表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/145

ep-AO:感情・後

 神を呪うという言葉が人間の世界ではあったと思う。

 自身が神でなければそれをしたい心境で時の神であるマーヴィルは溜息を吐き出す。


 ――ちょっと人間になりたい。


 そうすれば恨み言を幾らでも神にぶつけられるのに、とぼんやり考える。

 神になってしまったのは今更な事だが。力が強いというのは厄介で、孤立神と類されるほど。

 代わりに珍しい肩書きを貰えたり神格が高いという特典付きだが、マーヴィルのように眠る事を趣味とでもしていない限り苦痛に近い。

 珍しいという事は人間達への知名度がしばらく無に等しく。その分捧げられる声もない。

 薄れ、消えないように保てるだけの力がないとやっていけない。まさに自給自足。

 今のところ健在であるマーヴィルはそれなりに名前が売れたという証でもある。

 姿形、名前が人々の中から薄れても意識の中、書物に僅かに残っていれば神としての面目は保てる。

 まあそんなのは今はどうでも良く。旧友と呼べる神の暴虐に目を背けたい。


「ねぇ、話し合いだったよね」


 思わず銀色の時計を出したくなりつつ腕を振った。服の裾が揺れる。

 昔あつらえたが、寸法を間違えた。面倒なので放っているがこれ以上成長しない為にぶかぶかのまま。


「話し合いはしただろう」


 濃淡のある青い髪を揺らし、アオが答える。微笑みは文句の付けようのない美しさだ。

 微笑みだけは。


「……はいといいえで終了するのは話し合いと言わないと思うんだ。僕」


 久しぶりに切り替えた人型の髪をほどき、左側の髪を一房掬って編み直す。

 人型も見苦しくない程度にしているが、長期間放っておくと少し崩れる場所が出来る。

 管理は面倒だが、友が望むのが人の形なので渋々置いている。慣れればそれなりに愛着も沸く。


「快諾という事で」


 淡々と答える友にじっとりと視線を向ける。


「脅しだよ。もう上級神以外は脅迫だったと思う。

 だって君が一瞥するたびに脅えてたじゃないか」

「人聞きの悪い。話は普通にしたと思うけれど」


 肩をすくめる彼の白い服が性格と酷く不釣り合いだ。


「君は破壊の神とか言われてるから力が弱い神は怖がるんだよ。

 じゃあ上位神のアレは。はいといいえで終わるのはやっぱり話し合いと違うよね」


 長引くと想像していた話し合いは、二言三言で終わった。


「快諾してくれれば数千年ほど静かに暮らすと言っただけだよ」

「それやっぱり脅しだと思う」

「別に何かを壊すとかは言ってない」


 アオは温厚とは言いがたく、他の神から警戒されている。

 その彼が微笑んで数千年大人しくしますから条件飲みません、等と言えば脅し以外の何者でもない。


「……君の場合言って無くてもやりそうだからやっぱり脅しだよ。

 ううう、こんなの神として良いのかなぁ。人間に見られたくない。

 で、次は何処」


 編み終えた髪を軽く引いて呻く。このやり取りを聞けばさぞ人間達から落胆と絶望を貰えるだろう。

 神が存在する空間に迷い込む生物は居ないのは救いと言えば救いだ。


「次は再生の神。輪廻の事で承諾を貰わないと」


 人間を永遠に生かすなら、再生と時の神の承諾は必要不可欠だ。

 摘んでいた髪を離し、マーヴィルが目を細める。


「そっか、リタの所か〜僕はリタに期待してるよ。真面目さだけが取り柄だしね」


 再生の神の生真面目さにはマーヴィルも良く泣かされている。

 曲がりにくい性格というのは、こんな時は頼りに感じるが。


「マーヴィルと再生の神は対のようなモノだったね。けど、どうかな」


 口角を釣り上げるアオの仕草に時の神は僅かに不吉な予感を抱いた。



 鬱蒼と茂る木々に囲まれた泉の上、銀の霞の固まりがゆったりと上下している。


「来たか、異界の番人。もう噂がここまで届いているぞ――と。マーヴィルも一緒か」


