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27:最低限の礼儀を忘れずに

 自分の顔が凶器と認識したその日から私は極力笑顔を抑えた。

 昔から感情のコントロールをする癖が付いていたが、四六時中悪魔がでてこないせいもあってこの世界では気が抜けてしまっていたようだ。

 それに、喜怒哀楽を伏せても関係なさそうな感じだったので久しぶりにというか無意識に弾けていたらしい。

 そう言えばアオに対する私とかまさに切れまくっていたような。当然なんだけど。


「姫さま。お早うございます!」


 輝くグリーンの瞳が私を見つめている。この子には私がどんな姿に映って居るんだろうか。


「え、ああ。うんお早う。今日も早いんだね」

「野菜の世話は朝が早いですから普通なんですよ」


 眠い目を軽く擦りながら転ばないようにゆっくりと席に着き、そろそろ恒例になり始めた朝の挨拶を交わす。

 いい加減姫さまは止めろと言っても聞いてくれないので諦めの境地に至りつつある。

 付きそうになっている溜め息を飲み込む。うっかり息なんか吐けば憂いてると勘違いされる。

 この子の誤解は解くのが非常に大変なのだ。

 ……この身体いろんな意味で疲れるなぁ。

 歩けば転ぶ、台所に立つにも踏み台がいる。家事を手伝おうとしても指を切りかけ――いやこれは元々か。

 今のところ出来る事と言えばナーシャが作った花壇の水やりと、キノコの採取のお手伝いだ。素人がキノコを見分けるのはとっても危険なのです。


「頻繁にここに来てるけど、アルノーはお家大丈夫?」


 先日の少年、名前はアルノルトと言うらしいが、アルノーで良いと言われたのでお言葉に甘えて省略している。

 

 神父曰く『アルノーはたまにしかこねぇからま、気にすんな』と慰めだかなんだかよく分からない台詞を頂けたのだが。

 今日も来ましたよ。というかあの日以来顔を見ない日がないですよ。

 

