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118:検分

 笑みすら含んだ私のお願いに、シリルは迷わず頷き周囲を見回し始める。

 爪先で足下の絨毯を探り、壁際を何度も突いて音を確認する。

 なんだか本格的だ。

 唐突な私の言葉に呆けていたユハが狼狽したように見つめてきた。

 子供のように潤む瞳が庇護欲をかき立てる。


「な、何故だ? 信じるとか言わなかっただろうか」


 彼の仕草に対抗するように頬に指を当て、ゆっくり首を傾けて疑問を示してみる。


「あら。それはそれ、これはこれですよ。第一、前のユハは一片たりとて信用していませんし」


 それはもう、一切合切、と遠慮も容赦もなく言い切ると、興奮で血色の良かった彼の顔が蒼白へと変わっていく。

 仕掛け探しとは言ったが、未知のものを見つけ出す行為は宝探しにも似ている。

 少し楽しくなりながら私は捜索を開始した。

 押し倒されていた為に、今まで見えていなかった後方へ視線を向け。おお、と思わず内心で声を漏らす。

 よく見てみれば二人用としても広い部屋の片隅に天蓋付きの薄ピンク色のベッドが鎮座していた。

 金の細工の施された白木の豪奢な寝具だ。天蓋から透けるような純白の薄衣が垂れ下がっている。

 ベッドサイドに置かれた机も、磨き上げられた渋色の木目が雰囲気を演出している。

 眺めればあちらこちらの調度は細やかな細工にレースやフリルがあしらえられた酷く女性的な品ばかりだ。

 ここの部屋の主は何処の姫君だと言いたくなる。

 いや、勿論これはユハが私にと用意したのは分かっている。一体全体彼の中で私はどんなイメージとなっているのだろう。

 こんなに黒ずくめで得体どころか歳すら知れないというのに理解できないチョイスである。


「ええっと、この辺が定番ですよね」


 ユハの思考に不可思議さを覚えながら自分用のベッドの下に顔を寄せる。


「何故ベッドの下を探る」

「ほら、隠し事と言えばベッドの下じゃありませんか。本とか」


 憮然とした声に答えながら、頭を突っ込んで闇を見通す金の双眸でじっくりみる。特に怪しいものはない。残念だ。


「なんでお前の寝る場所に怪しげな書を置かないといけないんだ」


 半眼の問いかけに言葉代わりに顔を出し、


「ならば、ベッドの隙間とかはどうですか」


 躊躇無くクッションの隙間に腕を差し込む。何か凹凸のある固い感触があった。


「……ちょ、ちょっと待て!」


 焦りを交えたユハに構わず、指先に触れたよく分からないものを思いきって握り締め一気に引き抜く。

 蛇のように長く捻れ合わさったものが外へと飛び出す。


「何ですかこれ」


 手にした物を視界に収め、冷ややかな視線をユハに送る。

 ベッドの隙間にねじ込まれていたのは、ひも状の代物だった。


「そ、それは。だな、ええと」

「どうして私の寝具に縄が仕込まれているんですか」


 冷や汗を流し後退る彼に、掴んでいた縄を突きだした。

 文字通りの縄である。この縄で何をするつもりだと尋ねた方が良いだろうか。

 下手に問いつめて青少年の欲望溢れる思いとやらがほとばしるのもそれはそれで嫌だなと思考を逸らしたくなる。


 やっぱり縛る気だったのか。いや、それとも縛られたかったのか?