 霞からではなく、空間全体に声が響き渡る。正確には声のような念だ。

 不便な人の形を取る神は余りおらず、基本的に霞や雲、光といった不定形が多い。

 空気も動かないので梢が揺れ、水面が歪む事もない。


「何で後付け。長年の仲なのに寂しいよ」


 ぷーと頬を膨らませ時の神は的外れな抗議をする。


「その子供っぽい口調はやめい。軽視される理由となる」

「……この口調元からだし。力変わらないから良いじゃないさ。リタちゃんの意地悪」


 微かに声に疲れを滲ませた再生の神の言葉をかわし、マーヴィルは頬を更に膨らませた。


「一応女性神ではあるが、ちゃんを付けるな。時の指揮者の名が泣くわ」


 溜息のような台詞だったが、波紋は広がらなかった。


「でもリタちゃんは献上量僕より多いよ。呪文の名前もリタが多いし」


 ぶつぶつ呟きながら懐から銀の鎖の付いた懐中時計を取り出し、長針を指先でくるりと回して口を尖らせる。

 懐中時計は元から常備してある飾りの一つだ。何か言いたい事や不満があると弄るのはやはり癖であろう。


「それはぬしがさぼっておるからだ。私が代わりに力を貸してやっているのだから有り難く思って欲しい」

「サボってないよ。ただ寝過ごしてるだけだし」


 再生の神の鋭い指摘に、短い呻きを漏らして針を反対回りに動かす。


「それをさぼりと言うのだ」


 反論出来なくなったマーヴィルはむくれた顔でもう一度長針を動かして針を正しい時間に戻す。

 自分の行動は常にルーズを通り越してマイペースだが、時間の把握は時の神らしく正確だ。


「リタムートとマーヴィルが仲が良いのはよく分かったよ。肩代わりまでするなんて太っ腹な事だ」

「この阿呆の代わりに力を貸すだけで大分感謝の声は頂けるから、そう悪くはないものよ」


 アオのささやかな皮肉の混じった言葉に、微かにリタムートが笑う。


「リタ優しいけどちょっと酷い。たまには僕の名前も入れさせてよ」


 金属音を響かせて時計を胸ポケットに仕舞い、銀色の霞を睨み付ける。

 呪文に名前が入るだけで結構な知名度だ。助けられてはいるが結果的に取り分を掠め取られている。


「知られていなければ呼び出せぬからの。まあ、属性が違うがそれ位は流しておる」


 時の流れを司るのはマーヴィルの役目だが、元々対と呼ばれるほどに似た性質を持つリタムートなら多少時間を止める程度造作もない事らしい。

 喚ばれるはずの時の神は置いてけぼりをくらうわけだが。


「流さないでよ。時関連は僕のお仕事なのにー。消えちゃったらリタのせいだよ」


 再生の神の居る場所を睨み付け、腰に手を当てて時の神はご立腹だ。

 眠っていて応えないのも悪いが、神として切実な問題である。

 名前、存在の知名度、感謝イコール人間で言う食料だ。減りすぎると神として存在が危うくなる。

 アオの場合良い意味でも悪い意味でもあちこちの世界で知れ渡っているので問題はない。


「今の今まで存在出来ておるならば、私より年配のぬしが消える事は無かろう」

「時の神様〜って崇め讃えられたいのに」


 肩をすくめるマーヴィルに失笑が降りかかった。


「そうしたいのなら服装も何とかしろ。寝間着は止めろ」


 冷たい声にマーヴィルは軽く袖を振って掌を出し、胸の生地を摘む。

 薄い水色の縦縞が入った寝間着だ。

 アオにいきなり引っ張り出されたせいではなく、元々普段着として使用している。


「すぐ寝られるよ?」


 緑とか黄色が良い? ピントのずれた問いを投げてリタムートを暗くさせている。


「その姿で寝間着は止めておけ。書物で語られる気か」


 呪文に名前を入れられるだけなら姿が見られる事はないが、大規模な術の場合神を召還する人間が居る。

 術者の力量にもよるが姿を見られる事も多い。


「そんな事言っても、大体僕達不定形だよ。場所によっては僕は猫だったりするし」


 寝癖を手で押さえて直しながら半眼で呻く。


「魔物と神話が混同して伝えられている場合は良くある事だ。名前も大方が違うしな」