 忙しいのではと思って口に出した問いに、アルノーの瞳が潤む。絶望が、悲しみが、身体を覆っているのが手に取るように分かる。

 というか落ち込んでいるのは一目瞭然。


「来たら、駄目……ですか」


 あああ、そんな雨どころか滝に打たれた瀕死の子犬の眼差しで私を見ないで。


「そんな事! 忙しそうだからちょっとお家の人に悪いなとか思っただけで」

「姫さまはお優しいんですね」


 感極まったように彼が祈るようなポーズをとる。

 フォローの言葉はとっても遠い所に掲げられたようだった。だから私をお姫様の目で見るなと言うのに。

 故意ではないが彼を倒したその日から、私はアルノーに変な風に尊敬されてしまっているらしい。

 羨望というか崇拝というか。これが何時か一人の視線じゃなくなる事にぞっとしなくもない。

 嫌だなぁ、神様扱い。何が嫌かって、アオと同列というのがとてつもなく嫌だなぁ。

 まあ、子供のやっている事なのでまだ微笑ましい。気にするな私。気にしては駄目だ私。胃が壊れる。


「今日はパナナムの実を持ってきたんですよ。姫さまに助けられた方が喜んでと抱えきれないほど頂けたんです」


 誇らしげに胸を張るアルノー。

 インプのショーを見に来た中に果実園を営む人が居たらしい。

 なんだかまた私の存在が偶像化されるのを感じる。


 助けた覚えはないんだけどなぁ。


 ただ、人波の整理をして蝋燭を渡して。突き放した言い方をすれば邪魔な人々を追い出しただけ。

 巻き込まれなくしたのはそうなのだけど、助けたとはとても言いにくい。夜道で悪魔が出る可能性もゼロではなかったんだから。

 どすんどすんと音を立てて顔を明らかに赤く染めた神父がこっちに来た。酒が入っている様子ではない。


「こらアルノー! テメェなんじゃありゃ。教会の玄関を果物で埋める奴があるか!?」


 緑の瞳を瞬いてポン、と彼が手を打つ。そして、てへへと笑ってみせた。おーい。


「もしかして、全部持ってきたの?」


 玄関を埋めるってどんだけ持ってきたんだよ少年。何往復すればそんな事になるんだか。

 寂れているから良い物の、普通の教会なら中に入れなくて大混乱だ。

 果物の山で通れない群衆。……それはそれで見ものだけど。


「これでも減らしたんですよ。途中何度も他の方にも持たされそうになって」


 困ったような顔で頬を掻く。その様子から一人や二人ではない事が分かる。

 パスタム教会広報部署所属として、看板を任されたが看板になろうと決意するより先に看板になってしまっていたらしい。

 まだ目が金と言うだけで外見まで伝わっていないだろうが、この銀髪も身体も知られるのはそう遠くない話だろう。

 自分で提案しておきながら憂鬱になってくる。聖女様、姫巫女様、馬鹿らしい。

 というか、今さっきの会話でふと不安になってきたが、パナナムの実程度で驚く神父は放っておく事にして。

 この傾いた教会が私の容姿を見る為に押し寄せた群衆に耐えられるのだろうか。

 とても現実的な問題だ。今度補修か強化工事の提案をしておこう。


「アルノーもうテメェさっさと帰れよ。仕事しろ」


 それはともかく、扉を示して肩を怒らせる不良神父にもの申す事がある。ギロリと睨んでみせるとぎゃーぎゃー喚いていた口が閉じた。


「何言ってるんですか。美味しいご飯が食べられるのはアルノーが食べ物を“無償”で持ち込んでくれるからですよ。

 さっさと帰れ? ひれ伏して感謝するのが筋です。ありがとうございます位は神父として言って下さい。

 いえ、それこそ人間として常識です」


 こんなに良くしてくれているのにさっさと帰れなんてどの口が言うか。まだ看板になれていない私や元より多い給料すら渡せなかった不良神父がマシな食事にありつけるのはひとえに彼の持ってくる野菜のおかげなのだ。

 果物まで持ってきてくれた恩人に対してとる態度では無かろうが。


「姫さま、それだけでもう」

「だけどな玄関」


 私の言葉に涙すら浮かべるアルノーとまだ言い募ろうとする神父。

 ドスの効いた声を、キッパリとした台詞が切り捨てた。


「神父様の馬鹿! パナナムの実なんて高級品なのよ。お礼言うのが当たり前じゃないの」


 今朝の朝食だろうパンを抱え、植物で編まれ蒼い染料で染められたワンピースのような物を着たナーシャが頬を膨らませている。パナナムのジュースが好きだと言っていたから当然の反応だろう。

 玄関に積まれて居るであろう実の姿は分からないが、パナナムの実って高いのか。隣に同じくパンを抱えたシスターセルマが居る。

 こちらはアルノーに渡す為のパンだろう。優しく気が利くシスター、私が男ならお嫁さんに是非頂きたい。


「いやしかしセルマ、玄関」


 少女の怒りに狼狽えつつ、援護を求めて亜麻色の髪のシスターに目を向け、灰色の双眸が絶望に染まる。


「神父様ともあろう方が、礼節を忘れ、玄関如きで目くじらなんて立てる訳がありませんわよね」


 微笑む綺麗な蒼の瞳は、怒りのオーラに満ちている。柔らかな姿から想像の付かない冷たい空気を発している。

 不良神父様の敗北はここで完全に確定したのだった。

 

 セルマさんって強いよね。


 穏やかな光景を眺めて、カップを唇に寄せる。

 本当にひれ伏してしまった神父を見つつ、今朝初めて口にする水を飲み下した。


 色々あるけれど、今日も良い朝である。

 異様な光景にぎょっと立ち竦むシリルに手を振って、今日はどんな一日になるのか想像を巡らせた。

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