 割と真剣に見つめると視線の熱に気が付いたらしいユハが、溶け落ちる寸前の鉄みたいに顔を赤く染める。


「う……寝姿を見るだけでも、お、お前は暴れそうだろう」


 口ごもり、呟くのは監禁し掛けた人間が言うとは思えない弱腰の台詞だ。


「私が加害者の前提で用意するのやめて下さい。私はどれだけ凶暴なんですか」


 あまりに酷い予測に思わず唇を尖らせる。

 悲しい事故を除けば、思い出す限り彼の記憶にある私は暴力を振るった覚えはないのだが、どういう認識なんだろう。


「あ、何かありますよ」


 壁に隙間無く耳を当て探っていたせいか、先程のやり取りが聞こえなかったらしきシリルが声を上げた。


「あら、そうなん……シリル、良くそんな場所見つけられましたね」


 視線が向く前に、ベッド下に紐を適当に放り込み、澄まし顔で見ると、ベッドの向かいにある壁の一部が長方形に開いていた。

 さっき見回した限り全く違和感はなかったのに、部屋の片隅に謎の扉が出現している。

 これ、どうやって見つけたんだろう。


「少し垣間があって分かりやすかったですよ。服が何着かあるみたいです」


 何でもない事のように告げながら中に腕を差し入れて、そこにあったらしい品を取り出した。

 真珠のような光沢に、薄くピンクがかった色合いをした愛らしい花の蕾を思わせるドレスだ。

 シリルの腕の中、幾重にも重ねられた肌触りの良さそうな布地が揺れる。


「可愛いドレスですね」


 隠しクローゼットらしい空間から取り出された服を見て私は呻いた。

 誰が用意したかは想像に難くないが、それは誰が着る前提の物なのか問いつめたい気分になる。


「その…………気に入ったのなら着ればいい」


 そんな思いを知るよしもなく、ユハが視線を逸らしたまま素っ気なく言い捨てた。

 やっぱり私か。

 似合い、そうな気がしない。

 マントの下にある自分の中身を想像して目前の服を纏わせるが、なんだかとても違和感がある。

 年端もいかない少女なのは色にも合うからまだ良いが、殆ど表情のない金の双眸と長い銀髪は、幼さを感じさせるピンクには不釣り合いだ。

 こういう服は瞳が大きめで、無邪気な顔をした女の子に似合うと思う。ナーシャとか。

 似合うか似合わないかは置くとして、幾つか問題点もある。


「私に寸法が合うか分かりませんし。もしも、もしもこれが誰かの贈り物だとして。

 会って間もない女性へのプレゼントとしてはいきなりドレスって重いですよね。ねえ、ティティさん」


 見た限りでは服の寸法も違う気もするし、知らない人間がおいたものを受け取るなんて不用心。

 それ以上に気持ちが重すぎると言い切ると、ユハとティティの表情が僅かに強張る。

 興味を示すどころか困り顔の私を見て、シリルは無言のままクローゼットの奥にドレスを仕舞い込む。


「そ、そうか」

「ええ。確かに会ったばかりでそれ程の服を贈られてしまえば、居心地が悪くなってしまうかも、知れませんね」


 誰が置いたか知らない振りをした私の台詞に、沈痛な表情で押し黙っていたティティは苦しげに言葉を絞り出す。 

 静かなメイドの指摘に金髪が静かに沈んでいくのが見えた。


「ええっと。他に隠し扉は、無いようです。調度にも異常は見あたりませんし」


 辺りを軽く何度か見回し。レースで編まれたランプの傘を指先で探って裏返しながらシリルが口を開く。

 いつの間にか閉じられたのか、白い壁に切れ目は見えず隠し扉の痕跡も分からない。

 本当にどうやって探したのだろうと心で思わず唸った。


「そうですか。金の柵を外せば問題無さそうですね」


 掛けられた声に頷いて玉状の留め金を弾けば、涼しげな音が響く。


「えっ、ここで休むんですか」


 金具を楽器代わりに鳴らしながらの呟きに、置き直そうとしたランプを危うく落とし掛けたシリルが信じられないように見返してきた。


「シリルが見た感じもう大丈夫なんでしょう?」


 あわや大惨事となりかけた照明を見つめ、無事だった事に内心胸をなで下ろす。 

 壁を叩き、床を探り。調度すら逆さにしての捜索だ。これだけしらみ潰しに探していたのだから見逃している可能性は低い。


「え、ええ」


 自分自身の目で確認した為か、シリルは不承不承といった風に首を縦に振り濁った返事を漏らした。

 まだ不安が残るのか、調べ終えた壁だけでなく天井にまで反射的に視線を巡らせている。


「平気ですよ。何かあったらちゃんと呼びますから」

「はあ。分かりました」


 私の少し卑怯とも思えるトドメの一言に、シリルは一瞬虚を突かれたように動きを止め。

 口の中で転がしていた言葉を飲み込み、肩を落とした。

 予想より早く引き下がった事に意外さを感じつつも、客間で感じていた疑問を思い出して唇を開いた。


「…………ねえシリル」

「はい、何でしょう」


 掛けられた声に反応し、シリルが素直に私の正面まで歩み寄る。

 不思議そうに瞳を瞬く眼前の少年は、今のところ人畜無害な空気を発している。

 大胆さとは無縁な純朴な眼差しに、次の台詞を発するのに暫く時間を掛けた。


「ティティさんに説明を貰ってから気になっていたんですけど、部屋の割り振りに反応が、ありませんよね」

「部屋?」


 素直な疑問の呟きに言葉を続けるか僅かに逡巡し。


「もしかして、と思いますが。私の部屋の扉前で寝る気じゃないですよね」

「そのつもりですよ?」


 嫌な予感を押し込め尋ねたら、にっこりと微笑んで答えられた。

 邪気や邪心の欠片もない、今日の天気でも尋ねられたかのような淡泊な反応だ。

 

