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103:安全第一

 重たくなった場を和ませる為、今度は私がコホンと咳をする。

 シリルに不安そうに見られて慌てて首を横に振った。風邪は引いていない。


「色々ありましたが」


 ホントに色々あったが、記憶に残すと精神衛生上悪いので、不穏な色を湛えた空を一瞥して忘れる事にする。


「うう。エイちー。セザルが怖いわ」

「諦めろ。自業自得だ」


 頬を限界まで伸ばされたスーニャは泣きべそをかいて車輪の側でうずくまっている。

 仲間であるエイナルの反応も冷たい。ご飯の恨みは異世界も共通だ。


 道に沿って並び、不動を貫いていた御者の方々からセザルへ控え目な拍手が上がる。

 脱兎の如く逃げだそうとしたスーニャの両腕を捕まえ、問答無用で地に伏せさせた手並みは実に鮮やかで、彼が肉体派でない事をうっかり忘れてしまうほどだった。

 怒りが冷めたらしいセザルが恥ずかしそうに縮こまる。

 傍観者に徹していたエイナルは暇そうに欠伸を一つ。スーニャはさめざめ泣いている。


「魔法使い様はギルドに属していないとは言え、流石は冒険者のご一行で御座いますね」


 感心したように頷いてはいるが、場が混沌とした元凶はフェルナンドさんです。

 疲れを滲ませ眺めてみたが、悪びれた様子もなくにこにこ笑っている。

 本気で気が付いていないのか、天然なのか判断に迷う。どちらにしても性質が悪い事に変わりない。

 私に危害が来たわけでも無いので追及する事を早々に諦め、本題に入る。


「そちらの会社の馬車を一台頂けませんか。勿論代金はお支払いします」


 泥で汚され、狼の足形がこびり付いた馬車の窓に目を向ける。

 基本的に私が望む事は多くない。容姿の事情や出かけられない不自由さもあって物欲とかも皆無に等しい。


「かしこまりました」


 意外なほどあっさり頷くフェルナンドさん。

 尋ねておきながら不安になる。良いのか。会社の品だろうに。


「ありがとうございます。私ではなく彼らに報酬として渡したいのですが問題ありませんよね」


 交渉は滞りなく進む方が楽である。微かな疑問を飲んで続きを舌先で転がす。


「勿論ございません。この度の謝罪もありますし、お代はいただきません」


 顔色一つ変えずに答える彼。

 貰えるもの全て受け取りたいのは山々だが、あまりに不審が過ぎる。

 正体がばれている様子ではないが、これだけのご歓待。後ろか前に罠が待ち受けていても可笑しくない。

 そう考えるのは私が遙か昔に純粋さを放り捨ててしまっているからだろうか。だが、隣にいるシリルも下唇を軽く噛み指先でそっとマントを握りしめ、注意を促してくる。


「それは、いいんですか」


 気前のよすぎる発言に眉をひそめ口を開く。

 会社のシンボルである馬車を譲れと言うだけでも厚かましいというのに、そこまでして貰えると不気味に思えてくる。

 人を頭から疑って掛からないシリルでさえ警戒している辺り、怪しさの程が伺えよう。

 寧ろここまで怪しいと安全なのだろうか。あからさま過ぎて逆に安心できるかとも思えるが、気味が悪い事に変わりはない。


「ええ、我が社の方からも差し出せるものはすべて差し出して構わないと言われておりますので」


 こちらの気持ちを汲んだらしく、気分を害した様子も見せずに微笑んで理由を教えてくれる。

 謎は解けたが別の理由で顔をしかめた。

 ユハの家から受ける重圧は私の予想を遙かに上回っているらしい。

 謝罪のみならず、会社からのお達しとは言え無償で全てを与えるとは、そこまで恐ろしいのかユハの家は。


 今まで思考の片隅に投げていたスーニャの発言を含めて考えると、想像した以上にユハの家は有名なのだろうか。

 私が世間知らずなのと、出会った場所が場所だったからあまり深く考え込んだ事はなかった。

 正体が露見しないよう、末端だとしても城や貴族に関わる依頼は全て蹴ってきた。

 そんな私が有数貴族の屋敷に厄介になるとか地雷原に頭から飛び込むような物ではないだろうか。

 根本から考えれば、ユハに知り合ってしまったのがそもそも間違いなのか。

 時間を巻き戻せるわけもなく、厄介になりたいという連絡は既に行っている。

 引き返したくても今更な事。胸の内で小さく息を吐く。


「それでは、印を消して彼女たちに渡してください。

 命の恩人ですので丁重に。別途必要経費があるのでしたら、のちに全額私が支払います」


