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ep-BD:聖女の伝説・前

番外編というか外伝。

19:死と生の狭間で、まで読了推奨。

 細い一本には幸福が詰まっている。火を付けると快楽が飛び出す。

 自分を焦らす様にそっと指先でつまみ上げ、くわえてゆっくり吸い込めば、肺の中に至福の煙がたまる。これだから、コイツは止められない。


「あーーーーー。ボド居た!」


 会場造りをサボって燻らす煙が目印となった様だった。

 おちびちゃんにみつかっちまったか。


 名残惜しいが火をもみ消し、やれやれと肩をすくめて足音を消しながら進む。


「そこだぁっ!」


 ひゅっ、と白い固まりが側を直撃。また腕をあげたな。

 しかしまだ甘い、このボドヴィッド様をその程度の腕で捉えられると思ったら大間違いだ。

 汚れた椅子を避けながらまだまだ身軽な身体を示す為に椅子達を飛び越える。


「うっ、ぐ。当たらない! むかつく! この悪魔サボってないでショーの準備しろぉっ」


 それがお断りだからサボっているんだよおちびちゃん。

 細い両腕が近場にあるひときわ大きなケーキを抱えたのを目にした。


 おいおいおいおい。流石にそれが当たったら困るぞ。

 慌ててしゃがむと、渾身の一撃が頭上を飛び越えていく。

 ぐちゃ、かべちゃかは知らないが嫌な音がした。


「あ」


 呆けた声にケーキの軌道線上を見る。半開きになった扉が真っ白になっていた。

 小さな人影が白く見える。ああ、ご愁傷様だ。

 俺にも多少非はあったが、あんなにどでかいモンを投げるのも悪い。


 神様、まあ許してやってくれ、俺とおちびちゃんを。


 心の中で神に祈ってやってから、その場から去った。

 さて神は許してくれても頭からアレを受けた被害者は許してくれるだろうか。

 先端の潰れた煙草ボドクを口に含み、笑みがこぼれた。



 あちこちから下卑た笑い声が聞こえる。耳障りにも程がある。

 相変わらずつまらねぇ。インプの一匹が聖水の一振りで消えていく。

 それに口寂しい。戦うときくらいは煙草を消せと馬鹿神父から告げられていた。

 かったるいねぇ。

 とはいえ、こんな薄汚れた神父とも言えない俺を置いてくれる心の広い教会はこの潰れかけた教会だけ。

 それに、いい加減こいつらにも愛着というものがついてきている。

 ショーだって金の為だ。そうでなければ面倒くさがりのオーブリーの馬鹿が提案する訳はない。

 先程おちびが居る客席から悪魔との歓声を頂けた。俺は悪魔じゃなく、側にいるのが本物だと何度言わせれば気が済むのかね。

 マーユが相変わらずデタラメな祈りを捧げて終了。本日も、俺達の神は心が広い。


「さて、仕事が終わったぞ。さ、もう飲んで良いだろ。喉が渇いてしゃあねぇのよ」


 むわりと鼻を突くインプの残り香に反吐が出そうになる。何か飲まないと気持ちが悪くて仕方がない。


「それにはこちらも賛成だが、大分暗くなったな。先に灯りだ灯り」


 死臭だか体液だかの匂いに辟易しているのはオーブリーも同じのようだ。酒をあおりたいのはお互い様か。

 この位の暗さで根を上げるとは軟弱だな。そう思うが、俺はともかく並の人間にはキツイ暗さでもあると思い直す。

 口の端でくわえただけの煙草を揺らして蝋燭に明かりを灯す。

 夜中が好きな悪魔を呼び出す為とはいえ、毎度面倒くさいったらない。

 他の場所は適当に任せるとして、酒の席に足を運んだ。オーブリーが睨んでいるが知るものか。

 なんだか今日は、妙に酒をかっ喰らいたい気分だ。まるで何か、地震の前触れの様に落ち着かない。

 ちっ、と思わず口内で舌打ちしてはっとなる。我ながら珍しい。煙草や酒を飲み喰らおうと、教会内では余りしない仕草だ。

 嫌な気分だ。まるで闇夜から蛇が這いずって来る様な寒気を覚える。

 だからだろうか――

 いきなり一人の年端もいかないガキが不良神父やセルマを突き飛ばしても、ある一点から目をそらせなかったのは。


 祭壇の側に吊された袋が何かに飲み込まれ、投げ捨てられる。黒い羽が壁を突き抜け、邪悪な瞳が喜悦に歪む。


 それを認めた瞬間、流石に息を飲んだ。下級悪魔ではなく正悪魔。ご立派な神父やシスターでも手を焼く正真正銘の悪魔様だ。

 ……冗談きついな。

 煙草に火を付けようと考えて思い直す。死を覚悟する訳じゃあるまいに。

 苦笑を漏らして、俺は愛しい煙草をポケットにねじ込んだ。

 



