敬意を表すのが世の常だ。

 だというのに、この聖女様。いや、本人曰く人間の癖に神を踏みつけあげく水まで砂利混じりにぶつけたらしい。可笑しい。なんて聖女様だ。

 堪えきれずに笑っていると、


「可愛い子羊の甘噛みですよ。心が広い神様は怒らないはずです」


 なんて澄ました顔をして言う。事実健在ですよ? とでも言いたげな顔で悪そうに目を細めて言いやがる。

 数々の暴論と言動で、幻想の中の聖女とマナという娘の姿は確実に離れた。

 だが、神をも恐れぬその言動が好ましいと思う自分もいた。ありがたい講釈をくれる聖女より、分かりやすく神を殴る聖女の姿をした娘。

 聞いていて気持ちが良い。

 同時に娘の表裏の使い分けに感心する。自分が聖女の姿と酷似していると告げられた時娘はしばらく考えていたようだった。

 多分だが、その重みと重要性だけではなく後ろに付いてくる面倒を考えたんだろう。シリルに目を少しだけやってまた思考に沈んでいた。

 神に喧嘩を売る娘ではあるが愚かではない。自分の立場をいち早く把握し、今後の事を考えようとしている。

 それが間違いでない事を確信させたのは、娘の単刀直入な一言だった。

 空腹で倒れたマナに食事というのもはばかられる品を渡すと数回口に運んで自分は年の取り方が違うと教えてくれた。

 そして、


「私を、国に渡して良いですよ」


 薄く笑ってそう告げてきたのだ。周りが凍り付くのが分かった。

 数刻も経たずに娘は自分の立場を理解しているのだ。そして一番の安全策を提示してきた。

 マナだけなら捕まって死ぬ事はないだろう。だが、シリルは売られるか、殺される。

 だから、この教会でさっさと捕まえて売ってくれと言った。言わずともそう聞こえた。

 聖女の姿はしていても明らかに聖女とは違う娘に好感を抱いていたのは俺だけではなかったらしい。

 この手の事を軽くかわすオーブリーが怒った。マーユ、セルマも同様だ。

 さんざん俺達の忠告をはね除けて、マナは小さく笑った。聖女抜きにして美しい微笑みだと思った。


「あなた達の事結構好きですよ。理由はそれだけです」


 それだけの理由で売れと言うのか。仮面を付けているのかも知れないのにか。

 数刻もせずに? 好きだと。

 ハッ、と笑ってしまう。むずがゆいが不快ではない事に多少なりとも驚く。

 そのせいか、考える前に悪態を付いていた。


「っは、言うね。いい殺し文句だ。こんなクズ集めた教会で良くもそんな事言える」


 何度となく吐かれた言葉。クズの集まりの教会と。一呼吸ほど置いて、マナは更に続けてきた。


「はみ出し者って事ですね、良いじゃないですかはみ出し者。そう言う人間が居るから引き立つ人間も救われる人間も……心休まる場所も出来るんです」


 綺麗事を、と言いかけて金の眼を見て呼吸を止める。懐かしい物を見るように娘は俺達と教会を眺めていた。

 マナは聖女ではないのだろう、発言も姫巫女とは到底言えない。言葉に力を持つ者を聖女と呼ぶのなら、マナは聖女だった。

 金の双眸が無くてもその娘の言葉は心に響いた気がした。

 渋面になっていたオーブリーも同じ思いだったのか、馬鹿みたいに笑い始めてこんな台詞を吐き出した。


「気に入った、あー、気に入った! 国に売られたいってのは本心なんだろうが、ちょっとそれを引き延ばす気はないか」


 聖女に働かせる神父。もうグチャグチャだ。

 そして、悩みつつもニヤリと笑って挑戦するような口調で自分を一人の人間として扱えば良いと頷いた聖女も。

 マナとマーユの発言でよく分からない広報部が出来上がった。

 最近暇で暇でしょうがなかった。しばらく退屈しそうにないな。

 これを神の授けものというのなら、今こそ祈ろうか。


 神よ、どうもマナとシリルをこちらに預けてくれてありがとう、と。


 おかげさんで波乱な日常が送れそうだよ。



 もう一度言うが、マナという娘は本当に変わっていた。

 感情を余り出さない事を聞いてみると、「癖なんですよ」と何でもないように告げる。

 その普通さがどれだけ娘の置かれた境遇が過酷な状況だったかを教えてくれた。

 感情に蓋をするというのは難しい。明らかにマナは下手な神父や神官より強い精神力を持っている。

 潜在能力もだが、聖女の器に充分と判断されたのはその面からもだろう。

 異世界から来て姿を変えられたとしてもおかしいとも思えた。

 悪魔に狙われているのに悪魔信仰者に近寄るか、普通? 敵の手を探るのは敵の中に潜るのが有効だとしてもだ。

 中位悪魔に狙われていた人間のする事ではない。中位と聞いてマナが感心したような顔をしていた。

 位に感心する前にお前さんに感心したいよ。

 何で悪魔信仰してるのに悪魔の一匹まともにいない、と怒るのも何処かずれている気がする。

 相手に疑わせずに適当に餌をばらまいて情報を頂いた。と聞いた時は呆れと感嘆が混ざった複雑な気持ちだった。


「嬢ちゃん、聖女止めて盗賊家業やったほうが良いぞ。肝が太すぎるにも程があらぁ」


 人の印象はすぐに変わる。初めてあった奴を好ましく思う事もあれば、長年好きだと思っていた相手をふとした一言で顔を見るのも嫌なほどに憎む事もある。

 綺麗な聖女の姿をしたマナの一言は必殺の銃のトリガーを引くも同然の言葉だったと後から考える。

 可愛いお嬢ちゃんが、確実に俺の中で敵に回したら怖い嬢ちゃんにクラスチェンジした瞬間だ。

 嫌いにはならない、前よりも好ましく思う。敵にすると怖いがな。


「命がかかれば何でも出来るって見本ですよ」


 悪戯っぽく笑う姿はやはり美しく、見かけに騙されてはいけないとしみじみ思わされた。


 しかし、異空渡しの旅人フィムフリィソワさんよ。この聖女候補の嬢ちゃんの性格どうにかならなかったのかね。とも考える。

 能力はともかく言動が明らかに俺寄りだ。悪魔にまとわりつかれていたにしてはまともな方だとは思うが。

 この微妙な黒さがやっこさんの好みかも知れない。

 捻くれた神ならそれもあるかと納得する。意外と罵られて喜ぶタイプなのか、強い奴の好みは分からん。

 指の間に熱を感じて慌てて煙草を外す。考えに没頭する余り根元近くまで燃えていた。

 ああ、俺の愛しい煙草ボドク

 自業自得とはいえ、心の中で涙した。

またしてもボドヴィッド視点。

一番客観的な人だからと言いたいが。

ボドクが書きたい訳じゃないと思いたい。

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