「風邪引きますよ。廊下で寝るのはやめなさい」


 頬の一つも染めない素面を見る限り、恐らく護衛のつもりなんだろう。

 だとしても扉前はやめて欲しい。気になるし、確実に安眠から遠ざかる。


「客人を廊下になど寝せられるか。変な噂が立つ」


 真顔の答えに流石のユハも面喰らい焦りの声を上げた。

 こちらを見据えるスミレ色の瞳に瞠目し、考える。こうなってしまったら、シリルは退かない。

 頑なな面がある彼は、この状態になれば経験的に何をしようと動かない。


「仕方ありませんね。じゃあティティさん」


 溜息を一つ零してメイドに指示を出す事にした。


「はい」


 さっと頭を下げ、ティティは一言も聞き漏らしがないようにする為か顎を少し上げ、視線を合わせた。


「ベッドをもう一つ運び入れて頂けませんか」


『…………は?』


 扉を指し示してお願いを口にしたら、シリルとユハが間の抜けた呻きを漏らした。

 声には出さなかったものの、ティティは伺う姿勢を保ち不可思議な生命体でも見るような顔で口元に手を当てている。

 ユハの表情が徐々に険しくなっていき、私の正面に居たシリルが一気に顔を朱に染め、声にならない言葉を発した。

 小声ではなく、息が吐き出されていないのか言語になっていない。

 聞こえないですシリル。


「ほら、この部屋は広いですし。離れた位置に置けばまあ、一緒に」

「ティティ。直ぐに隣に部屋を用意しろ。いや、整える間も惜しい、鍵を開けて客人をたたき込め」


 出来る限り明るく告げた言葉はユハの掠れた呻きで寸断される。


「はい、ぼっちゃま」


 にこやかだが忠実な礼を返し、メイドは素早く私の側に寄ると、眼前の少年の左腕を取り扉に向かって引き返した。


「わ、わわ。ちょっ、また一人にするわけには行きませんっ」


 一呼吸にも満たない間に二の腕を鷲掴まれ、思考が一瞬停止していたらしいシリルが自分の状況に気が付き暴れ出す。

 為す術もなく扉へと連れて行かれる前に、執念でドアノブに指を絡みつかせ踏み留まる。

 少年の抵抗にメイドは「あら」と小さく声を漏らし軽く片腕を揺らす。シリルと共に揺さぶられ、金色のノブが激しい悲鳴を上げた。


「異性同士で夜を共にする等許せるか!」


 扉の側に佇むユハからの怒鳴り声にシリルの眉が跳ね上がり、臓腑を震わせるような冷気が立ち上った。


「こんな事をしでかそうとした方に言われても、説得力がありません!

 貴方が出ていくまで僕も絶対に退きませんから」


 据わった目で貴族の少年を睨み付け、強引にティティの腕から抜け出して私の前に滑り込み。荒くなった息を整え片腕を広げて私を背に庇い、ユハに牙を剥く。


「あら。ユハ私は気にしませんよ」


 部屋自体は広いのだし、仕切りのない相部屋だと思えばあまり問題はない。

 何しろ、現状を正直に述べれば私の姿はお世辞にも情欲をかき立てるような魅惑的な体型ではないのだし。

 自虐も含め率直に言えば、ほとんど垂直で板状となっている。悲しくなってくるので何処とは言わない。


「そんな不純を許せるか。兎に角、部屋を整えてやるから寝所を共にするのは無しだ」


 ちょっとだけ情けない事を考えていた私を鋭く睨み、腰に手を当てて威嚇するようにユハが言い切る。


「貴族というのは予想以上に真面目なのですね」

「……ぼっちゃまが潔癖なだけですわ」


 ぽつりと呟くと、耳打ち代わりにティティの小さな囁きが返った。


「なるほど」


 深く頷くと、彼女も同じように大きく頷き返す。

 私の台詞に初めは驚いていたらしいが、主従であればそうおかしい事でもないと納得してくれたらしい。

 睨み合う二人は視線から細かな火花のようなものを散らし、微妙な距離を保ちながらも少しずつ移動していた。


「オレが居るのが問題なんだな、なら外に出るからそちらも来い」


 告げながら指し示すようにユハが扉へ進み。


「お断りします。扉を閉める寸前に部屋に侵入されたら困りますので」


 私を更に背中に庇ってシリルが後退する。


「なっ、お前、どれだけ信用してないんだ」


 疑いの色が濃い言葉と眼差しに、憤慨したような叫びがユハから漏れた。


「この方は信用されると仰いましたが、僕は(・・)信用しませんし許すつもりもありません!」


 ユハの様子を冷たく睥睨しながら、容赦なく言い捨てる。


「お前っ」

「そうですね。少し今後の話もしたいのでシリルは残って下さい」


 聞く耳を持たない姿に苛立ったユハが詰め寄ろうとする前に、声を掛ける。


「はい。分かりました」


 呼んだだけなのに、何故か少年は嬉しそうに表情を綻ばせ。話の腰を折られたユハが、機嫌が悪そうに顔をしかめた。


 やれやれ。

 半刻足らずで二人の仲が険悪になっていくのを感じながら、私は憂鬱な溜息をついた。

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