90
デート当日。
俺は副院長と共にウェンディゴとベルの尾行をしていた。
バリバリデート気分のウェンディゴと、ただのお出かけ気分のベル。
相手に抱く印象によって、その後の行動がどう変わるのか。事の先がどう向くのか。
ぶっちゃけると、ただの野次馬精神だ。
「あ、ベルさん、おはようございます!」
「ふふっ、もうこんにちはですよ。ウェンディゴさん。」
他愛無い会話から入り、歩きながら雑談を交わす、身長が2メートルを越える大男と、二桁になって半分程度の少女。
身長差約50センチ。
現代で見たなら一発で職質だ。
「今日は、お洋服を見に行きたいんです。」
「ふ、服っ。えっと、申し訳ありません。オレ、いや、ワタシはあまりそういった店に詳しくなくて」
「大丈夫です。私もそんなに詳しくありませんっ。」
胸を張ってそう告げるベル。
この二人、一体どこに行くつもりなんだ......
「で、でしたら、色んな所を見て回ったらどうでしょう?」
「むー。ウェンディゴさん、普段はそんな話し方じゃないですよね?」
「え、えっ」
「いつもみたいな豪快な喋り方をしてください。じゃないと、ここから動きませんよ。」
どこか斜め上を行くベルの発言に困惑しながら、ウェンディゴは間を置き、顔を背けて喋る。
「......これで、いいか?ベル、さん。」
「ベルです。その代わり、私もウェンディゴさんのこと、呼び捨てにしても良いですか?」
「あ、ああ、ベル。」
「はい、ウェンディゴ。では、少し歩きましょうか。」
なんと、恋人同士でも難しい『呼び捨て』というイチャイチャを見せつけられ、俺と副院長はニヤニヤと笑みを浮かべる。
普段は険しい顔で、大きな声で怒鳴るウェンディゴが、顔を朱に染めて笑顔を振りまく。
普段は少し暗い表情で、自分の立場に愁いているベルが、楽しそうに笑っている。
そのまま、順調にデートが続き、俺達はそれを尾行した。
◇◆◇
夏に近い傾向のある、日の長い季節でも、そろそろ空が紅くなり始め、徐々に夜に近付く。
少しずつ閉店する店も増え、それでもベルとウェンディゴは雑談を続けて歩いていた。
ウェンディゴが両手に持つ荷物は少しずつ増えたものの、それを苦とするほど弱くはない。
伊達に俺と副院長の監修の元、パーフェクトなトレーニングをさせたのだから、当然だ。
「ぬう、ノア殿よ。私の勘違いなら良いのだが、嫌な予感がする。」
「でしたら、悪い事が起きるのでしょう。貴方の勘は割と当たる。」
副院長の勘の通り、不穏の種が俺の目に映る。
「やあ、ベルじゃないか。久しぶり。こっちに帰ってきたのは偶然だったんだけど、病気、治ったんだね!」
「......ヒットホース。」
「あれ?姓で呼ぶなんで素っ気ないなぁ。ボクの事はいつもみたいにリードと呼んでくれよ。」
ベルの元恋人。
手酷くベルを振って、悲劇を生みだした無自覚のクソ野郎。
俺の持つ情報通り、どこか作った様な爽やかさを演出するゴミだ。
「それよりも、酷いな。ボクという者がありながら、そんな粗野で野蛮な、まるで盗賊みたいな男と一緒にいるなんて。」
リードはウェンディゴに向けてそう言う。
たしかに、多少整えただけで伸びっぱなしの髪も、その体の大きさや、絶妙に慣れきっていない義足による変な挙動を含めてみると、ウェンディゴにそういった上品さは無い。
「やめて、ウェンディゴはそんな人じゃない。すごい努力家で、いつもひたむきに頑張ってる人なの。」
「そういう話じゃないだろ。問題は君だ。ボクを差し置いて浮気とか、とんだあばずれだよ。君じゃ無くてファニを選んで正解だった。」
ファニ・ラングドル。
情報が正しければ、あのほっそい『生徒会副会長』。
ハクにボコボコにされた男の妹だったはず。
妙な所で世間が狭いのは分かったのだが、たしか年齢差は2歳。
高等部一年とのことだ。
「とはいえ、君が元気になってよかったよ。君が病気になったって聞いた時はすごく心配したんだ。ボクにもうつってるんじゃないかって。でも、感染力が無いって聞いて、すごく安心したんだ。」
「......ッ」
「......てめぇ」
......