 リタムートが思案するように唸り、呟く。


「確かに名前違いもされてたけどこの間召還されたとき暇だったし。

 凄く期待されてたから起きてたのもあって、頑張ってそれっぽい猫を調べて、赤い革靴と羽根飾りの付いた帽子を被った黒猫になって出たのに。みんな見えないし。

 何で見える人が喚んでくれないかな〜? 僕頑張ったのに。力作だったんだよ赤いマントも付けたし」


 切々と訴えるのは人一倍、いや神々の中でも面倒くさがりであるマーヴィルなので切実さがよく分かる。

 要望に応えようとする姿勢は神がするにはあまりにも涙ぐましい努力ではあるが、喚ばれはしたものの力量不足で目視して貰えなかったらしい。


「ぬしも人の事言えた義理か。名前間違えられた上に出ていく神は軽視されるぞ」


 リタムートの注意にマーヴィルは詰まらなさそうに腕を組んでそっぽを向く。


「近頃さっぱりお呼ばれされて無くて寂しかったんだもん。時の神って言われてたからまあいいかなーって。

 大体見えない人間が喚んでも大した力にもなれないしね。自分から見せても良いけど、他の神から怒られるし」


 力量不足な術者に姿を確認させる事も可能だが、寝間着や名前間違えで出ていく以上に軽視される理由になるので禁止されている。


「ふぅん。じゃあ何かしてやったんだ、珍しい」


 アオが瞳を細め、ぽり、と頬を掻く。気まぐれと呼ばれるアオにとってもマーヴィルの行動は積極的で珍しいと思わせるに充分だった。


「なんにもー」


 頭の後ろで腕を組んで唇を尖らせる時の神。


「そこまでやっておいてなんにも!?」


 普段声を荒らげる事のないリタムートが驚愕の声を上げた。


「だって失敗って言われて無かった事にされたんだよ。成功しているのに酷いよね。

 あー思い出したらお腹減った。感謝されたいー崇められたいーそして眠い」


 半眼で不満を口にしながら欠伸を一つ。


「最後のはいつも通りとして。そんなに献上量落ちているのか」


 お腹が減った、の単語は神の中では重めの単語だ。

 空腹に近いモノを覚えるのは力が薄くなっている証拠である。


「落ちてるよ〜。というより忘れられ掛けているのかな。

 この間除けば力貸したの数千年位前だし、人間の記憶力は書物付けてもせいぜい数百年が限度だしねぇ。

 火事が起これば書物は燃えて僕の記憶は消える。そろそろ喚びだして欲しいな、語り継いで欲しいよー」


 呑気に答えて指を軽く動かし風を吹かせる。

 無機物のように静止していた草や木が音を鳴らし、泉に波紋が広がる。

 力の無駄遣いだと告げる再生の神の声を無視し、マーヴィルはゆったりと広がる微風に気持ちよさそうに目を閉じた。


「この間の砂を分けてくれたら何処かに君の名を綴った本を置いておくけれど」


 ポツリと落とされた誘惑にマーヴィルが重たい目蓋を薄く開く。

 とろんとした視界に映るのはアオの涼しい顔だ。


「異空渡しならではの交渉お見事。長年の付き合いでも容赦ないね。

 君に力貸すとすっごい風当たり強くなるけど……うーん。考えとくー」


 切羽詰まればそうするよ、と欠伸をもう一度して芝生の上に座り込む。

 さわさわと揺れる梢や草の色と香りは地上と遜色ない。

 違いがあるとすれば青空がなく、光だけが白い天井のような空から柔らかく降り注ぐ位か。


「そういえば話がマーヴィルにずらされたが、何か用があるのであろう。

 ぬしは用でもない限り他神との接触をせぬからのう。まあ、例外はあるが、の」


 語尾をゆっくりとしたものにして、アオ以外の人物をやんわりと言葉で示す。


「なにリタちゃんその目。良いでしょ。僕が異空渡しの神とお友達なの駄目なの〜?」


 生物の形を取ってはいないが、視線は感じたらしくムッとマーヴィルが頬を膨らませる。


「悪くはないが良くもないのう。ぬしの脳天気さは呆れるぞ。

 神殺しをもする、悪魔より厄介な神をよくよく友と呼べるものじゃ」


 呆れの色の濃い台詞に時の神は首を傾ける。自分の薄い紫の髪を弄り、


