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115:道筋


 ちょっとした話し合いを提案してみたら、疲弊混じりの溜息が返ってきた。


「…………お前は相も変わらず変な人間だな」


 いや、人ではなかったかと呟いて少しだけ遠い眼差しをする。

 ほとほとあきれ果てたとばかりの呻きに思わず眉間が寄った。

 話し合いの何が悪い。唐突に押し倒して監禁するより余程まっとうだ。

 変じゃない。だからそんな可哀想な子を労るような目で見るな。


「ここまでされてどうしてお前は平然としている。どう見たところでオレはまともに見えないだろう」


 私の左肩を押さえたまま、彼が口を開く。

 そう思うのなら手を外せばいいのに、痛みのせいかそこまで気が回らないのだろうか。

 責められるほどに私も冷静ではないと思うが、表面上に焦りは出なかったらしい。

 感情を揺らすより先に、気になる事がある。


「そうですね。確かにまともではありませんが――私は理由が知りたいんですよ」


 怒りより、目が行くものがある。だから、焦りや不安は胸奥に胡座を掻いたまま。


「理由なら言ったはずだ。お前を捕らえる為、だ」

「なるほど。本当に、本心から?」


 目蓋を僅かに伏せて告げてくる彼に頷く素振りを見せ、そっと問いかける。ユハの表情が強張った。


「ああ、これが本心。本心の、はずだ」

「だとしたら、どうしてシリルを見た時動揺もしなかったんですか。彼が居る時点であなたの計画は潰える可能性は高い」


 更に言葉を重ねようとする彼に静かに聞けば瞳を彷徨わせて唇を噛んだ。


「…………それ、は」

「貴方は内心、それを望みましたよね。

 私と話をしましょう。反省をしろ改心しろなんて今は言うつもりはありません」


 黙り込む彼を見、内心無理だと悟りつつも不安定にまとわりつくおぼろげな光をゆっくりユハの腕に絡み付かせる。

 慣れない事をしているせいか、それだけでも身体が重くなっていく。悲鳴のような音を立てながら火花が散っていく。

 く……。

 相手の全身を覆うには慣れが足りない。腕から肩に光を伸ばしただけで意識に霞が掛かりはじめている。

 これは、やはり無理だ。ユハに伸ばしていた光を戻す。

 息を整え、乱れる彼の気持ちを出来る限り落ち着かせる為に話しかけた。


「私を見て下さい、ユハ。真っ直ぐ」

「無理だ」


 間も置かず、とりつく島もない返答に思わずむくれる。


「どうして」


 抗議混じりに問いかければ、ユハが唇を曲げて不満そうに睨んだ。


「お前の瞳など見えはしないじゃないか」

「……あぁ。ええ。確かに」


 ああ。うん、そういう意味か。

 彼の言葉に内心深々と納得する。

 確かに覆面に覆われた私の顔は見る事が出来ないな、と考える。


「目がありそうな部分を見て下さい」


 不審げに顔を曇らせながらも素直に目を合わせてくるユハ。


「何をするつもりだ」


 尋ねられた言葉に、自身への段取りの確認もかねてゆっくりと言葉を紡ぐ。


「貴方の不安定な心に橋を架けて補強します。可能な限り私を信じて下さい」


 彼の身全て覆うには目覚めたばかりの私の力では不安定すぎる。希望があるとすれば、彼の胸に光るか細い光だ。

 守護を続ける光はきっと対岸の大木代わりになる。

 あの力に指を絡める事が出来るのなら、心の隙間に力を流し込んで悪意を拭う事もきっと可能なはずだ。