「なんだ野蛮人。ボクがベルと話してるのが見えない?そんなお粗末な目なら要らないんじゃない?」
「てめぇみたいなゴミに、身体の事をどうこう言われる筋合いがねェな。」
「うるっさいなぁ。もしかして、君が本当にベルに相手にされてるとでも?そんなわけないだろ。ベルには、ボクみたいな気品があって教養のある男が相応しいのさ。」
ふざけたことを抜かすリードに、ウェンディゴは過剰に反応することをしない。
何故なら、そうした所で、コイツは何も思わない。
まるでザル。網目から水が抜けて行くザルの様に、コイツは人の話を聞かない。
「ベルは病気じゃない。オレの尊敬する医者がそう言っていた。」
「はぁ、君みたいな馬鹿には言っても理解しないって、その医者も分かってたんだよきっと。それか、その医者も馬鹿なのかも。【治癒】魔法しか取り柄の無い人って無様だよね。そんなただのラッキーだけで役職に就けるとか、すごい楽だし。」
ベキッと音が聞こえる。
見ると、副院長が手を添えていた壁に、一部ヒビが入っている。
その顔は皺と血で赤黒く染まっており、鬼の様な表情をしている。
「......もう、やめて。一体なんの目的で話し掛けてきたの。」
「え?そんなの、ボクの恋人が変な男と一緒にいたから、心配して声を掛けただけに決まってるじゃん。」
何を言ってんの?というような顔でそういうリード。
いや、もうクソ野郎だけで良いか。
クソ野郎はそう言うと、ベルの手首を掴み、自分の元に引き寄せる。
怒りと我慢のせめぎ合いに忙しいウェンディゴは、それに反応するのが少し遅れた。
「私はもう恋人じゃない。」
「そんな訳無いじゃん。ほら、会えなかったのは仕方ないんだから、拗ねないでよ。」
「......さい。」
「ははっ、大丈夫さ。ボクは浮気に寛容だから。」
「うる......さい!!!!」
叫んだベルの右肩から、らせん状に捻じれた肉の腕が飛び出し、クソ野郎の顔面を穿つ。
「クズックズックズゥッ!!!アナタみたいな男と恋人だったなんて、一刻も早く忘れたい!!死ね!死ね!死ネ!!」
地下にいた時とは違う、明確な殺意によるストレス。
まるで、いじめられっ子がキレて、突然暴れ出すような、直線的で無差別な攻撃。
当然、顔面を撃たれたクソ野郎は、その事実にすら気付かないまま、石レンガの壁にぶつかり気絶する。
大きめのクレーターを開けたその衝撃は、周辺に拡散、住民たちを家の外に出す。
「これはっ!?」
「なんだあの化物!」
「だ、誰かギルドに連絡を!」
「街中に魔物が出たぞ!」
「た、助けて!!」
「あれは、少女の姿をしたアレはなんだ!?」
みな、口々にベルの姿を指して叫ぶ。
化物だなんだと、聞いている側の事など一切気にしない。
無自覚で不愉快極まりない悪意の集合。
それを一身に浴び、ベルの体は徐々に原型を失う。
「死ネェェェエエエエエ!!」
牙や爪が出現した体は、クソ野郎に向けて伸び、その命を刈り取ろうとする。
が、その前にクソ野郎の体を、ウェンディゴが横に蹴り飛ばす。
切り裂く対象を失った牙や爪は、ウェンディゴの脚、義足に集中し、その金属をいともたやすく貫く。
作るのに苦労したんだけど......
「邪魔ヲスルナァ!!」
「断る!!」
バランスを失った筈のウェンディゴは、それでも倒れず、ベルを見据える。
「止める!!」
「殺ス!!」




