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 半月程経過し、ウェンディゴの義足は特に拒絶反応やら人体への悪影響などを観察したが、結局の所何も無かった。

 錆び防止加工もちゃんとしているし、変な形になってしまったり、持続的な痛みがあったりしないよう、色々と心配していたのだが、杞憂に終わってしまった。


 まあ、成功を喜んだ方がいいのだが、俺としては、こんな過程をすっ飛ばして、現代にも無い神経の繋がった義足を作った事に、複雑な気持ちなのだ。


「ガタガタガタガタ」

『何震えてんだァ?』

『禁断症状が限界を迎えているらしいの。』


 一回目ならまだ我慢できた。

しかし、あの放出感、解放感を味わってしまっては、余りにも我慢できない。

 無理ィ。無理ィ。

 机の下に入って三角座りをしてしまう。


「おい、ベルの元恋人についての資料をまとめたぞ」

「あ、ああ、ありがとう。」

「ヘレナ女医に最低限の知識は与えた、後は実践に使えるかだ。」

「じゃあ、患者を数人ほど任せて精度を確かめてくれ。」

「【無】属性の子の魔力が100を越えた。これからヘレナ女医のサポートに回そうと思うのだが」

「予定はキャンセル。副院長と共にウェンディゴの監視に付き合わせてくれ。」

「地下隔離施設での治療が半数を終えた。残りは本体がやってくれ。」

「分かった。カウンセリング対象は全て対応したか?」

「問題無く。ベルは覗くが」


 俺は『分身』達との会議を進める事で、気を紛れさせる事にした。

完全自律思考に設定した彼らは、直接の思考共有ができないため、直接の対話でのみ情報の共有をするのだが、そのデメリットに見合うだけの性能があった。


 まず、知識は同じでも、若干俺と思考回路が違うため、柔軟な発想ができ、意見を簡単に取り入れられる所。

 更には、独立しているため、集中力をそちらに注がなくても良くなったこと。


 また、彼らは自律思考を行っているというだけで、クローンやアンドロイド、アルターエゴの様な存在ではないため、本体に成り変わろうとする様な思考はしないし、そもそも俺の『分身』という時点で、アイデンティティの崩壊を起こす様な事は無い。


 鏡の自分に向かって『お前は誰だ』という危険な実験を試してみても、異常を起こさない異常者が俺だからだ。


「はぁ、ベルの精神状態は良くなる方向だが、絶妙に遅い。決定打が足りない。」

「ウェンディゴも、ある程度丸くなったが、それでもやっぱり収まり切れていない様子。」


 二つの爆弾は、どんな拍子で爆発するか分からない。

ヘレナ女医が覚えきった以上、俺がこれ以上ここにいるのは、病院にとって不利でしかない。

 一刻も早く、できるだけ穏便に、他の病院に知られる前に出ないといけない。


そうでなければ、以前よりも酷い窮地に追いやられるかもしれないのだ。

 場合によっては、医療技術の秘匿や、各職員への厳罰があるかもしれない。

 そんな事になってしまっては、今までの苦労が水の泡。


「お、こんな所にいた、って、どれが本物だ?」


 両の足でしっかりと地面を踏みしめ、完璧なバランスで立っている大男が、部屋に入って来て驚いた。

まあ、ここには様々な仕事を与えた俺が一堂に会している院長室。

 今の俺の寝室兼職場なのだ。


 と、そんな大男ウェンディゴは、本体の俺を見抜き、その前に座って頭を下げた。


「まず、オレの脚を治してくれてありがとう。そして、今までの数々の非礼を詫びる。あの時は、アイツらに対する怒りが、まだ収まりきれてなかったんだ。」

「構いません。それで、用件は?」

「オレを、ここの用心棒として雇ってくれ。贅沢なことは言わねえ。寝る場所と食う物さえあれば、タダ働きしても構わねえ。」

「正直、俺がいたら、ある程度なら用心棒として機能するんだけどね。」


 嘘ではない。

確かに、俺の存在は隠し通すし、その内出て行く事も考えている。

 だが、俺のいる間には、なにかしらのトラブルが起きても、早期解決できる。


「あんたは、ノア殿はできるだけこの病院から早く出て行きたいということを......その、ある人から聞いた。」

「副院長ですね。まあ、ベルさんの状態が落ち着いたら、早急に出て行きますよ。」

「だからこその頼みなんだ。その、こんな苦労しているあんたに言い辛いんだが」

「俺は苦労を他人に理解してもらおうとするタイプじゃないので、どうぞ言ってください。」

「俺に、ベルさんのことを、任せてくれないか?」


 ビビッと脳髄に電流が走る。

思考が高速回転し、欠けて捩れたパズルのピースを立て替える。


「理由を聞いても?」

「......誰にも言わねえか?」

「まあ、言う相手もいませんし、言いませんよ。」

「一目惚れだ。たまたま、ランニング中に会って、こう、カミナリが落ちたみたいに感じた。」

「ほう、では、あなたの復讐に、異性的な事は関与していないのですか。」


 普通なら、一目惚れだろうがなんだろうが、そういった事に関係する事には少なくない忌避感を覚える。

 ウェンディゴが軽いタイプの男だったのなら話は別だが、数週間の関わりから察するにコイツは相当な硬派だろう。


「オレは部下に裏切られ、魔物に足を食いちぎられた。必死こいて帰った雇い主の元では、既にオレの居場所は無く、ただオレが部下を虐待し、魔物の餌にしようとした所を間一髪逃げ、俺が魔物に食われた事になっていた。」

「......」

「最初は、アイツら全員ぶち殺して、それでオレもどっかの僻地で死のうかと思ってたんだ。できるだけ魔物を殺して、できればオレの脚を食いやがったヤツを見つけて殺してから。」

「......」

「でも、ベルさんを見て、惚れてから、復讐の事なんて忘れたよ。もし目の前に現れたら別だけど、そうじゃない限り、物騒な気分にはならない。」

「......今物騒な気分なのは、アナタの話を聞いた俺ですよ。」

「あまり人に話す気は無かったんだが、これで雇ってくれるならいくらでも話す。」


 せめてもっと早く話してくれていれば、その雇い主について調べたのに。

とは言わないが、軽く誰にもバレない程度に首を拝借するつもりだった。


 しかし、ベルに一目惚れ。

面識があっても良い関係になるかは別だが、初対面の他人を当てるよりは、恋愛に発展し易い。

 なにより、ウェンディゴはベルの元恋人の様な軽薄なタイプじゃない。

 相性としては、及第点だと思う。


「よっしゃ、明日午後二時、ウェンディゴとベルでデートな。」

「で、ででででデート!!?」


 俺の突然の提案と共に、ウェンディゴの絶叫が院内に響いた。


 

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