「えー。気まぐれだけどアオはちゃんと気に入らないのしか潰さないから大丈夫だよ。

 それに、僕を色々してもアオに力が入らないどころか、力使うだけだから無駄だし。

 神喰らいになったら、三歩位は距離置くけど」


 あっけらかんと言い放った。

 数拍の沈黙が辺りを支配する。


「……馬鹿だと思ってたけど訂正する。大馬鹿」


 冷たく呟くアオ。引いているのか声すらないリタムート。


「ああ、アオまで! 酷いよ二人とも」


 本心を言っただけなのにこの扱いは何だと言いたげな顔で腰に手を当てる。


「今までの話で、異空渡しの方がマーヴィルへ近づいているわけではないのは分かった。

 この阿呆がまとわりついておるのじゃな」

「否定はしないよ」

「してよ。酷いよーたまに起こしに来てくれるのに」


 阿呆に大馬鹿とさんざんな言われように半泣きになりながらアオの袖を引く。


「マーヴィル。ぬしは起こさないと永遠に寝てるじゃろう」

「えへ」


 リタムートの鋭い突っ込みに肩をすくめた。もう開き直ったらしい。


「また更に脱線したところを戻すよ。単刀直入に言うけれど、今回半身を引き入れる事にした」


 こほんと咳払いをしてアオが口を開く。

 こう頻繁に話を逸らされるとわざとのようにも感じてくるが、のほほんとした顔で自分の三つ編みを触っているマーヴィルを見ると追及する気も起きなくなる。


「ほほう。また面妖な事もある。今までどんな神も引き入れぬと切って捨てて来たのにのう」

「どんな神とか聞いたら駄目だよ」


 感心したような言葉を漏らす再生の神にマーヴィルは釘を刺した。

 アオが頼むのを普通のお願い事だと考えていると痛い目を見る。


「分かっておるわ。どうせロクでもないのじゃろう。異空渡しが関わると毎回面倒が絡む。

 それに、神であらばここまでぬしを連れてくるわけもないしのう。何にしたのじゃ」


 霞なのに器用にも軽い息を吐くような素振りを見せ、冷たい視線のようなモノをアオに注ぐ辺り無用な心配だったらしい。

 言うのは簡単ではあるが、言いにくい。なんとなくもう一度懐から懐中時計を取り出して針を回す。

 アオ本人に言わせても良いがそれも不安なので、すうはあと深呼吸し、マーヴィルは口を開いた。


「ニンゲン」


 答えが返ってくるまでくるくると時計の針を回す。


「……また厄介なモノを選んだのう。一筋縄ではいかぬぞ。

 確かにそれは時と生を合わせた輪廻に関わる事。

 ここまで来たのも得心したぞ」


 苦い口調のリタムートに時の神は軽く首を数度縦に動かす。


「力を貸して欲しい。その代わり、四千年位は静かに暮らすよ」


 にっこりと、アオが悪魔の誘惑をちらつかせる。

 今のところ全ての神がこの一言と笑みで脱落した。


「……手伝わないよねリタちゃん」


 不安と期待が半分ずつ。期待の中には希望も混じる。

 ここで手伝われたら様々な意味でマーヴィルは困る。


「よかろう。ぬしが四千年も動かぬなぞこんな事でもない限りあり得ぬ事じゃ。

 毎回破壊してくれるから創造、輪廻が追いつかなんで難儀しておったのだ。

 破壊より創造が手間が掛かると分かっていてやってる分、タチが悪いしの」


 ぼきりと安い板のように希望が折れ、砕けた。

 アオが四千年大人しくなれば確かに輪廻を動かす時間は少なくなる。

 リタムートの言う通り、再生は重労働だ。


「ええっ、リタちゃんあっさり納得しちゃうんだ」

「何を言う。こちらの勝手であろう。そんなに嫌ならば手伝わないと言えば良いだけだ」


 突き放されてマーヴィルはうー、と呻いて時計を触る。

 手伝わないと言えばいい。

 それだけの話だが、そうも行かない事情がある。


「これで時の神と再生の神の承諾は取った、と」


 爽やかと言える微笑みを向けるアオにマーヴィルはびく、と肩を震わせる。


「何じゃ、ぬしはもう承諾済みか。こちらの事は責められぬぞ」

「うう。たった今そうなったんだけど」


 非難の声に長針をもう一度動かす。

