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102:風の噂

 半刻経っても収まらない熱弁に呆れる前に感心する。

 余程溜まっていたんだろうなぁ。

 最近の若者は持続力がない、自分の跡継ぎが居ない等と呟いているが、魔物が密集する地帯を馬車で横断とか腕に覚えのある冒険者でも裸足で逃げ出す過酷な労働環境だ。

 普通は渡る前に馬車ごと潰される。じっと眺めていたら視線に気が付いたか、焦げ茶の瞳を見開き握っていた拳を口元に当て、恥じらいを紛らすようにコホンと咳き込んだ。


「失礼、少し話しすぎましたな。老いると口が達者になっていけません」

「いえ、興味深かったので構いませんよ」


 申し訳なさそうに謝られて首を横に振る。

 僅かな時間で心なしか頬のこけた御者の皆さんには悪いが、面白かったのは事実だ。

 高額でもここの馬車を頼むと安全に移動できそうだと確信できるだけで充分な収穫、思わず暗幕の下でにこにこしてしまう。

 安全確実な移動手段が確保できるのはありがたい。

 教会からそうそう遠くへは足を伸ばすつもりもないのだけれど、保険はあったほうが良い。


 腕を再度伸ばされるが、フェルナンドさんより先にシリルが私の手を取って先導してくれる。

 それに甘えながらタラップを降りると茫然自失状態だったスーニャがはっと目の焦点を合わせた。

 彼女は開いた扉から外の列を再度眺め、夢ではない事を確認して溜息をつき。


「流石に本家本元は違うわね。あのマークには近寄らなくて正解だわ」


 かぶりを振った後、帽子を押さえて兎のように馬車から飛び降りた。

 金髪の少年にエスコートされる漆黒かつ怪しい風貌の私に視線が集中していたが、ふわりと波打つド派手なピンクのマントは一瞬でその場の注目を集めた。

 慣れているのか照れる様子もなくスーニャは胸を反らして自慢げに笑い。指先で月の飾りが付いた棒をくるりと回し、見せびらかすようにマントを揺らす。


 斜めに入った黄色のラインが一層人々の視線を奪う。皆の目に宿った不審を身に浴び、明らかに勘違いしているらしいスーニャがふふんと満足そうな息を漏らした。

 広い帽子の鍔を摘み首を傾ける姿は、まるで「どうだ羨ましいでしょ。うりうり」と言わんばかり。

 嬉しそうな顔だが周囲の感想は絶対に違う。

 マントが欲しいとか鮮やかさが羨ましいとかじゃなくて、「何アレ」的な別次元の生き物に注がれる遠巻きな目線だ。


『はあ』


 明るい勘違いは毎度の事なのか、疲れたような溜息を吐き出してセザルとエイナルが地面に降り立つ。


「ふっふん、大好評ね。あたしのプリティさにみんな声も出ないようだわ」

「…………お知り合いですか」


 流石に竜を例えに出すだけあって、フェルナンドさんはピンク一色という異様な姿の魔法使いを視界に入れながらも鋼の精神力で尋ねてきた。


「知り合いと言いますか、ええと。命の恩人です」


 普通に説明するだけなのに、相手がピンクであるだけで何故こんなにも言い辛いのか。

 身を寄せていたシリルから少し離れ、精神力を削り取る魔法使いの言動に耐えながら言い切る。


「これは失礼致しました」


 私の口ごもりながらの返答を聞いてさっと彼が姿勢を正し、頭を下げた。

 深々としたお辞儀に、スーニャ達がぎょっと目を剥く。


「うえっ。やめてよなんか変な気分だし。天下のティルマティの御者に頭下げられるなんて、怖すぎるわ」


 ティルマティ? お茶か何かの品種だろうか。

 小首を傾げる私とシリルを見てスーニャがああ、と思い出したかのように口を開く。


「あー、そっか。馬車のマークも知らない感じだったわね。ティルマティっていうのはこの馬車の会社よ。

 確かええと二百年、くらい昔からある会社なの。格式高い上に御者が大方神経質、じゃなくて慎重派だから迂闊に近寄れないので有名よ」

「三百年で御座います」


 神経質の部分には触れず、静かに年数を訂正するフェルナンドさん。修正しない辺り馬車に近寄る冒険者は容赦なく排除されるらしい。

 スーニャの説明に頷いたものの、微かな空腹が雑念を生む。

 てぃるまてぃ。ちょっと美味しそうなお茶の名前だな、と思っていたのに馬車の会社だったか。残念。

 それにしても。スーニャは御者に向けるとは思えない脅えた目でフェルナンドさんを見、自分の肩を抱いている。


「お客様の恩人は私の恩人で御座います」


