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21:アオ

 なんかクリーミィなスープに付けられそうな名前だよな。

 フィムフリィソワ、の単語を聞いた時の感想はそれである。お腹が減っている事も相乗して食べ物へと意識が移っていくのを感じる。

 はー……異世界は良いけど悪魔が居るからあんまり現代と変わらないじゃないか。四六時中居る訳じゃなく、対抗手段があるだけマシだけど。


「別名、奔放な番人とも神とも呼ばれている奴だぞ」


 まだ別名があるのかアオ。でもよく似合ってると思うよ。


異空渡しの旅人フィムフリィソワはマイナーな言い方だが聖書にチラリと載っていてな」


 あー、それで皆さん顔色が変わったのか。


「今のところ通称は異界の審判と呼ばれている」


 まだあるのかよ別名。にしても……


「いきなり大仰になりましたね」


 悠々自適そうな名前が壮大になって首を傾げた。

 そもそもあんな審判が居たらレッドカードですら白紙にされそうな気がする。

 ボドが顎髭をぞろりと撫でながらうめく。


「ああ、まあ基本その神さんは異界を渡り歩くのが趣味らしくてな、この世界には結構顔を出しているらしい」


 仕事しろよ門番。不真面目にも程があるだろ。


「普通は叱られるんだろうがなぁ。力が異常に強いせいか、上司の神様も手を焼いてるという厄介な神だ」


 何処が堅苦しい役職を押し付けられている苦労人なんだアオ。上司の胃を苦しめる悪魔神か貴様。


「そして一計を案じた神は数百年ごとに自由に門を使わせるのを条件に、奴の行動を制限した。実質門番は肩書きだけのようなもんだ」


 厄介払いか。


「それは本人に聞きました。本人曰く、とても苦労人なんだそうです」


 嫌みをたっぷり滴るほどに含ませて言ってやる。

 本当に苦労人だなアオ。凄いね苦労人。偉いよ苦労人。今度会えた時は私の気持ちを拳で語ってやるよ苦労人。


「……うお、喋ったのか」


 あんなに喋るのに、喋られた事を驚かれる。……余り考えられないが基本無口なのだろうか。


「喋りましたよ。ああ、思い出したら腹が立ってくる」


 腹が立つというか、臓器全体が煮えくりかえるというか。髪が逆立ちそうになるこの心情をどう表して良いのやら。

 私の顔には出なくても、空気に混じった不穏な気配を感じ取ったのか、ボドが手を軽く振ってきた。


「怒りを収めるとしてだ、その数百年ごとに異界へ人間が連れてこられる訳だ。ただそれだけなら問題は無いんだがねぇ」


 なんですかその儚い者を見つめるような、悲しげな眼差しは。


「ここでもその神の真価が発揮されるという訳だ」


 あー、嫌な予感がするうぅぅ。

 あのド阿呆門番の真価が発揮って、確実にロクでもない事だろう。絶対絶対そうだ。


「その番人が連れてきた者はことごとく世界を揺るがせた。ある世界は救われ、またある世界は――滅びたと」


 予想が嫌になるほど核心を貫き、思わず頭を抱える。

 アーオー。お前という奴は。楽しそうに異常者並びに英雄を放り込む奴の姿が目蓋に浮かぶ。

 ほんっとうに会う事があったら殴って蹴り飛ばす。貴様、遊び半分で世界を潰すな。


「異界の番人のする事には例外なく、半端な事はない。救いか滅びの二択だけだ」


 あーあーあーあー。なんかもの凄い重たい話されてる気がしますよ、誰か助けて!

