65
「いだだだだだッ!!?ちょ、もうちょっと優しく!お願いだから!」
「うるさい!アンタの無茶でアタシがどれだけ心配したと思ってるのよ!」
重傷患者が寝かせられる保健室内に、男女の声が響く。
左手に尋常ではない痛みを感じながら、それを聞き微笑む。
俺と戦い、互いに実力のみで殴り合ったレオン。
ステータスは一切関わらない、まるで生き返ったかの様な試合だった。
そんなレオンの幼馴染らしき少女、フィナは特徴的なつり目を更に尖らせ、目立つ赤色の髪を振り乱しながらレオンの手当てをしていた。
本来なら保健室の教師がやるはずの治療なのだが、フィナは常日頃からレオンの怪我を看ていることと、【固有】属性とは別の【特殊】属性である【治療】属性の使い手ということもあって、特例的に認められている。
「心配したならもっと優しくしてくれよ!」
「優しくされたいならもっと怪我を減らしなさい!むしろ、これくらい痛いなら、次からは控えなさいよ!」
「それは無理。」
「ッキーーー!!!」
唸るフィナの声をBGMに、俺は未だに左手を握り締めるハクに目をやる。
試合が終わり、『癒善草』ポーションで9割ほど回復したのにも関わらず、その瞳は心配と不安に満ちていた。
「ほら、次はハクの試合だぞ?」
「いい。ノァの傍にいる。」
「レオナ悲しむだろうなー。」
「......ノァ、死なないよな?」
「ああ、死ぬわけないだろ?」
どうやら、ボロボロな姿の俺を見て、ハクは俺の死を恐れたらしい。
その心境自体はすこし嬉しいのだが、ハクを不安にさせてしまっては意味が無い。
これからは少し安全に戦うよう、猛省している。
「そうだ、ハク。俺はポーション以外に回復手段が無いんだ。」
「うん、知ってる。」
「だからさ、ハクが何か、回復する魔法を覚えてくれたら、俺はもっと死なないんじゃないか?」
「......ぉお。」
徐々に左手に掛かる力が増え、骨がミシミシと音を立てる。
流石に痛いが、ハクは気付かずに何かを考え込む。
「わかった、やってみる。」
「ああ、だけど、今は試合を楽しんできてほしい。」
空いている右手でハクの頭を撫でると、ハクは可愛らしくはにかみ、軽やかな足取りで保健室を出て行った。
「ここは保健室であって、逢瀬の場じゃない。と言っても、君達はまだ子供だし、そういった気はないのだろうね。」
声の方を見ると、白衣を纏ったクールビューティーな女医が立っていた。
俺の腕が斬り飛ばされた時とは違う、マジの病院から派遣された本物の医者だ。
よくみると、服の至る所に斑な赤黒い血が付いており、顔にはうっすらと疲労の色が見えた。
「時に、そこの教師は何故君の足を巻き込んで丸まっているのだ?」
「マリナ教師は自分が無茶なお願いをしたせいで俺が怪我をしたと思っているらしいので、次の試合に出させない様にしているのだと。」
先程から、ベッドの上で俺の足にまたがり、毛布を巻き込んでしがみ付いている丸い物体、つまりマリナ教師は、俺と女医の言葉を聞くと、締め付ける力を更に強くした。
「俺はほぼ全快だと言ったのに、聞いてくれないんです。」
「ふむ。君の持っていたポーションはかなりの上物だったが、怪我をした事実は変わらない。もしかしたら取り返しのつかない事態になっていた可能性もあったと後悔しているのだろう。」
困った。周りの人から見れば、俺はまだ8歳の子供。
思えば、あのくらいの怪我でも、重傷と言って差し支えない。
となると、やはり配慮が足りなかったのだろう。
「分かった、次からはできるだけ安全で怪我をしないように気を付ける。」
「......あのよく分からない技も使わない?」
顔をあげたマリナ教師は、腫れた目で見つめて言う。
「反動の大きな技や捨て身の技は使わない。」
「......約束して。」
実はハクよりもマリナ教師の方が心配していたのだろうか?
いや、教師の一般的な感性だろう。そう思うことにする。
「約束。」
「......うん。」
小指を絡め、二、三回手を振って、マリナ教師はベッドから離れる。
そのまま保健室から出て行くマリナ教師を見送って、俺はベッドに横たわる。
「怪我は治ったんじゃないのか?」
「出血と疲労はポーションじゃ補えない。血管にポーションを注射するのも手だが、量を誤ると危険だし、体内で正常に作用するかも分からない。」
「馬鹿げている事を聞くかも知れないが、医学に精通しているのか?」
「少なくとも、アンタが所属している病院なんかとは比べ物にならないくらいには」
【特殊】属性【治癒】の弊害。それはこの世界の医療水準の低下。
なまじ傷を簡単に塞ぐ魔法があるため、傷口の縫合も、薬品の性質も、消毒という概念すら無い。
その事を知るのは遅くなく、この学園に来る前には知っていた。
その理由はギルドマスター。
彼女の顔にあった大きな古傷は、【治癒】属性魔法によって塞がったものらしい。
縫合にしては粗く、熱による溶接だとしたら、髪の部分まで毛穴が潰れ、更に悲惨な状況だった。
しかし、頭髪部分まで達していた古傷はその部分のみ毛穴が潰れ、その周囲は剃り込まれた様に綺麗なままだった。
「聞き捨てならない発言だね。聞く所によると、君は属性魔法すら使えないらしいじゃないか。魔法無しでどうやって傷や病を治すと?」
「その発想から間違いだ。確かに魔法による恩恵は大きく、魔力さえあれば致命傷でもある程度は治せる。まさしく神秘だ。」
「そう、【治癒】属性さえ持っていればどんな傷でも治せる。だからこそこの属性を持つ者は重宝される。」
表情の変化が無いので、伝わり辛いのだが、恐らくこの女医は、俺を見下している。
これまで浴びたこの空気にはもう慣れた。
「俺の持つ知識があれば、心臓が止まった人間も治せるし、欠損があろうと治せる。大きな古傷も治せるし、不治の病もある程度は治せる。」
「ふっ、それが事実なら、何故広めない?夢物語は今のうちに収めた方がいいと思うが。」
「広めない理由はいくつかあるが、確実な一つは、アンタ達の為だ。」
話疲れたのか、それとも緊張感が切れたからなのか。
身体の疲労感から、俺はそのまま目を閉じ、眠った。




