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91:探知機レベル1

 縦に長い馬の顔を布越しでさすさすと撫でる。


「後ろには回らないで下さいね」


 セザルが恐る恐るな私の動きに不安を覚えたか、そう告げてきた。


「分かってます」


 幾ら都会暮らしでも馬に蹴られてなんとやらの言葉通り馬の蹴りが強力なのは知っている。

 前の馬車で乗っていたのは黒い馬だが、スーニャ達の馬車で使っている馬は栗毛だ。

 黒は凛々しかったが、こちらは温和そうな顔をしている。

 出来る限り優しく撫でると長い尻尾が揺れた。

 素手で触りたいものだが、なにぶん特注の服は腕も指も見えないようになってるので諦めるしかない。


「馬なんて見て何が楽しいんだか」


 暇だったのか付いてきたスーニャが腕組みして嘆息する。彼女にとっては見慣れた顔なのだろうが、犬どころか猫すら見あたらなかった教会で籠もっていた身としては人間と悪魔、魔物以外の生物に出会えて感動だ。


「馬を触るだけというのもアレですし、何かお手伝いしますよ。荷物運びとか」


 馬の細い躰がかなりの筋肉質だと確認して満足する。


「いえ、それは僕がやります。代わりにやりますやらせてください」


 弄るだけ弄ってそれだけです、と言うのも薄情なので手伝いを申し出たらシリルが蒼白になった。

 気遣いは嬉しいが、その慌てぶりはなんとなく失礼だと思う。

 たとえ家事全般出来なくても、この躰が十歳程度の小ささでも、腕力弱くても、もの凄く不器用だとしても。

 出来る事は……きっと、おそらく。ある、と信じたい。

 自信を付ける為に考えたら不安要素が山ほど雪崩落ちてきて自信が無くなってくる。

 手伝いたいのは本音だが、確実に足手まといになる。もうちょっと力があれば小物運び位には役立てるのに。

 アオ覚えてろ。悪魔神は愛が欲しいらしいが、日を重ねるごとに怒りと恨みが降り積もっていく。愛情は欠片も生まれない。


「んじゃ頼んじゃおうかしら。こっちよ」


 軋むスーニャ達の馬車に入り込み、彼女の誘導で少しだけ狭くなった奥へ進む。


「この辺りの品を持っていけば良いんでしょうか」

「うん。割れ物も多いから気をつけてね~」


 答えを合図に、ゆっくりとした仕草で近くの小物を集め出すシリル。本、箱、何かの飾り。意外に様々な品が積んである。

 へぇ、と喉を鳴らす前に肌が軽く引きつる感覚。

 アオに対する怒りに触発されたのか、異端が乗り込んだのが原因か。

 嫌な感じがする。またか、またなんだな。

 たまには普通に休んでいたいんだけれど、そういう事もさせて貰えないらしい。


 姫巫女なんて嫌いだ。




 前はほんのりと感じた悪意と色。最近では感覚が鋭敏化しすぎて黒い筋どころか視線が勝手に目標を捉えてしまう。

 流石全自動悪魔探知機。我ながら涙が出てくる素早さで原因を捕捉する。

 シリルが運んでいる近くの箱から悪意が滲んでいる。このまま私が消しに行くのが手っ取り早いのだけど。

 さて、どうしたものかと考え込む。大抵の悪魔は私が片付けるのが常だ。

 消すのは容易い。空気の舌触りからして、そう強い悪魔でもない。正悪魔よりやや下の……インプよりは強い下級悪魔か。

 どうしたものか、再度心で唸る。シリルはずっと私の側にいると言った。その言葉は本物だと思う、信頼もしている。

 だからこそ悩ましい。シリルは呼んだら飛んできてくれるだろうけど、毎回毎回私が側にいる保証はない。

 私は悪魔を潰すと決めた、きっとずっとそうであり、当然ながらシリルは何時も悪魔と顔を合わせるようになると思う。


「…………どうかしましたか?」


 黙したまま口元に手をやり考え込む私に気が付いて、問題の彼から怪訝そうな声が掛かる。


「いえ、ちょっと」


 思考に気がそがれ、答えは濁ってしまった。シリルの顔が曇る。

 心配させたらしい。簡単で、切れ味のある答えは手元にある。

 これがユハやオーブリー神父辺りなら胸とか心が痛まないんだけどなぁ。

 繊細だろう彼にこんな事言うのは心苦しい。けど、何時かは通る道。


「練習、しません」


 ぽつり、とシリルにだけ聞こえる音量の声を零す。


「え?」


 スミレ色の瞳が瞬かれた。まあ、唐突に練習と言われてもこうなるか。


「探知」


 更に付け加えた単語で意味が通じたか、彼の身体が強張った。

 素早く辺りを見回しはじめる。人ではないモノの気配を探る為に。


「無茶は頼みませんよ。ちょっとは慣れませんと」


 ピリピリした空気に肌が傷み、布の下で苦笑する。


「居るん、ですよね」

「来るじゃなくて、潜んでます。と言うのが正しいですけれど」


 せわしない彼の動きを眺めながら静かに答えると、びく、と肩が跳ねる。

 だから危ないようだったら頼まないというのに。

 悪魔にやられた事が事だけにシリルは悪魔が苦手である。

 普段生活する分には問題ないのだが、私と一緒にいるのなら免疫を付けて貰わないと困る。

 奴らから離れ、平穏に暮らすなんて単語は最初から存在しないのだし。

 たまに休みはしたいけど。

 シリルは元々悪魔に対して免疫があり、気配をくみ取る才能を持っている。

 軽くでも叩き込めばきっとすぐに悪魔が何処にいるか位は判別できるはず。

 方法は多少強引だけど、気配で居場所が分かるのと分からないとでは雲泥の差がある。 

 長生きして貰う為にはこの位は覚えていて貰いたい。

 私の囁き一つでいきなり挙動不審になったシリルの態度に、スーニャ達の視線が少し痛いけど。


「こ、これですか?」


 指を微かに震わせて離れた場所から古びた本を示す。


「違います」


 よく分からない空気を纏っているが悪魔の気配はしない。何か魔法とか掛けられているんだろう。

 何冊もの本からこれだけ探し出すとは、勘は良いのは間違いない。


「じゃあこれでしょうか」


 次は近くにあった小物入れを指さした。


「それも違いますね」


 小さく首を振って否定する。

 近いけど。

 もう少しずれれば正解だ。悪魔の色がくっついていたかな。


 悪戦苦闘するシリルを見て気配の特定にはしばらく掛かりそうだと胸の内でちょっとだけ溜息をついた。

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