 今更ながらに自分の置かれている状況が漠然としつつも、確実に輪郭を整え始めているのを実感してきた。


 すなわち、世界を揺るがす重要人物。運命を左右する神の落とし子。


 やめてくれ。私は悪魔の根絶が目的なんだ。別に世界をどうこうとかおこがましい事は考えていないのに。

 悪魔を根絶だけで充分なんだよ。それはそれで壮大なんだろうけど。


「で、お前さんの事は姫と呼んだほうが良いか」

「はぁ?」


 顔に似合わぬボドの発言に、思わず間の抜けた声が漏れる。


「あ、そうだね、そう思ってた。姫さまって呼ぼうかって会った時少し考えたのよ」


 ナーシャにまでそう言われて疑問しか浮かばない。何故姫。


「なにいってんですか、私はごくフツーの人間でごく普通に……遊ばれ半分連れてこられただけです」


 連れてこられるのは普通ではないと思い直して少しだけ言い直す。


「馬鹿言うな、お前その姿で普通とか言うか!?」


 いきなり不良神父様が切れた。何で私に切れるのか。


「望んだ姿ではありません」


 というか望む以前にこんな風にされたというか。


「明らかに聖女の姿だろ、神に寵愛された我らが大いなる愛すべき娘の姿じゃねぇか!」


 バンバンとお茶が零れるほど強く机を叩く。暴虐に木目の浮き出た渋色の机が悲鳴を上げる。

 ――今なんと言われた、私。


「なんですと」


 神に寵愛? 馬鹿にされているのだろうか。


「そんな姿明らかに普通じゃないだろうが。流れる銀糸の髪に金の双眸。僅かに違うところはあっても俺達の世界の伝承、おとぎ話にすらなっている聖なる乙女だぞ!」


 耳と目ぇ腐ってんのかと思ったが、目は正常かと思い直す。確かに今の姿は化け物と言われても否定できない。私の発言の数々から、聖女と断言できる根拠なりを頂きたい。

 悪魔を前に高笑いしたりしたぞ思い切り。

 しっかし、誰が聖なる乙女だって? ユニコーンにすら会った事無いよ。悪魔になぶられ気味に言い寄られる事は多々あったけど。


「…………ふざけてますか」

「いやマジだってば。お前さん分かってるから顔を隠してただろ!? 神に愛された証の姿のままで来たんなら聖女としか言えねぇよ」


 ああなるほど、この人は勘違いをしている。生まれつきこの姿だと思っているらしい。


「違いますよ。だってこれは望んだ姿ではないと言いました。元はここまで綺麗じゃありません、私としては元の姿に戻りたいところですけれど」


 強制的に人の姿を変えた鬼、説明してくれ。いちいち言うのがめんどくさすぎる。


「そうなのか。お前さんは見たのか」


 ボドが私と同じく異世界から来た彼を見た。


「あ、ええ。彼女は最初は黒い髪と目で……今とは違う姿でした」

『黒!?』

「私の世界では普通にみんなその色です」


 やっぱ異質なのか黒って。落胆と共に悲しくなった。

 悪魔は憎くとも、黒髪は嫌いではなかったのに。


「で、美人だったのか。前のお嬢ちゃんは」


 ボドがにや、と粘ついた笑みを浮かべた。その質問には沈黙が流れる。

 比べるなよこのある意味恐ろしい姿と。

 しばし睨み続けてふむ、と納得したように唸る。もう、好きにしてくれ。

 アオ、誰が聖女だって。誰が世界の鍵キーパーソンにしろと頼んだか。へたすりゃ私達は追われる身だ。


「まあともかく、だ。お前さんはこの世界では姫とも巫女とも神の娘とも呼ばれる存在だ」

「呼び名多すぎないですか」

「それだけ伝わってるって事よ。姫巫女の伝説なんて腐るほどあるもの」


 紅い瞳を細めて、マーユが溜息をつく。

 姫なんだかミコなんだかどれかにしてくれ。


「美しい姿に魅せられた悪魔から守られる為だけに力を注がれた存在」


 不良神父様、なんだその語り手口調。


「それか、美しすぎるが為に神に愛されすぎて嫉妬の刃に晒される姫」


 マーユが似たような調子で言葉を続ける。


「なんていうか、すぐにでもその呼び名をお返ししたい気分になってきます」


 聞いてるだけで不安になってくるよ。無邪気な笑顔でナーシャが手を合わせた。


「そして、神様の花嫁!」

「嫌だ!」


 瞬時にアオの顔がよぎって力一杯拒絶する。 


「後は、神に使わされた守護者マーシェと姫の物語」


 ちなみに、マーシェは剣と盾を意味するのよ、と彼女が笑う。

 ……守護者と姫。

 亜麻色の髪のシスターの一言に。

 ぱちくりと、私と彼は顔を見合わせてしまった。

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