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23:ようやくの名乗りあい

 空になったカップの中を覗いたあと、くるくる回す。

 意味はないけど沈黙が息苦しい。


 超展開に皆様方付いていけずに眉間に皺を寄せている。仕方がない、私が切り出すか。


「名前が決まりましたところで、皆さんの名前お聞きしても宜しいでしょうか」


 心の中では髪の色や印象だけで呼べるが、幾ら何でも本人に不良神父と言う訳にはいかない。

 いや、開き直ってるみたいだから問題無さそうだけど一応聞いておくのが礼儀だろう。


「ああ、俺はオーブリー。この教会の神父だな」

 そういえば、と言う顔をして錆色の髪を指先で乱しながら頭を掻く。


 不良神父様の名前がようやく分かった。長かった、自己紹介まで。


「私はセルマよ。よろしくお願いします巫女姫さま」


 亜麻色の髪のシスターが軽く会釈してくれる。セルマさんか、美味しいお茶貰えたしきちんと覚えておこう。


「知ってるかもしれないけど、あたしはマーユ」

「俺はボドヴィッド。結構曖昧な位置だが、神父と呼ばれたりする時もある」


 自己紹介ついでに煙草の混じった吐息を一つ。

 ボドヴィンが名前じゃなかったのか、略を更に縮めるなんてナーシャ恐るべし。


「そういやぁ、聞きたいんだが異界渡しの旅人フィムフリィソワはどんな感じだ。お嬢ちゃんの話聞く限りじゃ大分書かれてある事と違う感じなんだが」

「異界渡しよりもどっちかというと奔放の方が似合うと思いますよアレは」


 聖書に書かれているのだどうせものっっっすごい脚色が加えられていたり、神々しいとかそんな煌びやかな単語で飾ってあるに違いない。

 飄々としたアオには審判よりも奔放の方がよく似合う。というか判断を下す柄じゃないだろアレは。


「アレって」

「あのド阿呆の詐欺師にはアレでも充分すぎる位です」


 思わずハッとやさぐれた息を吐いてしまう。アオに嫌がられるのなら喜んで面と向かってでも言ってやる、アレとかソレとか頭のネジが異世界に飛んでるとか。


「……おおよそ聖女が言う台詞じゃねえわな」


 ボドヴィッドが茶色の瞳を細める。ひょろりとした痩躯に鋭い目つき。

 どう見てもチンピラだが、よくよく眺めるときちんと身だしなみを整えればだらしなさが渋みに変わる事が容易に想像できた。

 わざとなのかただ単にだらしないだけなのか、口元のしおれた煙草がより一層貧相さを引き立てている。


「聖女のつもりは一切合切ありませんので」


 何故かその場の皆が聞きたそうな顔をしていたので、あの傍若無人っぷりを語ってみる。

 問答無用の悪魔抜き作業、事後承諾な姿と名前の消失の部分で全員が呆れ、私が川の水を石ごと投げつけた下りでボドヴィッドが大爆笑した。

 そこまで受けるなよ。


「神を、踏んだあげくに水ぶっかけるたぁ。だっはははは! こりゃぁ傑作だ」


 顔をしわくちゃにして目尻に涙まで浮かべている。微かに香るダンディズムが崩壊してるぞ勿体ない。


「可愛い子羊の甘噛みですよ。心が広い神様は怒らないはずです」


 まあ怒っても、私の方が切れてぶん殴る自信がある。本当にどの神様にも胸に手を当てて考えて頂きたい。


「物は言い様だなぁ」


 神父はそう言ってニヤリと笑った。

 同じような表情を返そうとして、じわりと視界が薄くなった。


 闇だ。私の嫌いな黒が視界を少しずつ蝕んでいく。

 身体から力が抜ける。


「お、おい!?」


 神父が焦ったように私を抱えた。ああ、私、椅子から落ちそうになっていたのか。

 身体の中心部がごっそりと抜け落ちたかのような喪失感。


「力の使い過ぎか!?」


 いや、力は余り使ってない。と言うよりそんなのは本当に些細な事柄だった。

 引き金はお茶だ。


「しっかり!」


 重い首を動かせば、肩に手を添えるシリルが見えた。

 私、なさけないなぁ、もう。こんなので倒れそうになるなんて。


「医者が必要か。具合でも悪いのかしっかりしろ!」


 見かけの割には優しいな神父様。


「お姉ちゃんお医者様今から」

「違う、から」


 夜道に飛び出ようとするナーシャに声を掛けたが、どうしても弱々しくなってしまう。


「じゃあなんだっ」

「おなかが――」

「痛いのか!?」


 首を振る。切れ切れに私は答えた。


「減って……動けません」


 それだけ言ってテーブルに身体を倒す。ばらりと髪が滑るのが分かる。


 よく考えなくても今日はハードワーク過ぎた。今までだって悪魔と戦う日々は充分ハードでそれなりに体力は付けていたのだ。

 だけど壊滅した村を見たり、悪魔祓いをしたり。慣れない身体で転びながら山道を歩いたり。

 トドメに世界を丸ごと乗っけるような重たい話。精神的にも限界だ。半日以上何も口にしていない。

 先程のお茶の香りと暖かさ。リラックス効果によって緊張がかき消えて空腹のスイッチが入ってしまった。

 

 突如倒れた私の台詞に、全員がまたしても口を開いて固まっていた。

 口が半開きですよ、皆さん。 

 胸の内でそう思いつつ、霞む目を瞬く。


「お腹減りました……」


 はて、相手の名前は何だったっけ。朦朧とする意識が単語を探る。

 オ、オ……油に似た名前だったよね。


「オリーブ神父」

「オーブリーだ」


 むっつりとした返答。



 ぐう。

 


 静寂の中、虚しくお腹の音が響いた。

やっと自己紹介。

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