 依頼を直接行ったわけではないが、一応雇い主として念を押す。

 私は貴族や王族ではないがお金はあるので上客になれる。しかし、冒険者であるスーニャ達は違う。

 この馬車は本来身分の高い人物が乗る物。庶民が乗るには似つかわしくない。

 余り考えたくはない事だが万が一にも私の居ない場所で彼らが雑な扱いをされては困る。

 悪魔との攻防で、最悪の想像は常に心がけている。お陰で嫌な想像ばかりが膨らんで落ち着かない。


 敢えて口には出さないが――例え神であろうが私の恩人に手を出したらただでは済まさない。


「畏まりました」


 深々と頭を下げる彼と周囲に佇む御者達を眺め、不穏な気配がない事を確認して頷く。

 

 知らぬ内、空気を張りつめさせていたのか、隣に居たシリルが息を飲み、緊張したように私を見ていた。




 乗り換えの為に連れて行かれたのは今まで乗ってきたモノよりも数段豪華で、幌の部分が要塞のような佇まいを見せる頑強そうな馬車だった。

 繋がれた三頭の純白の馬が蹄で土を抉り、鼻息荒く頭を振り乱す。石をかんだ車輪が歪な音を立てていた。


「でかっ」


 スーニャがあんぐりと口を開いて正面にそびえ立つ馬車を見上げる。

 今は曇りだから全貌が見えるが、晴れの日は屋根の部分が光で照らされ見えなくなるだろう。

 馬が居なくて遠目で見たら、家だと言われても納得する。


「これ程に大きい馬車は初めて見ますね」


 黒に近い青銅色の車体は重圧と威圧を振りまいている。感心したようにセザルが眺めているが、これは馬車なのかという基本的な疑問が口を突きそうになる。

 六人詰め込んでも余裕がありそうな巨大さ、扉に刻まれた繊細な絵。大きな四輪にはトゲのようなものがついている。

 幌の側に置かれている巨大な柱のような品は、槍だろうか。


 鈍く光る先端と私の背を優に超える常識外の長さを見れば追いすがってきた敵を一撃の下に葬り去れそうだ。

 この装備を見る限り、馬車じゃなくて絢爛豪華な戦車の間違いじゃないのか。


「いや、ちょっと見た事ある。確か、パレードとかだったか」


 ぼーっと屋根を見上げていたエイナルが思い出したようにぽんと手を打つ。

 パレードってあのパレードか。王族や有名人が手を振ったりする地味とは無縁の行進だろうか。

 そんな派手なの要らん。私は凱旋する気も花を散らす気もない。


「また何かあったら困りますから、念には念を入れて丈夫な馬車に致しました」


 言葉通り丈夫ではあるが明らかにやりすぎな車体を背にし、告げてくるフェルナンドさんの顔は大真面目だ。

 山越えどころか崖も越えられそうだよ、この馬車。私が通るのは前人未踏の山脈ではなく、一般市民も行き来する平凡かつ安全な山道だ。


「いえ。普通で結構です」


 頭痛を覚えたが気持ちは嬉しいので溜め息を飲み込む。シリルはと言えば、威圧感を放つ馬車に怯みながら「え、これで行くんですか?」と言いたそうな顔で私を見ている。

 非常に気が進まない様子だが、安心して欲しい。私も全く気が進まないし、こんな目立つのはお断りだ。


「そう言えば馬車酔いをなさるとの事。この馬車は余り揺れませんから、酔いませんよ」


 重ねて断りの台詞を吐き出そうとしたら、ふと気が付いたような優しい囁きが掛けられた。

 反射的に頷きそうになるのを我慢する。

 酔わない。なんて魅力的な響きなのか。


 息を飲む程の大きさや、要塞のような重苦しい外観も全く問題がないように感じてくる。

 あ、別に良いかな、と思いそうになっていく。正面に佇む悪魔の囁きに負ける前に指先を握り込み耐える。

 掌に食い込む爪の痛みが折れそうになる意識を奮い立たせた。


「普通で結構です。地味なので良いのです」

「残念ですが。そう仰るのであれば」


 目を見据え力強く拒絶を表すと、個人的感情を余り露わにしなかった彼が分かりやすく肩を落とす。

 何でそこまでガッカリするんだろう。私にパレードをさせる気だったのか?

 それか軽いボケをかまして私に突っ込ませようという魂胆だったのだろうか。真意を探るべく観察するが、やはり表情は変わらない。

 ただ純粋に、本当に残念そうにフェルナンドさんはまた言葉を零した。


「がっかりです」


 要塞じみたこの馬車で何をしでかす気だったのだろう。掴みにくい人である。

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