 光に拒まれる可能性はある。

 だが、見た限り光の根源に意志があるとも思えない。炎に落ちた雫のように、自らの存在を先延ばしにする為懸命に微かな光を零している。

 ならばせめてユハの心が拒絶しないように頼むしかない。


「……吸血鬼一族ヴァンピリームの末裔はそんな事も出来るのか」

「どうでしょう。現状を改善する方法はその位しか思いつきませんし。さあ信じて」


 恐らく出来ないだろうが、空とぼけて言葉を続けると、急かす私に彼が不愉快そうに眉を寄せた。


「お前、信じて信じてと言葉で言われて直ぐに出来るような単細胞だと思っているのか」

「多少思っています。さあ、つべこべ言わずに」


 私が返した素っ気ない言葉に一瞬唾を飲み込んで、


「ぐ……。お前という奴は。言われなくとも信じている。お前の力〝だけ〟は信じていてやっている!」


 ユハが悔しそうに奥歯を噛み、頬を赤く染めて言い放つ。


「はい、良い子です」


 随分と不承不承だが、返事としては上等だ。

 了承を取り付けたのを契機に、指先でこじ開けた隙間から細く糸のように伸ばした光を差し込む。

 炙るように火花が散る。

 細い力は掻き消えそうになりながらも、何とか光の側にたどり着いた。


「……く、う」


 違和感を感じるのか、ユハの唇から掠れた呻きが漏れる。

 悪意の隙間を縫い、波立つ純白へ先端を枝分かれさせた力をそろそろと絡めていく。

 恐る恐る力が触れた光から、思いが弾けた。

 清流のような柔らかな意志が流れ込む。

 じわりと心に染み渡るのは静かな願い。儚い祈り。

 純真な子供が抱く、無邪気で無知な思いの塊。


 わたしの代わりに せめて せかいが

 平和に なりますように。


 優しい女性の呟きが鼓膜に反響する。

 固めた心の奥深くを震わせる鈴のような声に、息が詰まった。


「……これは、もしかして」


 力を絡めて確信する。心で火花を散らすのは間違いなく聖なる光。

 この世界に来てから、初めてと言えるほどに他から感じられる強い清浄な気配だ。


「どう、した」


 ざわめく力の波を感じ取って、不快そうに胸元を押さえていたユハが訝しげな視線を返す。


「ユハ、胸元に何か持ってませんか」

「ああ。帰ってきてから何時も持ち歩けとよく分からない石を兄上に渡された」


 呟いて思い出したように自分の胸元を指でなぞる。

 丁度光が漏れる部分を触れる彼の指先を見つめ、私の疑念が確信に代わる。

 やはり、聖遺物か。

 聖遺物でこの程度しか防げない事に微かに驚愕を覚えながら、両の瞳に力を込め。

 伸びた力の先端をまた裂いて網目状に広げていく。

 簡単に言ってしまえばそんな工程を進めているが、言うほど楽な作業ではない。

 両肩に溶けた鉛の塊が際限なく載せられるような重みがある。

 息苦しさがないのは幸いだが、意識が鈍り網を広げる事を邪魔をする。

 ゆっくりと力の糸が聖遺物の光を覆っていく間も、石から無垢な少女じみた願いが零れる。


 どうか すべてのせかいが

 平和に、なりますように。


 純粋な想いに罪はないが、脳天気な願いに思わず苛立ちを感じた私は悪くない。

 肩が掴まれていなければ、思わず胸ぐらを掴んでねじり上げていた。

 引きつる口元の代わりに加減を解き波打つ想いを力に変え、心への侵食を強める。


 寝言は、寝て言え。取り敢えず、とっとと私の力に巻き込まれろ!