 承諾済みと言うよりも、強制的に否は言えない状況になった。


「再生の神を説得すればマーヴィルも手伝う。これで合ってるね」

「はい。あああ、手伝う事になったー」


 約束は破れず、渋々頷いて懐に時計を収める。後半は泣き声だ。


「……何故そのような約束にしたのか」

「リタちゃんなら嫌がると思ったから」


 責めるような口調に人差し指を合わせる。


「自分で止めろ。投げるでない」

「出来たらとっくにしてるよ。ああなったらもう誰が言っても聞かないから」


 ざっくりと釘どころか杭を打たれるような指摘にぐうの音も出ない。

 だが、あんな状態になったアオを止めるのは無理だ。経験的に不可能だと理解しているからこその丸投げだった。

 力自体はマーヴィルの方が強いが、力の蓄えはリタムートの方がある。何事か起きても対処出来るのは彼女の方が適切だと思ったからだった。

 ブツブツ呟いていると襟首が引っ張られて苦しい。


「こちらの承諾を取ったならば、次は光の主神かの。頑張れよ時の神」

「なんでーーリタちゃんの所だけじゃないの!?」


 軽い言葉に首を振って暴れる。親しい神の橋渡しだけ――そんな希望を持っては駄目なのか。


「連れて行かぬ気ならば襟首は掴まぬの、通常」


 その通りではあるが、納得したくない。


「うう。行きたくないよ。ルクヴィスタ様に叱られる!」


 暴れても襟首が絞まるだけで解決にはほど遠い。


「さ、行こうか時の神。怖い神の所に」


 微笑むのは光の主神と仲の悪い異空渡しの親友。

 完全に巻き込まれた上、とばっちりだ。


「怒られるのヤダーー。僕を静かに眠らせてよーー」


 人間であれば物騒な台詞を叫んで、マーヴィルは涙を散らした。




 ふわりとした雲の絨毯。

 偽りの青空が光を落とし、辺りを照らす。

 人間の考える神の国を忠実に再現したかのような場所。それが光の主神の領域だった。

 何時までも暖かな空気に満たされている空間が、今は寒い。

 冬を通り越して永久凍土にでも足を踏み入れたかのようだ。

 微笑んだアオと、光の主神がぴくりとも動かず対峙している。

 逃げたい。地の果てじゃなくて空の果てを見に行きたい。

 普段自分の空間での移動すら滅多にしないマーヴィルでさえ心の底からそう感じ、すぐさま実行に移したくなるような空気の荒れ具合だ。


「マーヴィル。これは一体どうしたというのだ」


 雲の上に置かれた赤い椅子の上に浮かぶ光の球――光の主神ルクヴィスタの静かな問いに冷や汗が流れる。


「はいっ。えっと、あの……な、なりゆきです」


 背筋を伸ばすが首根っこ代わりに襟首を掴まれたままなので真っ直ぐ直立は出来なかった。


「快く時の神は承諾してくれましたよ」


 微笑み混じりのアオの答え。

 ぐるんと襟首を掴まれたまま突き出され、慌てて腕を振る。


「違うよ。違う。違います〜〜」


 微笑んで敬語を付けるアオは臨戦態勢と言って良く。

 不定形の神の中でも人型をとる事が多いルクヴィスタの現在の姿はアオに対する嫌悪混じりの挨拶であり。

 どっちを向いても顎門あぎと。これぞ板挟みである。


「ふ、二人で落ち着いてお話をしたらどうかなって、僕は思います。こう、腹を割って話すって言葉もある位ですし」


 襟首を一旦消してアオの手から抜け出し、絨毯の上に座り込む。

 後退ると二人が笑みを浮かべているのが分かった。ぴしりと空気が軋み空間に微かな歪みが生まれる。


 ――放っておくと辺りが崩壊する。


 瞬時にそう感じ、慌てて身体を二人の間に割り込ませ、座り込む。

 自分の身を壁にして二人の緊張をほぐす。話し合いどころではない。

 マーヴィルが間で止まっていないと二人にしていたら空間を割りかねない。

 確実にマーヴィルの住み家は壊される。面倒事に巻き込まれるのも嫌だが、寝る場所が無くなるのはもっと嫌である。


「それで時の神まで巻き込んで何をしに来た。放浪もの」

「半身を作りに」


 皮肉に笑みを返すアオ。冷静に見えるが敬語が怖い。


