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30:おしごとのご用意

 軋むが見た目の古さとは違ってまだまだ現役の椅子に腰を落とし、床に届かない足を揺らす。

 神父に渡された紙を流すように捲る。文字はまだ読めないけれどイラスト付きなので特徴は掴めた。

 どれも凶悪な面構えに黒い身体。

 なんというか、指名手配書だよなこれ。私の手の中にあるのは指名手配悪魔の一覧だ。

 手配やなんやかんやはオーブリー神父達にいろんな事を丸投げした。この姿でおおっぴらに出歩く事も出来ないし。


「ふはー。つかれた」


 現在錆色の髪を投げ出して神父様は力尽きている最中だ。


「なーにが『こんな高レベルなんて君達の手に負えるとは思えないがねぇ。まァせいぜい、命を大切に。我らが主に祈り給えよ』だ。

 ふざけんなあのクソジジイ共がッ」


 がばりと突然起きあがり、オーブリー神父が教会の悪魔祓い受付に行っていたとは思えない渋面で机を叩く。バラバラ落ちる資料。

 シスターセルマ有り難う。文句一つ言わずに書類を集める彼女に感動する。


「でも普通だったらこんなの即座に拒否してたから。というかそんな強くないしーうちら」


 パラパラと紙を眺めてはゲ、とうめき声を漏らすシスター。

 大丈夫です。あなたは充分に強いですマーユさん。


「まぁなぁ。怪しまれるわなぁ。

 いきなり正悪魔レベルってだけでも正気とは思えないだろうよ」


 怒れる神父を見て、ボドヴィッドがカラカラ笑う。あの様子だと、さんざん嫌みでも言われたのか。

 思い出してまた腹が立ってきたのか、酒瓶なんかを取り出し始める神父。微笑んだセルマが無言でそれを奪う。何度となくそれを繰り返し、オーブリー神父はぐったりとまた机にもたれた。

 軽い休憩所だと聞いていたが、今ではもう集会場の空気である。休憩出来る感じではない。


「でも賞金一杯ですよね」


 意味はよく分からないまま適当な紙を一枚引き抜いて振る。これが何となく数字みたいな丸の数が多い。

 炎に似た瞳が黒い顔に三つへばり付いていて、いかにも邪悪そうだ。


「だーー。これは没収だッ。あのジジイ嫌がらせかよ」


 苦々しく吐き捨て私の手から紙が乱暴に引き抜かれた。負けじと彼の指の隙間から紙をひったくる。

 じーっと黄ばんだ紙を見る。読めないけど多分危険とか書かれているはずだ。

 やっぱりなんだかこれだけ他の賞金首悪魔と格が違うような。紙も違う、よね。


「何でですか。なんか気になりますよその顔つきの悪魔」

「かなりヤバイ中位悪魔だよ。高位の神官でもバッサリやられるぞ。なんで正悪魔にまざってんだよ」


 あー、強いのか。成る程。

 慌てて取らなくても。そんなに血の気があるように見えるのだろうか、私。

 この顔つきだと性格もあんまり良く無さそうだな、性格の良い悪魔なんて見た事無いけど。


 試しに行きませんかと言ってみたが。


『絶対に断る』


 と思い切りハモられた。気になるのになぁ。

 多数決に負けて、項垂れていると。ポンポンと肩が叩かれた。

 スミレ色の瞳に希望を寄せたが、微笑んで『却下です』と零度の声で叩き落とされる。

 悪魔退治は承諾してくれた物の、なんか、まだ怒っていらっしゃるらしい。

 キツイなら留守番をと言ったら更に怒らせてしまった。……私、変な事言っただろうか。

 村の事とかで思い詰めて居るんだろうからと気を回したつもりだったんだけど。

 

 人付き合いって難しい。




 セルマとマーユの提案で私は取り敢えず着替える事になった。

 召還というか、連れてこられた時の服は見るも無惨な状態で家事全般万能なセルマがお手上げになった位だ。

 ワインにクリームその他諸々被ったものなぁ。教会内で引きこもっていたので、私は唯一着られるぶかぶかの寝間着のまま過ごしていた。

 はしたないとか思うけれど、丁度良い服下さいなんて言いにくい。絨毯にも損害を出してしまった身としては。

 しばらく倉庫を探っていたセルマが済みませんと一抱えほどの布を持ってきた。


「少し大きいですけれど。修道女の服しかありませんので」

「私、着たかったんですよ」


 折角教会に来たのだからこの位の服装はしてみたい。

 着方が分からないので着せて貰う事にする。下手すると髪が服の中に入り込んで偉い事になってしまう。


「出来ました。やはり……」


 セルマの表情が曇る。


「似合いません?」

「服が負けてるわよ服が!」


 そんな事、と言おうとする彼女の言葉をマーユが留めた。うう、多分銀髪と金の目がいけないんだろうな。

 よく考えると頭に被るのも髪がはみ出してしまいそうだし。


「でも外には出られる服になったわね。後は――」


 視界が闇に包まれる。薄い光を感じるが急激な漆黒の訪れに腰を引く。

 遅れてばさ、と音がした。肌に布の感触。


「黒い布を足下まで垂らせば良し。髪も目も見えないわよ」

「前すら見えません」


 前後左右全く分からなくて泣きたくなる。確かにそうだけどこれじゃ動けない。


「大丈夫。アンタは背負って貰うなりすれば良いんだから」


 それはかなりの足手まといです。だけどこの身体でそんなに長く歩けないし、お言葉に甘えるしかないか。


「分かりました。えっと、それで私はどうしていれば良いんですか」


 流石に私が聖女だ! と名乗りを上げる訳にはいかないだろう。隠したいのだから布を被せたのだろうし。


「おーい、終わったかってうぉっ。マナかそれ」


 着替え中なのでノック位して下さい。


「オーブリー神父。私ですー」


 それ呼ばわりされたが、仕方がない。


「よしよし、やっと覚えたか」

「たまに言い間違えそうになりますけど、なんとか」

「まだなのかよ」


 呆れたような声音にうー、と呻く。頑張って時々練習して居るんですよこれでも。


「マナは取り敢えず黙っていて、適当に話を合わせる。

 あたしもついていくけど、歩けないだろうし不良神父に背負って貰えばいいわよ」

「うげ。俺がか!?」


 悲鳴が聞こえた。……この身体でも重そうかな、ダイエットしたほうが良いかな。


「文句言うな! アンタが一番体力あってそれなりの若さなんだから。ボドヴィンやシリルに頼む訳にも行かないでしょ」


 あー、確かに。体格的にオーブリー神父が一番適任だと思う。


「マナ様をお運びするなんて光栄ではありません? オーブリー神父。まさか、否と仰ったりは――」

「喜んで運ばせて頂きます」


 底冷えするシスターセルマの淡々とした質問に、神父は即座に答えた。


 弱いな。


 でも気持ちが分かる。

 慰め代わりに私はオーブリー神父の居場所辺りに軽く手を左右に振ってあげた。

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