 ここならともかく、私の前世界には平和なんて無かったんだよこの野郎。黙れ。


 何度も繰り返される平和祈願に苦い過去が刺激され注ぎ込む力と言葉がやや乱暴になったのも、仕方がない事と言えよう。

 怨嗟の呻きや八つ当たりに近かったとしても他意はない。


「う!?」


 乱れた力に薄闇が吹き散らされ、心の内側をかき乱されたユハから苦悶の呻きが上がる。

 締め付けるような闇が薄れた好機を逃さず、苦痛に気を向けずに無心に網目を大きく広げる。

 頑張れユハ。

 謝罪代わりに聞こえない心の応援を送りながら、集中を強める。

 ただ伸ばしていただけの指を空気を摘むように動かす。想像に動きが加わると、力の動きが勢いを更に増した。鼓膜を揺らす不愉快な音が響く。

 このまま、一気に追い包む。私が定めた獲物を逃しはしない。

 か細い力を絡め、網が閉じた。さざ波が引くように闇が薄れ周囲の色が鮮明になる。

 光を円形に包み上げたまま、じわりと力の量を増やす。

 身体に重みが増していく。

 おも、たい。が……もう、ちょっと。


「んん、ぐ」


 力に意識を込め、放出を想像する。噛み締めた歯の隙間から呼気が漏れ、表皮を巡るように雷のような不穏な唸りが辺りに響く。

 身体のあちらこちらから細い雷光のような光が明滅し。青みがかった光が幾つも弾ける。

 動かせる右腕を意識し、指先に繋がる網に向けて力を流し込む。

 束ね上げた光の奔流が外の闇を弾き散らしていく。ここまでやっているのに闇はまだ消えない。

 力で幾度押し流しても、胸奥から滾々と湧き出てくる。

 しぶ、とい。

 激しい消滅と再生を繰り返す悪意を見つめていた視界に、赤い石が入り込む。

 ユハの纏う艶やかな布地とは些か不釣り合いなほどに、輝きの薄い胸飾り。

 無から産まれるには悪意の増殖の仕方がおかしい。なら何処かに増幅装置ブーストがあるはずだ。


 ウィルの袖口に着けられていたカフスを思い起こす。

 単純な思考はしたくないが、兄に弟と立て続けにおかしな事が起こりすぎる。

 それに、あんな物騒な代物が何種もあるなんて想像するのも嫌だ。

 カフスの状態を考える限りあの仕掛けはある程度の厚みを必要とする。

 胸に下がった石は高い代物では無さそうだし、硬度もあまり無いだろう。それに、純度が低く透明でもない。

 もし内部に仕掛けがあっても見えはしないだろう。


「ユ……ハ、胸に下げた石を外して遠くに投げて下さい」


 目を焼く光に瞳を細めながら、当たりであれと願い口を開く。


「う、なん――いや、わかった」


 尋ねようとした言葉をユハは途中で仕舞い、胸元の石を右手で引きはがすように外し、言われた通りに投げ放つ。

 外れるな。

 放物線を描く赤光を睨み、半ば懇願にも似た気分で力を注ぎ続ける。

 沸き上がる悪意の増幅があの石でないならば、打つ手がない。

 聖遺物の明滅が弱々しくなり平静を保つ心が冷や汗を流し始めている。

 願いを掛ける耳に、肉が焼き焦げるような音が響いた。


 網目状に展開される力に黒煙がなぎ払われていく。胸元から生まれる悪意が萎んでいった。

 溢れた闇が濁流のようなほの青い白に飲まれ、薄闇すら削られ始める。

 白い力が唸る悪意を喰らい、蝕み、埋め尽くす。決壊を迎えた後は一方的な蹂躙劇。

 全ての闇を根こそぎ祓い終わるのを見送っていたように、胸元で震えていた聖遺物の光がふっと消える。


「石の感触が」


 はっと眼を開いたユハが身を起こして懐を探り、聖遺物が入っていたらしい小さな布袋を引っ張り出す。

 口を広げ逆さにされた袋から灰のような粉が落ち、地に付く前に光を零しながら雪のように溶けた。


「消えてしまいましたか。でもこれで、隔離完了です」


 呆然と地面を見つめる彼に、長い溜息を吐き出して内なる戦いの終焉を告げる。


「…………胸の渦が無くなった。お前が祓ったという事はやはり、悪魔か」


 扉の側に落ちた石が、鈍い輝きを放っている。



 膝をつき、確かめるように左胸を押さえるユハに。



「そうです」


 私は、静かに嘘をついた。




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