 胸元に手を添え、静かに語る御者に彼女はじっとりとした目を向ける。


「ええ。知ってる、ちなみに聞くけどお客様の敵は」

「私の仇敵で御座います」


 半眼の問いにさらりと答える彼。普通の敵からさり気なくランクアップしている。


「噂通り物騒な会社ねぇ」


 驚いた様子も見せず頬に手を当て、嘆息する彼女。

 噂通りって、フェルナンドさんが特別という訳でもないのか。

 雇い主に忠実なのは良い事だが思考が少々物騒な気もする。


「いえいえ、それ程でも御座いません。そう言えば、貴女様のお噂はかねがね伺っておりますよ。お顔を拝見できるとは光栄で御座います」


 あくまでも礼儀正しく優しい笑顔を浮かべ、彼が告げる。警戒心を露わにしていたスーニャの顔がさっと青ざめた。


「ちょっ、それ以上はやめっ」


 悪い方面で心当たりがあるのか、わたわた慌て始めるスーニャ。

 ぴくりとセザルの眉が跳ね、エイナルが疲れたように肩をすくめた。


「何でもギルドの壁全面を塗り替えたとか、塗り替えないとか。

 更には天井に星形の風穴を開け、他にも様々な事を成し遂げ、ついにはギルドから出入り禁止にされた等、他にも色々と武勇伝をお聞きしております」


 焦る姿を微笑ましそうに眺め、言葉を紡ぐフェルナンドさん。

 塗り替えたって、なにやっているんだスーニャ。色は聞かずとも分かる。考えるまでもなく服と同じく目に眩しいピンクであろう。

 というか、冒険者がギルド出入り禁止って致命的じゃないんだろうか。肝心の依頼が受けられなくなる。


「きゃー、口閉じて閉じて!」


 顎に手を伸ばし、無理矢理口を閉めようとするスーニャだが、もう遅い。

 指の隙間から落ちた水が掌に戻らないように、言葉は零れて辺りに散った。回収は不可能だ。

 俯いて沈黙を保っていたセザルの細い指先が握り込められ、小刻みに震えている。


「スーニャ、ギルドに毎回入れないと思ったら、あなたはそんな事を」


 唇から滑り出たのは、闇夜の沼地から這い出るような怖気を孕んだ重い声。

 こわっ。

 シリルにも言える事だが、普段落ち着いた喋りなだけにこれは怖い。

 前夜の怒りより深さを感じさせる声の重さだ。

 深淵から湧き出る水のような底暗い冷たさに背筋が冷える。


「わ、若気の至りよ。落ち着いてセザル!」


 きっと分厚いであろうギルドの天井に風穴開けるのはどんな若気の至りだと突っ込みたくなったが、怒気を増したセザルの様子を見て胸にしまう。

 迂闊につつけば巻き込まれそうだ。彼の背後に暗い炎が見える。 

 セザルは普段の穏やかさをしまい込み、下手な下級悪魔より凄みのある双眸でスーニャを睨み付ける。

 後ろで大人しく草をはんでいた馬が脅えたようにいなないた。


「許しません。出入り禁止でなければ最悪でも食事代は稼げてるんですよ。何度、飢えたか」


 あ、やっぱり死活問題なのか。

 奥歯を噛み締め、強調される台詞に積み重ねられた憤りと恨みを感じる。

 大層ご立腹な上、多大な私怨が込められている。


「そ、そんな怒らなくても」


 小動物のように見上げ、可愛らしく笑ってみせるスーニャ。ほだされることなく冷ややかな目を向けるセザル。


「怒ります。今度という今度は、真剣に怒らせて頂きます」

「待って、というか忘れてて、ギルドの事。過ぎた事をどうこう言うのは不毛だと思うわ!」


 怒り心頭の彼に杖を握って言い募り、無駄な足掻きを続ける少女。

 先程の新魔法が可愛らしく思える程の冷たさを孕んだセザルの瞳には、慈悲の心など欠片も見えない。


「不毛で結構ですよ、スーニャ」


 冷や汗を流す魔法使いの姿にすっ、と彼の目が細まり。口元にぞっとするほど酷薄な笑みが浮かぶ。 

 狼狽して更なる弁解を重ねようとするスーニャに特大の雷が落ちた。

 不意打ちで尻尾を踏まれた仔猫のような甲高く、涙の混じった悲鳴が響いた。


 華々しい話を聞く事も多いが、冒険者稼業は大変なようだ。

 悪魔に出会いはしても、食いっぱぐれない私は幸せ者だと思う。

  

 お小言の発端となった人物は冒険者の小競り合いを興味深げに眺め、満足そうに頷いた。

 フェルナンドさん、もしかしてわざとやったんですか。


 先程の神経質呼ばわりの意趣返し、とか。


 聞くのが怖い。

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