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29:真・悪魔との付き合い方

 静かな空気。切れるほどに冷たい川の水を思い出す。

 希望をと聞かれたので、正直に答えてみた。沢山の悪魔が居る場所に行きたいと。


「何考えてるんですか!?」


 椅子すら蹴倒し怒るシリル。スミレ色の瞳が私を真っ直ぐ貫いて、握った拳がぶるぶる震えていたりする。

 普段温厚なのでおっかないです。


「姫巫女さま駄目です、いけません許しませんッ」


 私の事を名前呼びするのも忘れてセルマが柳眉を釣り上げる。


「まてまてまて。そりゃ金にはなるがいきなり悪魔退治って」


 喜ぶかと思ったオーブリー神父は暴れ馬をなだめる調子で両手を揺らす。


「突拍子ねぇなぁ。お嬢ちゃんも」

「悪魔退治って、悪魔退治だよね」


 煙草を燻らすボドヴィッドに、不思議そうに私を見つめるナーシャ。

 諸手を挙げて賛成して貰えるとは思っていなかったが、かなりの反撃を喰らった。

 ……シリルさんの目がとてもおっそろしい。見なかった事にしておく。


「いえ、お金になる上に手っ取り早くないですか。このままぼーっとしてるのもなんですし」

「なにか倒したい悪魔とかでもいるのか」


 神父の台詞にぼんやりと記憶が蘇る。笑うインプ、黄色く濁った双眸の悪魔、微かに見える死神の鎌。


「そうですね、じゃあ取り敢えず見えそうで見えないような鎌を振り回す人より少し大きめな悪魔なんてどうでしょう」


 あやつから消すべし。私の提案にオーブリー神父は絶句し、


「阿呆か! それ正悪魔どころか中位悪魔じゃねぇかッ」


 引きつった声を漏らす。おお、すごい驚きようだ。

 ある程度強いと呼び方が中級とかじゃなくて位になるのか。確かに高級悪魔って変だし。

 私の周りに鬱陶しく飛び回っていたのは結構偉い方だったのか。成る程。


「そうなんですか。でもビシバシ倒すのが目標だったんですよ。アレを」

「じょ、冗談言わないでよ。正悪魔でもきついのに中位悪魔なんて死ぬじゃない。

 歯が立たないわよっ。ていうか死にたくない!」


 脅えるマーユ。積年の恨みを晴らしたいところだけど、どうも早々上手く事が運ばないか。


「じゃあ正悪魔の方で適当に見繕って下さい。ちょっと私の力も把握したいので」


 これが精一杯の譲歩。インプ相手なんてつまらない。多分その気になれば一息で消し飛ぶ。

 この間はそんなにゆっくり出来なかったから、ある程度の実力がある悪魔で自分の能力を見てみないと。

 大丈夫だと思ったらもう少し強い悪魔の所にも連れて行って貰えるだろう。というかシリルさん、そろそろ怒りを鎮めて下さい。

 背中に汗を掻いている事を悟られないように冷静な顔を貼り付ける。


「ん、お前その姿知ってるって見た事あるのか」


 オーブリー神父が顎を軽く掻き、べた付く自分の指を忌々しそうに軽く擦り合わせた。

 知ってるなんてどころじゃない。思わず遠い目になる。


「つい先日まで毎日五、六匹ほどに追い回されました。忌まわしい記憶です」

「ち、中位悪魔が五匹以上」


 マーユの顔が蒼い。かなり私は命がけの日々を過ごしていたのだろう。

 鎌を防いだ鞄は斬られるわ、道端のゴミ箱は袈裟懸けにされるわと確かに危なかった。

 うん、良く今まで生き延びられた。私ってしぶとい。


「良く生きてたな」

「生きる為に色々しましたから」


 引きつった顔の神父に溜息をついてみせる。色々やったなぁ、本当に。


「色々って聖水だけだとあんまり効かなかったんだろう」


 神父の台詞とは思えないが、先日の事もあるので聖水が万能という訳ではないのだろう。


「そうですね、聖書も聖水も本当に色々しなくちゃならないほどに役に立たなくて」

「……具体的には何やってたんだよ」


 聞きたいのか。まあいいけれど。


「そうですね、表の方だとあらゆる宗教に悪魔祓い、当たれるところは当たりました」

「そうか無難な――待て、表って何だ」


 耳聡いなオリー……じゃなくてオーブリー神父。


「裏の方だと悪魔信仰者の方のパイプを使って色々調べたりとか」

『なっ!?』


 思い出す為に目を閉じながら話すと、やはり驚愕の声があちらこちらから聞こえた。


「そ、そそそんなっ。あ、悪魔信仰なんて」


 ショックでスミレ色の瞳が泳いでいた。セルマは目眩を堪えるように顔を覆っている。


「な、なんてとこに行ってるのよ!?」


 マーユも髪を逆立てんばかりに怒っている。

 まあ、外道だと分かってはいる。だけどそこまでしなければ生き延びられそうになかった。


「ほぉ、偉く危険な賭に出たな」


 落とし掛けた煙草を器用に空中でくわえ、ボドヴィッドが目を細める。


「日々命を狙われて居るんですよ。出来る事はやらなくてどうしますか。悪魔信仰の割に私よりも安全な場所にいましたし」


 悪魔信仰を密かに行っていた人物の文字通り秘密の部屋に入ると。

 不気味な魔法陣に悪魔辞典や教典。骸骨の模型に羊か何かの頭蓋骨が飾られていた。

 この時点で悪魔が五匹周りにいても違和感がなかったのだけど、居たのはインプ一匹位。

 日々健全に生きている私より悪魔が少ないとはどういう事だと心で憤ったりもした。

 悪魔に興味があるという事でじっくりお話し合いをして何とか悪魔の情報を得る事に成功した。

 嘘は言っていない。悪魔の弱点に興味があるのだ。

 悪魔信仰者というより悪魔フェチに近いその人は悪魔の特徴を教えてあげるだけで喜ぶ。よく知っているねと言われたりもした。

 知ってるというか横にいたりするんだ。とは言わずに曖昧に相槌を打って誤魔化す事幾度か。

 下手に悪魔によりつかれていると知られたら、悪魔信仰者が魔王信仰者にランクアップする可能性があった。

 ただでさえ王の為にとか連呼されているのだ。悪魔好きのその人なら喜んで身を捧げろと言いかねなかったからだ。

 無論嫌なのでこちらの情報を小出しにしつつ、危なそうな部分はごっそり取り除いて悪魔の寄せ方だのなんだのもついでに教えて貰った。

 寄せてどうする、と思うなかれ。悪魔寄せの材料や方法は意外と使える情報なのだ。

 好む品や言葉を少しいじれば悪魔が嫌う物に変えられる。好きな物を嫌いな物に好む言葉を忌む言葉に。

 こうして私の護衛手段は着実に増えていったのだった。彼には余計なお世話だったかも知れないが、情報のお礼に帰り際インプにこっそり聖水を撒いておいてあげた。

 との事を話すと、ボドヴィッドが長い息をついた。


「嬢ちゃん、聖女止めて盗賊家業やったほうが良いぞ。肝が太すぎるにも程があらぁ」

「命がかかれば何でも出来るって見本ですよ」


 昔裏の道に足を染めていそうなボドヴィッドのこの言葉は嫌みではなく、ある種の賛辞に思え小さく笑ってみせた。

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