「人間を……半身にしたいとか」


 とても言い辛かったが、軋む空気に耐えきれず喉から絞り出す。

 空間が一瞬たわんで視界が歪んだ。仮初めとはいえ人を模しているのでぎりぎりと胃の辺りが痛むような気分に陥る。

 マーヴィルが上位神であるから良い物の、並の神であればこの時点で消滅寸前だ。


「ヒト?」

「前、消せと言った異端。貰おうかと思いまして」


 こっくりと頷くアオ。毛羽立った空気が肌を刺す。


「……輪廻を歪める気か」


 目はないが、すっと目を細めるような間を置いてルクヴィスタが問う。


「再生、時の神は勿論、他の神の了承はとりましたよ。

 後は貴方の承諾待ちという具合です」


 数拍程黙した後、居心地悪そうに光が揺れる。


「……そこまでしておいて承諾待ちか。

 他の神々の合意が取れてするのならば我が口を出せるはずもない。

 一、二柱の反対があればまた別だが」


 中立を謳う神からすれば全員賛成の事案に否定意見が出せるはずもないという事か。


 ――案外あっさり。僕もしかして空気安定要員?


 二神の話し合いを見つめ、時の神は首を傾ける。平和といえないが、一応話し合いは成功だ。

 事実居なければ会話の前に空間が割れていたので必要と言えば必要な神だったであろうが、マーヴィルとしては何となく面白くない。


「心配しなくても、半身が育つまで。そして育った後は大人しくしますよ、準備に時間と手間が掛かるのはご承知でしょう」

「好きにせい」


 憂鬱そうな光の主神の溜息が空の雲を揺らし、風を吹かせる。


「それとマーヴィル」

「な、なんでしょうかルクヴィスタ様」


 年配の上、力が強い光の主神にいきなり名前を呼ばれびく、と身体を震わせる。


「異空渡しに合わせて道化の振りをするのはそろそろ止めたらどうだ」

「……ドウケ?」


 いきなり言われた台詞に付いていけず大きく首を横に傾ける。


「…………普段から滅多に姿を見せぬのは警戒されないよう、無能と言われたいが為ではないのか」


 更に首を横に傾けるマーヴィル。転倒寸前のバランスだ。


「……時の神は元からこんな感じですがね」


 前向きな勘違いにアオは小さく溜息をついた。元々交流の少ないマーヴィルは付き合っている神に偏りがありすぎて噂が絶えない。


「普段は寝てるし、暇なときも寝てる〜。無能って呼ばれてるんだ、ちょっとショック」


 顔を上げ、かく、と俯いて出現させた枕を抱きしめる。


「でもみんな呼んでくれないし、うう……今度から出来るだけ眠らないで起きてます」


 少し潤んだ瞳でルクヴィスタを見つめ、苦しげに呻く。

 光の主神は呆れたのか言葉無く頷いたようだった。



「結局全部アオの思い通りになるよね。何時も」


 様々な神の間を渡り歩き、承諾を得た旧友を見てマーヴィルは渋い顔をする。

 こうトントン拍子に事が全て進んだら、この神はまた凄い事をやらかすのではないかという不安が強くなる。


「そういうわけでもないけどね。残りの問題は半身だけ」

「……異端だっけ。やっぱりアオなら承諾済みだよね」


 穏やかに微笑むマーヴィルにアオは大きく首を横に振って微笑み返した。


『全然』


 素晴らしい宣言に、数千年ぶりに時の神の思考が止まった。




 ――愛してる、神の花嫁。


 自分の半身。

 そう告げると、愛する愛しい花嫁は瞳を大きく見開いて蒼白になった。

 嫌われても疎まれても、愛している。

 初めて見つけた感情は焼けつくような愛だったから、それよりも深く愛そう。

 異端と呼ばれ疎まれた少女を。世界が崩れても愛すると決めた。

アオの一人称+αでお届けします。

何時挟むか悩みましたが後にすると様々な意味合いで本編の内容が脳裏から飛びそうな気がするので急遽混入。

百話目がアオの番外というのは何かの暗示だろうか。

常に眠っている時の神自体は基本無害です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