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90:疑惑と確認

 焦げていない飲み口に唇を付け、水を飲み干し、一息つく。

 身体に水分が浸透し、焼け付くように熱くなっていた喉が冷え、頭の中が鮮明になる。

 ふう。生き返る。

 ちらりと隣を横目で見ると遅れてほう、と息を吐くシリルが見えた。

 やっぱり喉が渇いていたらしい。

 視線を感じたか、慌てたようにもう一度カップに口を付けて僅かに赤くなった顔を隠す。

 気まずいのか恥ずかしいのか。それとも両方か。そんなに気を使われなくても私の神経は並の女子より丈夫に出来ている。

 悪魔やアオの仕打ちを思い出せば全てがぬるま湯程度の事だ。


「早めに馬車のすげ替えをしておきません。それと、見張りの交代制も決めないと」

「やだーなに言ってるの。あんなにゾロゾロ二度も三度も来るわけ無いじゃない。 

 今日の光景はかなり特殊だったわ。大体生息地自体がずれてるから普通は襲われないし」


 常識だと思う提案に、スーニャがパタパタ片手を振ってキャハハと甲高い声で笑う。

 どうでもいいが、闇夜の森に木霊した声が少し不気味だ。近場に通りすがりの人が居たら同情する。


「そう、なんですか。御者の方に聞いてはいましたけれど、初めての遠出でこう襲われると不安になるんですが」


 御者の人からもの凄く自信たっぷりに魔物も獣も出ないと言われた矢先にこの有様。警戒するなと言う方が無理だ。

 小さめの干し肉をガムか飴のように口の中で転がしてスーニャは軽く頷いた。


「そうよ。この間近辺、っても街の近くだけど、魔物退治してた時山火事になりかけたらしくって。

 丁度逃げる方向がこっちの山で、それ発覚したのがあたしたちの出発直後位かな。

 迷惑な事に封鎖される直前でさ。強引に突っ切ってきたんだ。

 マナは運が悪いんだか良いんだか分からないわね」


 何故わざわざ強引に突っ切ってきたんだろうか。

 ずっと抱えていた疑念がますます膨らんで破裂する前にごくりと唾を嚥下する。


「一つ聞きたかったんですが」


 声が震えないよう気をつける。可能性だ、可能性の話だから。

 だから、落ち着こう。何を言われても平静に。


「ん?」


 首を傾げるピンク帽子の魔法使い。

 強めに口元に手を当て、スーニャの様子を探る。

 嘘を言われてもすぐ分かるように。


「何の変哲もない村人か誰かがこちらへ行った方が良いとか言いませんでしたか。

 今日の貴女はこちらがオススメ、とか」


 心を鋼の硬度にして静かに尋ねると質問の真意に気が付いたシリルの肩が揺れた。

 懸念事項は一つ。気まぐれな神の存在だ。

 今回の危機も突発的な災難ではなく、試練と名の付いた遊びの可能性がある。

 もしそうだとしたら報復のレベルを上げねばならない。

 殴って刺すだけでは足りない。熱湯と蹴りをプラスしよう。

 時間が停止しているかのような、緊張が数呼吸ほど。


「ううん。無かったわね。

 というか、通りすがりの人の顔とか覚えてないし。

 立ち入り禁止になりかけてたけど、オススメはされなかったと思うわよ」


 あっけらかんとしたスーニャの不思議そうな言葉で気が抜ける。

 嘘を言っている様子はない。

 良かった、今回はアオ絡みじゃなくて。

 まあ、アオが絡もうが絡まなかろうがトラブルに巻き込まれたという事は変わらないけれど。

 誘導しないだけで根本で弄られていたら分からないし。

 ただ。あの阿呆神が接触した気配はない。

 一応婚約されているせいか、何となくだけれどアオが側にいる時と触ったものの判別が付く。

 匂いというか気配というか、言い表しにくい随分曖昧な感覚だけれど。

 生物的な、いうなれば女のカン。 

 言い方は曖昧だけれど、このカンは意外と頼りになる。

 ……奴の気配を見つけ出すのは、悪魔を探るのとちょっと似ている。

 神なのに。

 今更アオが悪魔神でも驚かないが。むしろそちらの方が納得だ。


「そうですか。なら良いんです。変な事お聞きして済みません」

「……知り合いでも街にいる――訳ないか。遠出も初めてだし。

 しばらく一緒にいれば少しは掴めそうだと思ったのに、性格がなかなか捕まらないわね~

 マナって結構大変な性格なのね。交渉相手が居るとしたら同情するわよ」


 妙にすんなり話の輪に入れていると思ったら、正体ではなく私の行動や性格を得たかったのか。

 残念ながらそれは難しい相談。なにしろ自分ですら『私』の本来の姿が曖昧なのだから。

 偽りの聖女の仮面、偽りの一族の言葉。嘘で塗り固められた経歴。

 本当なんて誰にも分からない。名前、姿。それらを無くした時から、真実は掌から零れて消えた。

 悪魔が見える時点で物心付く前から、希薄な存在だったけど。ただ一つ私があるなら。


「じゃあ、馬車の会社に同情しておいて下さい」

『…………』


 こうやって意地悪い言葉を投げて相手が固まる空気を吟味するのが、性格の一つだ。

 スーニャ、エイナルは固まって、セザルは驚いたような顔をしている。

 シリルは少し慣れたのか、困ったように笑っていた。

 嘘はない。彼女の台詞が本音ならば、今のところスーニャに同情される相手は管理不行き届きの会社である。

 私の前にユハが会社を権力で圧迫していないと良いけれど。

 空を見上げる。漆黒で更に克明になった月が、朝は遠いと囁いた。



 馬車のすげ替えは賛成されて、雑用を任されているセザルが立ち上がり、木に手綱をくくりつけていた馬に近寄る。

 さくさくと夜露で薄く濡れた落ち葉を数度踏み、後ろで続く音にではないだろうが、困惑と疑念を混じらせ振り向いた。

 優雅ではない足取りで付いて行っていた私は危うく顔面から着地し掛けて後ろからシリルに引き戻される。 

 二人揃って何用だ、と言うところか。シリルは特別用はないと思う。ただ単に私が歩いていくから付いてきたのだろう。

 かく言う私はと言えば。もじもじと手を合わせそうになって慌てて背筋を伸ばす。

 我慢。女々しい行動は禁物だ。誇り高く……とは決めたが。したいものはしたい。


「馬、少し触らせて貰って良いですか」


 小さく尋ねると、セザルが地面に頬が落ちそうなほど首を傾けた。

 何を好きこのんで、今まで乗っていたのに。

 そんな疑問があるだろうが、触りたい。

 後の事を恐れつつシリルの目を盗んで御者とは交渉したのだ。

 けれど、特別待遇だった乗客に馬なんて触らせられないと何度も固く断られた。

 現にシリルの目がちょっと怖いが、乗馬とまでは行かないけれど、それ位許して欲しい。


「構いませんけれど」


 懸命に護衛の視線から逃れている私を見て悪意を感じなかったらしく、セザルは快く頷いてくれた。

 やった。異世界生活初めての動物とのふれあいが行えそうだ。

 後でお小言を頂戴しそうな気配が濃厚だが、後悔はない。

 ない。

 

 ……ちょっと、いや、もの凄く肩と背中が痛いけど。

 視線って意外に凶器である。

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