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26:姫の目覚め

 私をぶかぶかの寝間着に着替えさせたマーユが『こんな場所だけどゴメンね』と連れてきてくれた寝室。

 ベニヤ板の上に毛布を載せただけと言っていいそれは、確かにベッドと名が付けられない代物だった。

 だがしかし。長年の悪魔との共同生活、今日の疲れを舐めてはいけない。

 彼女がまた何か言う前に猫よろしくそこに寝ころんで、毛布をずりあげて私は目を瞑った。


「ちょっ、逞しすぎるわよ」


 睡魔が襲い、『仕方ない』とのマーユの言葉が切れ切れに聞こえる。それもすぐに闇に飲まれて消えてしまった。

 けたたましく笑うインプも居ない、煌めく鎌も視界にない。何より結界の準備や聖水を側に置く必要もない。

 なんて幸せ。暖かな毛布の中でゆったりとした気持ちで私は恋い焦がれた安眠にしがみついた。


 くらいのが、怖くない。


 不思議な感覚。闇は命を奪う兆候だったのに、今は穏やかに身体を包んでいる。

 とにかく、もっとこの感覚に浸っていたかった。



 もうちょっと。もう、少し。


「朝ですよ。お客様ーーー!」


 誰かの声が聞こえる気がする。男の子のような気もする。でも、眠い。この微睡む心地を手放したくない。

 もう少しー。と駄々をこねたかったが、潜り込んだ毛布の隙間から差し込む光にむう、と声を上げた。

 朝か。はあ、じゃあ起きないと駄目かなぁ。


「あと十分〜」


 小学生のような事を言いながら埋もれる。怠惰ってなんて気持ちが良いのだろう。


「何をよく分からない事を。ほら起きろー!」


 指を愛しい毛布に絡ませるが、抵抗虚しく引きはがされた。悲鳴を上げる間もなく覆う物がなくなって微睡んだ気持ちが一緒に引き抜かれた。

 ようやく重たい半身を起こして座り込む。

 でも眠い。はらりと何かが膝に落ちてきた。とても眠い。


「っぎゃあっ!?」


 何故か悲鳴が上がった。ぼんやりとそちらを向く。

 新緑色の瞳が私を見ていた。日焼けした肌に動きやすそうな服装。村の子かな。直立不動の毛布を剥がした動きのまま凍っている。

 欠伸をかみ殺す。とてもとても眠い。こんなに眠気を感じるのは初めてだ。今までろくに寝ていなかった証拠かも知れない。

 眩しさに目を細める。

 ああ、朝だなぁ。


「お……」


 ガッチガチに固まったその人はまだ私を凝視していた。何だろう「お」?


「お早うございます。あの、オ食事のヨウイが出来ていますヨ」


 短いグレーの髪を揺らし、告げてくる。何かちょっと変な言葉だな。彼も眠いんだろう。私だって眠いんだから。


「そうですか、おはようございます」


 何で固まってのかよく分からないままぼーっとする頭で考える。こっくり船を漕ぎそうになる。


「あ、そんなに眠いんだったらお、おおお持ちしますよ!?」


 なんて気の利く台詞。髪は重い上に眠気が身体を戒めて少し立ち上がるのに時間がかかりそうなのだ。


「ありがとうございます」


 ぼんやりとした思考のまま、嬉しさで私は微笑んだ。

 ポフ、と音が立ちそうなほどに少年の顔が急激に赤く染まる。

 え? と疑問を浮かべる前に。


 ばったり。


 彼が倒れた。


 重い体に鞭打って立ち上がる。う、ぐきっていった。

 眠気だけじゃなくて筋肉痛まである。

 しかし、それどころではない。


「うあ……ちょっ、誰かーーーー!」


 流石に人が倒れてまで寝ぼける事は出来ない。一気に目が覚め声を上げる。

 倒れた少年が目を回している。顔がお酒を飲んだ人のように朱に染まっていた。

 睡魔で浮ついた意識が冷めると同時、自分の姿を思い出す。

 金の双眸、床に流れて波打つ銀髪。簡素な寝間着でもその姿は変わらないだろう。

 そして自分のしでかした事を思い知る。

 

 シリルの笑顔が毒だと思う事はあったが、現在の私の笑顔は劇薬だ。

 まさか微笑みで倒れられるとは。どう説明した物かと思いながらも私は助けを呼んだ。

 子供一人抱えられないこの身体が憎い。




 快眠の後の朝は、予期せずにずいぶんと騒がしくなってしまった。

 少年はやはり村の人間で、近くの畑で取れた物を持ってきてくれるのだそうだ。

 気が良い性格らしく、頼まれたら余り断らないらしい。起こせと言われたので私を起こしに来たと聞いて、何故彼が私の部屋に来たのか納得する。


「早速犠牲者が現れたか。とんだ男殺しだな」


 彼を介抱してくれた神父が口元をにやりと歪める。


「いえ」


 気まずい空気ごと水を飲む。


「アンタが気軽に客を叩き起こして来いなんて頼むからでしょうがっ」


 垂直になったお盆が神父の頭に振り下ろされた。

 ナイス突っ込みだが、マーユの場合攻撃力も備わっている。

 潰されたような呻きをあげ、ぐおおと神父がごろごろと机の上でのたうつ。


「イテぇな。いやぁ、まさかぶっ倒れるほどに驚かれるとはなぁ」


 頭をさすりながら灰色の瞳を伏せ、深々と溜息をつく。

 それは同感だ。あのぎゃあ、は私の風貌に驚いたものだったのだ。

 後の事は……まあ何というか。今まで避けられはしてもそんな感情を向けられた事もないが、多分色々な物を掴んだか奪ったかしたのだろう。

 シリルの笑顔でさえナーシャが頬を染めるのだ。気をつけよう、本当に。

 固く心に決めていると、複雑そうな表情をした彼と目があった。

 そう言えば、彼は私とは別室だったな。異性だから当たり前なんだけど。

 つーか、異性であるあの少年は何故私を起こしに来たのだろう。……子供だからか?

 スミレ色の視線を感じる。

 何だろう。

 ええと、気をつけろとの意味なんだろうか。うん、気をつけます。

 次は寝ぼけないようにと、深く反省する。


 でも、あの微睡みの誘惑は抗いがたいなぁ。と悩んだ。布団の誘惑がこれほどにも恐ろしいとは。

 ある意味悪魔よりも強敵かも知れない。私は心の中でおののいた。

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