75
闘技大会翌日。
クラスメイトからの励ましの言葉を受けた俺は、マリナ教師の全力の抱擁を受けていた。
「は、反動の無い技を使いました。」
「これは無茶をさせてしまった事に対する謝罪なのですが。」
おっと、それは申し訳ない。
肋骨がゴリゴリと俺の頭部を削っているため、てっきり何かしらの罰を受けているのかと。
「とはいえ、エキシビションマッチであそこまで会長と善戦できたのは素晴らしいと思います。」
「わりと情けない結果だったと思っていますが、六年の差はこんな物じゃないということでしょう。」
あの生徒会長とやらは、最初俺が【無】属性だと侮っていたのだが、途中からは完全に警戒し、一挙一動から目を離さなかった。
体術も魔法もかなり上級だったあの会長だが、底意地まで強いとなると、勝てる道理は無い。
あの会長に勝つためには、俺自身が更に強くなるしかないのだろう。
「そういえば、上級生のグレイ君とベルナリンドさんから、アナタへ苦情が来ていたわよ。」
「ほう。そう言えば、一回戦で当たったハイドルはどうなったんですか?」
「彼は逆に、素行不良が無くなったそうよ。ノア君に負けて、次に起きた頃には、ぶっきらぼうながらも先生の言う事をちゃんと聞く様になっていたわ。」
ふむ、俺との試合で、何か変化があったのだろうか。
それで良い結果になったのなら、それで良い。
「グレイ君の主張は良く分からないけど、ベルナリンドさんはアナタに再戦を申し込んできているわ。」
「どちらとも、マリナ教師の裁量で決めてくれて構わない。」
「じゃあ、断っておくわ。あれだけ大変な戦いをしたノア君を、また戦わせるなんてできないもの。」
ははっ、生徒想いの優しい教師に担任になってもらえて、俺は幸運だな。
「なら、やはり受けるとします。変な私怨で皆を巻きこむ訳にはいかないので。」
そう言って、そのままマリナ教師に着いて行って、職員室へと向かった。
◇◆◇
職員室に入ると、件のグレイやベルナリンドよりも先に、あの時廊下ですれ違った体育教師が高速で俺に近付いた。
「おお!ノア君!君の試合はすごかった!見ているだけで、若かった頃に戻った様だったよ!君が興味を持つならだけど、剣術とは違う武術の道場はこの国にいくつかあって、私はそれに紹介できる。どうかな!新しい技のアイデアの為に、見学とかしてみない?引いては俺にそれを教えてくれたりしない!?」
手を握られ、矢継ぎ早に捲し立てる体育教師に、成すがまま揺さぶられる俺をマリナ教師が止める。
「先生、ノア君は今から用事があります。それに、ノア君が使っていた技はすごく危険ですから、私の目が黒いうちは、絶対に認めませんからね。」
「ぬぅ、そう言われては仕方ないが、後で直接答えを聞こう。彼が自分から望んだ事なら、拒否する事はできまい!」
「ぅ、まあそうですね。それで行きましょう。でも、今すぐは無理ですからね。」
「ああ、事情は理解している。学園長とグレイ君は学園長室、ベルナリンド君は第二会議室に待たせている。ノア君に場所は分からないだろうから、君が連れて行ってくれ。」
どうやら、二人を一気に相手するわけではなく、一人一人と対話するらしいのだが、学園長とグレイの二人が一緒なのは、作為的なものを感じる。
事前の忠告から察するに、十中八九二人は繋がっているし、以前からの交流があったのだろう。
となると、学園長もグレイの味方、延いては俺の敵かも知れない。
もしもの時は、切り札その4が火を噴くことになる。
「じゃあ、私はノア君を連れて行きます。グレイ君を先にした方が早いでしょうから、そちらに行きます。」
「ああ、まかせた。ではベルナリンド君には待っていてもらうよう言っておく。」
そう言って職員室を出て、俺とマリナ教師は学園長室へと赴く。
歩いて五分ほどで着いたその部屋は、嫌に豪華な装飾をされた木製の扉で隔たれており、その中は、よく分からない壺と、よく分からない掛け軸がバランス悪く設置された、『the・和洋折衷』な内装となっていた。
そんな頓珍漢な部屋を見回していると、聞き覚えのありそうな声が耳に入った。
「てめぇ!!!よくもオレのチートを奪いやがったな!」
息を荒げ、顔を真っ赤にしながらそう吐き捨てた男に、残念ながら俺は見覚えが無かった。
話の内容や、雰囲気、認識の中から、確定でコイツがグレイなのは理解したのだが、グレイの容姿は、こんな不細工だっただろうか?
なんとなく覚えている、闘技大会で会ったコイツは、いわゆる主人公的な見た目をした、黒髪黒目の一般人男子の様な見た目で、平凡な顔つきではあったものの、清潔感があるタイプの容姿をしていた。
しかし、今目の前にいるのは、油でギト付いた髪、厚ぼったい唇に、太い眉と顔中に広がった吹出物やシミ、肌全体も斑な茶色になっており、歯並びもガッタガタだ。
平均的な身長と体格だった体も、腹は突き出て、手足が短く、全体的に丸かった。
「すまないがフィリオル君、君は席を外してくれないか?」
「お言葉ですが、彼の今の様子がマトモだとは思えません。そんな彼にノア君を近付けるのは、危険だと思います。」
「それは確かにそうだが、なにかあったら私がどうにかする。」
「なにかがあったらでは遅いのです。彼の安全が確保されるまで、私は―――」
「構いませんよ、マリナ教師。俺は一人で大丈夫です。」
学園長相手に食い下がるマリナ教師の姿は、#####としても見ていてまぶしい。
だが、流石にこんなチンケな問題で、マリナ教師の立場に傷が付くのは、俺の本意ではない。
この二人を相手にするくらいなら、問題無い。
「何かあったら、すぐに叫びなさい。絶対に助けるから。」
「はい、善処します。」
「元気でよろしい。では、失礼します。」
退室するマリナ教師の後ろ姿を見送って、振り向き様に威圧を放つ。
二人を席から離さないよう、念入りに眼力を強め、威嚇し、共謀は許さないと強く念じる。
さて、これから何を話すのか。




