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「ヘレナ女医は、件の元恋人について、何か知っていますか?」

「ベルの治療方法を模索する傍ら、どうにか励ましくらいはしてもらえないかと声を掛けたのだが......いや、結局は来てくれなかった。どうして、あんなクズが」

「その(クズ)は、何と言って断って来たんですか?」

「『ベルならきっと大丈夫ですよ。肉親のあなたが近くにいた方が元気出ると思います。元気になったら呼んでください』だそうだ。私は、ベルの状況を全て丁寧に説明したのに、奴はずっと、隣にいた女を見詰めてニヤニヤしているだけだった。」

「やっぱ殺しましょうよ。」

「そう思ったが、ベルが悲しむだけだろう。原因が分かった今、しかるべき報復は考えているから、時期を待つ。」


 ヘレナ女医と『分身』が話すのを、聞きながら、他の『分身』に混ざって患者の治療を行っていく。

怪我人の数はかなりいたものの、それが『分身』によって捌かれ、俺が担当しているのは、定期健診をおこなっていたり、無料キャンペーンということで、不調を訴えたりする患者だった。


 運動不足の人間はこの世界には少ないものの、貴族や商人などになるとかなりの確率で生活習慣病や、メタボになっている事があるので、それについての相談を受けたり、ダイエット方法についてのアドバイスだったりをしていた。


 一応は、古傷についても希粧水でどうにかする方向で、募集を掛けてみたところ、普通の患者の二倍近くが来た。

 しかも、その内半分はその傷の下に何か埋まっていた。


「むう、これだけたくさんの患者が来ているのに、1ギルも得られぬのは、すこし勿体ない。とはいえ、ノア殿から給金は出るし、なんなら我ら、掃除しかしてないから、得はしているのだが......」

「この状況を勿体ないと思えるのは良い事ですよ。商人的で、損得の計算が早い。ですが、正確性が薄いのも難点で、今回の治療法で金を取るとして、最初の患者が来なければ意味が無く、かといって途中で金を取れば、そこから不満が波及します。」


 どうして彼らから金を取らないのか、不公平だ。

それくらいは良く聞く話なのだが、こういった試みを行って来なかった以上、想像はしにくいのだ。


「それに、皆さんのためも思っています。今回は注目を集めるために、俺の力を使いましたが、これからは自力でどうにかする必要があります。俺の事はあくまで土台だと考えてください。」

「ぬう、確かに、依存は危険だ。」

「それに、急激な収入が起こすのは、金銭感覚の崩壊です。同じ金が入る訳ではないということは、金に目がくらんで、詐欺まがいの手段をとってしまうことになる可能性もある訳です。」


 劇的な変化は人を酔わせる。

それを避けるためにも、この計画において、彼らに利益を過剰に与えるわけにはいかないのだ。


「さて、玄関周りの掃除は終わりましたね。裏手に回る班と、院内の掃除を行う班で分かれますが、男は裏手、女は院内で行きましょう。」

「それはどういう分け方なのだね?」

「純粋に、院内に女性がいたほうが、印象が良いからです。それに、裏手には表以上に頑強な植物の根が張っているので、力仕事は男の方が良いでしょう。」

「ふ、ふむ、しかし我々、そこまで力に自信は」

「さあ、行きますよ。」


 副院長(デブ)と他男性職員を連れ、病院の裏手に回る。

それに合わせて、もう一人『分身』を作り、女性達に掃除箇所の案内をする。


「それにしても、分身の制限が見えない。そのうち多重○分身なんてできるんじゃないか?いや、魔力が持たないか。」


◇◆◇


 ヘレナ女医は、俺が『分身』の体に着けた様々な種類の傷を縫合し続け、その精度は徐々に上がっていった。

 ワンセット10分を目安に、15分の休憩をとって、さらに10分。

これを繰り返すことによって、局所的な集中を習慣にする。

 つまり、どんなに疲労があろうと、環境が悪かろうと、10分間は完全に集中できるようになる。


「汗をかいたら、塩を舐めて水を飲んでください。リラックスの為に、こちらを握ってみてください。」

「ふぁ、なんだこれ。」


 スライムの外皮をボール状に縫い合わせ、中にジェルをぶち込んだボールだ。

一応、50キロの握力までは耐えられるように、少しだけ加工をしているが、ありのままの状態でも、そうそう潰れる事は無い。


「これはリラックス器具ですが、例えば、今後の病院経営において、無銭で診察を受けようとしたり、強盗のような犯罪者を見かけたりした際にぶつければ、そこから異常な悪臭と大量の粘液、そして、空気に触れるだけで色が変わるよく分からない粉末が飛び出ます。」

「え、え?怖」

「ちなみに、人体には悪影響はありませんが、鉄製の武器に当てれば一瞬で錆びさせますし、他にも皮製や金属製なら、余裕で腐食させられます。」

「皮装備に効くのなら、人体も危ないのでは?」

「基本、皮装備は乾燥した皮です。要は、水分が有れば腐食はしないため、老人や乾燥肌の方に当てない限り問題ありません。仮に、老人や乾燥肌の方に当てても、その部分の皮膚が削げて綺麗な肌になるだけなので問題ありません。」


 もちろん、素材から水分溢れるスライムの装備なんてものがあれば別だが、スライムの皮は地味に集めにくい。

 俺が綺麗な状態で取れるのも、素手でスライムの皮を突き刺して核をひっこ抜けるからというだけで、普通なら剣で切り裂くため、ずたぼろになってしまうのだ。


 といっても、仮にそんな防犯器具を対策して、スライムの皮装備をしたとして、この病院に盗む物などあるものだろうか。


 現代日本の病院なら、貴重な薬品や医療器具が置いてある為、金目の物を目当てに強盗をする者はいるかもしれないが、この世界の病院なんて、【治癒】属性に頼り切っているだけで、包帯の一つも置いていなかった、ただの国営の建物。

 強盗するメリットなんて、少しあるか無いかの金だけで、それなら有名な商人や、成り上がり中の商人、冒険者なんかを襲った方が早い。


 むしろ、国営という看板である以上、襲った時点で国際手配は必至、デメリットしか無いのだ。


「だが、まあ、この感触が失われるのは惜しいからな。できれば、強盗なんて来ない事を祈るさ。」

「あ、在庫は40個ほどあります。俺は使わないので、病院に寄贈するつもりでしたが、要らないのなら―――」

「いやぁ!なんか今日は嫌な予感がするな!もしかしたら強盗が来るかもしれないから、一応貰っておこう!」


 手のひらの返し方にフフッと吹き出し、そそくさと去るヘレナ女医の後ろ姿を見送り、『分身』との感覚共有を見て、玄関へと向かった。


「おい!!ここじゃどんな怪我も治せるんだろう!なら、オレのこの足を治しやがれ!!」


 玄関で叫ぶ、隻脚の大男。

松葉杖の様な支えを持ち、その屈強な全身からは、歴戦の戦士の様な雰囲気と、人生を絶望しきったような哀愁、そして、今にも泣きそうな僅かな希望が見える。


 ああ、ヘレナ女医の言った事は、2割程当たっていたらしい。


主に、トラブルが舞い込んで来るという意味で。

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