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 木製の杭、魔物の爪、骨の変形、骨の不足、身体の一部が肥大化、肉のへこみ。

些細な怪我から重大な欠損まで、様々な患者が並んでいるかと思えば、それらは完全に医療ミスの産物。

 病気も、破傷風的な雑菌が原因の者ばかり。


 中世でも、まだマトモな医学はあった。

たしかに、手に傷をつけて血と共に菌を外に出すとか、マスクの先に香辛料を入れるとか、間違ったことは数知れずあるが、それでも、多少の軌跡はあったのだ。


 それなのに、この世界の歪な文化。

魔法という奇跡に依存しすぎて、明らかに重要な部分が欠落している。

 鍛冶は及第点。料理や娯楽などもある程度存在して、建築物も骨組みからしっかりしている。

であれば、普通ならそこまで文化が整っているのなら、多少は衛生面にも関心があるはずなのに。


 いや、確かに中世じゃ道端に糞尿、悪臭異臭はあたりまえ。

誤魔化す術に特化させただけの文化だったのだが。


 とにかく、虫食い状態が過ぎるのだ。

比較的完成された文化圏から来た俺の目には、あからさまに歪に見える。


「と、こんな感じで異物を除去してからの方がいいでしょう。これくらいの傷なら、【治癒】を使う必要も無いので。」

「ですが、治るのに時間が掛かってしまうのでは......」

「治るのに時間が掛かるくらいなら別に良いんです。問題なのはその患者が、次も気をつけるかどうかです。『痛くてもすぐ治してもらえるし』という感覚になったら、大小差はあれど、我慢が出来る者なら無茶をします、その結果、消えない傷や取り返しのつかない間違いを冒す。それよりも『痛いし、長い間苦しむから、気をつけよう』これが大切な考え方です。」


 怪我をした。傷が治る。もっと怪我をしても問題無い。やば、腕取れた。治らない。絶望。

そんなルートを辿る人間が、年間少なからずいるらしい。

 阿呆かと。


 人間、自分の経験したことでなければ、想像なんてできない。

他人から聞いた話なんて、あくまで話、自分の想像力の限界が、その人の限界。

 妄想上のレッドラインでしかなく、現実はいつでも、そのラインが想像より遠い事は無い。


 なら、多少怪我に対して、忌避感を持たせる。

ワイト看護師が血を苦手とするように、なんならトラウマになるくらいの苦痛を浴びればいい。

 そうすれば無茶なんてしない。


「だ、だが、仮にここだけが【治癒】を使わず、他の所が使うというなら、患者はそちらへ行くだろう。それについてはどうするのだね?」


 副院長がもっともな意見を述べる。

彼は二人目の患者を治療した辺りから、大人しくなり、質問や意見を出すようになっていた。

 やはり、保守的といっても、医学を生業としている以上、興味関心があることに変わりは無いらしい。


「たしかにそうかもしれません。しかし、最終的に結果を出すのがどちらか、決めるのは患者です。継続的な痛みが続く代わりに、一瞬で治る事を選ぶのか、それとも、一定期間の痛みを経て、完治を望むのか。」

「しかし、前者を選ぶ可能性だってある!いや、むしろその方が高いだろう。」

「そうですね。この病院以外にも病院があるので、そちらを選ぶ患者は少なからずいるでしょう。仮に、ここに人が集中する結果になったとしたら、他の病院から妨害工作を受けるかもしれません。」

「そうだ!なら、変化等求めずとも――」

「とはいえ、いつだって物事を決めるのは人心です。妨害工作を取られるとしても、国営の病院という平等な条件下、贔屓や何かしら上との繋がりを他の病院が持っていたとしても、妨害には限度がある。他の病院に人が散ってしまったとしたら、無料で治療をすれば良い。」

「む、無料!?正気かね!!」

「至って正気。カモなんていくらでも転がっています。要は印象です。()からでも(他の病院)からでもない、(人々)からの人気があれば、状況はいくらでも好転します。」


 現代でもよくあること、署名や団体活動、集団ストライキなどがそれに当たる。

つまり、それだけ人々の心がこの病院に寄れば、他の病院の手が回り切ることはない。


「ふむ、口からポッと出ただけですが、良い案ですね。これから病院内の清掃を行う傍ら、一週間ほど、無料キャンペーンでもしましょうか。」

「は、はぁ!?な、え、はぁ!?」

「さ、流石にそれは......その間の我々のお給料は......?」

「それについては俺の持ち金から出します。一人どれくらいですか?」

「えっと、確か一ヶ月で銀貨5枚ほど。一応生活に関しては指定の施設であれば、食と住は済みますので、それくらいの筈です。出入りの数にもよりますが、平均はそれくらいです。」

「では、20人分の百枚ですね。問題ありません。先に一回分払っておきます。」

「な、なぁ!?」


 まあ、八歳のガキが100万円を出すというのだから、驚いて当然だろう。

俺としても、わりと痛い出費だが、無理を強いる分、それなりに責任は持つつもりだ。


「では、全員の白衣を回収して来てください。掃除期間中は、皆さんは病院内の仕事ではなく、院内の掃除を担当してもらいます。」

「そ、それでは、君に仕事を任せるという......?いくらなんでも、負担が大き過ぎる!」

「ご心配無く、ある程度分担します。『分身』」


 『並列』によって、以前より格段に効率化された【無】属性魔法『分身』で、五人に増える俺。

その様子に驚きながらも、副院長は顎に手を当て考え込む。


「皆さんは掃除をしてくださるだけで構いません。院内の患者や、新規の患者は俺がさばき切ってみせます。ですが、サボりや手抜きが判明した場合は、覚悟してもらいます。」

「ひ、ひぃ......!」

「ぬ、ぬぅ。ここまで来て、君の事を子供だと侮るのは止めよう。」

「そうして頂けると幸いです。」


 まだ少し不安の残った顔をしている副院長に頷いて見せると、血を止めていた患者の腕から紐を解いた。

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