 そこから先は悲鳴の渦。ま、そらそうだわ。俺だったらさっさととんずらこいている。

 しかしながら生憎と今は夜。俺でも躊躇う暗さに普通の村人が出られる訳がない。


 実質上この教会内は牢獄の様なものだった。あー死人でないだろうな。

 ただでさえこの教会評判悪いんだから勘弁してくれ。死者が出た教会なんて更に誰も来なくなる。

 ふと冷たい風が吹き込む。勇気ある一般人の誰かが扉を開いてくれたか。

 熱気とアルコール、煙草の残り香がかき乱されて散っていくのを感じる。

 ありがたい。どうやら俺も多少頭に血が上っていたらしく、冷気に触れてすっと頭が冴えるのを感じる。

 あの悪魔の楽しみに加わっていたかと思うと自己嫌悪に陥り掛けるがそれも止める。この場合、まずは群衆の整理かね。

 ぱたぱたとおちびが場違いな足音を立てて側を通り過ぎようとする。


「あぶねぇぞ何処行くんだ」

「ろうそくろうそくろうそくろうそくっ」


 蝋燭と呪文の様に言っている言葉で何となく察しがつく。人が出て行く気配はないのに、この冷気。

 そしておちびの言動。ショーを見に来る位だ。悪魔を囓った誰かが手を回してくれているのか。

 引き留めることなくそれを見送った。誰かは知らないがありがたい。

 確かに混乱が一番の危険因子だ。さてさて、終わったらなんて礼をするかねぇ。

 俺は先程より気楽な気分で近くの酒をあおった。さて、ここ一番の見せ物の始まりだ。




 ポケットに両手を差し込んでぶらりぶらりと呆けている二人に向かう。


「よう」


 声を掛けるとオーブリーの馬鹿っ面が更に面白いほどに歪んでいた。セルマは座り込んだまま。

 マーユなんて凍り付いて動けていない。突撃してきたガキはやはり年端もいかない少年だった。

 おちび……ナーシャと少ししか離れてないんじゃないか。こいつ。

 新緑色の神官の様な格好だが、見た目は本に出てくる天使の様だ。細い金の髪に――

 その容姿を見つめてほう、と心で呻く。紫の瞳とは珍しい。

 さっきの勇猛果敢ぶりは何処へやら、悪魔の方を見つめたまま固まっている。

 なんだ、自分から突っ込んだにしては恐怖心が強すぎないか。

 指先に自分の髭の感触を感じる。指摘されても治らない考え事をする時の癖だ。

 また誰かに言われてきたのか。幾ら身近だと言っても悪魔に詳しい上に冷静な人間が何人もいるとは考えにくい。

 誰かは知らんが感がイイヤツだ。気配に敏感な俺だって何が来るかなんて気が付かなかったのに。

 どんな礼をすれば良いんだろうな。神父とシスター民間人それだけ助けて貰っては頭を下げるだけでは足りねぇだろ。


「あく、あく……悪魔ぁぁぁ」


 壁際にいたマーユが叫んでいるところに取り敢えず側に置いてあった聖水を掛けておく。ぎゃあ、と悲鳴が上がったが無視した。

 馬鹿には良い薬だ。

 シスターが脅えていてどうするよ。インプ退治していた時の威勢は何処にやったんだ。


「なにすんのよボドウィン!」


 濡れた髪を握り、深紅の瞳をぎらつかせる。


「いや、悪魔の前で負の感情まき散らしてる馬鹿が居たモンでついつい」

「うっ。だからって聖水」


 俺の言葉に顔を赤らめるマーユ。恥じらいはあったのか。

 空になった瓶を絨毯に落とす。


「聖水ならそこらに転がってるだろ。ほれ」


 中身の無くなった瓶が転がり、満たされた瓶の側に到着した。幾つか割れているものもあったが、一抱えしても溢れるほどには残っている。


「くぅっ。正悪魔なのよ何落ち着いてるのさっ」


 動揺すると語尾に多少訛りがつくのはマーユの癖だ。まあ、気をつけていないと違いは分からないが。


「落ち着こうが落ち着くまいが来てるモンはしゃあねえよ」


 見も知らぬ一般人が冷静に人を逃がして居るんだから、ここでじたばたする訳にもいかねぇだろうし。


「ほれ、オーブリーも起きた起きた。ショーの続きだぞ」

「なんつー重いショーだ。こんな事なら生贄なんか置いておくんじゃなかった」


 ある意味自業自得なんだから諦めろ。まあ、俺だってインプ以外に強い悪魔が来る事も予想はしていたが、流石にご立派な正悪魔が来るとまでは思わなかった。

 ご招待した覚えはないんだが、来る場所間違ってねぇかコイツ。


「か、神よお力を」


 震えながらもセルマが立ち上がる。見かけによらず良い肝っ玉だ。


「インプはともかく正悪魔ってどうすれば倒せるのよ」

「分かるか」


 もっともな質問だが、切って捨てる。はみ出しものに聞かれても困る。

 正式な神父様に聞いても困る質問だろう。魔物よりも危険が多い悪魔祓いは専門家自体少ないのだ。


「適当に術でもぶつけるしかねぇか」


 腹を決めたオーブリーの声に頷く。インプも一応は悪魔。戦い方自体は一緒だろう。

 子犬と狼ほどの違いはあるだろうがな。


「私、聖水を投げてみます」


 セルマの台詞に口の端を上げて肯定の頷きを返す。基本的にセルマは術を使えない。

 遠くからそうして貰ったほうが良いだろう。


「一応ケーキ投げてみるか?」

「楽しそうだねぇ」


 効くか効かないかは分からないがストレス発散にはなりそうだ。


「アンタ達もうちょっと緊張感持ちなさいよ!」


 言うマーユの両手にケーキがあるもんだから、説得力がない。

 くく、と笑って俺は片手をあげてみせた。死地こそ楽しいものか。

 久々の緊張感が楽しいとは、まだまだ若いねぇ、俺も。

 やんちゃをした昔に思いを馳せながら近くに落ちていた聖水を一瓶取った。

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