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俺とイキシアの戦いは熾烈を極め、ただの闘技場の廊下だというのに、辺りには濃厚な魔力の残滓と、大量の裂傷ができていた。
「8分経過ァ!」
時間を告げるイキシアは、徐々に勢いを増し、更に苛烈になってくる。
「『魔力脚』『疑似強化』」
足に纏った魔力が、ブーツの様な形から変形する。
スプリングの様な硬質な影が見え、極少の動作で最高以上の初動を見せる。
足のバネから、全身の関節可動域をフル活用したストレートパンチは、更なる加速を迎え、最早人間の視力で測ることができない最高速を叩きだした。
「破技『髑髏蛇腹』」
「くっぉおお!?」
拳は重力バリアに当たり、手の骨はバキバキにへし折れる。
が、その勢いは留まらず進み続け、衝撃だけが進行する。
衝撃波は扇状に広がり、この細い道の中で反射を繰り返し集束する。
正面に撃った本撃と、背後や側面から来る準撃に圧迫され、重力バリアが軋み始めた。
「これくらいなら傷にはならないよっ!」
「ああ、だが、これでいい。条件は一撃だっただろ?」
「へ?......ぐっ!?」
『髑髏蛇腹』に併せて、『千戸破り』という、超特大の衝撃波を周囲にばら撒く技を使った。
流石ファンタジー世界。前世の地球だったら二つの技を併せるなんてやった瞬間、俺の右肩から先は無くなっていた。
「......うそ...」
痛みによろめきながら、一体何があったのかという顔で俺を見るイキシア。
残り一分というギリギリの戦いだったが、勝負は俺の勝ちだ。
「イキシア。俺の姉。賭け通り、あの罵倒の数々を撤回してもらう。」
「うぅ、分かった。ごめんなさい。ノアくんは弱くないし、怠け者じゃなかったです。」
よしよし、今はこれくらいで満足しよう。
流石に、粉砕骨折している腕と腱が切れている足で、戦いの続行をするわけにはいかないし、イキシアに敵うとは思っていない。
「むぅ、ノアくんを一生養っていけるチャンスだったのに」
「遠慮しておく。俺は美女に養って貰うことによろこびを覚える性質じゃないからな。」
世の中にはそういう性癖の持ち主がいるらしいが、俺はそうじゃない。
禁じ手まで使ってイキシアに勝ちにいくほど、俺は自律して生きたいのだ。
「えっと、それで、詳しく話してないけど、もしかして、お姉ちゃんのことずっと名前で呼ぶとか無いよね?それならちょっと話が変わってくるんだけど。」
「......」
「ねえ、なんで黙るの?ねえ、ねえ、ねえ」
徐々に濁ってゆくイキシアの瞳に焦燥感を覚えながら、俺は痛みを置き去りにして思考する。
流石に、八歳にもなって「お姉ちゃん」呼びは......まあ普通だろうか。
しかし、俺にも外面というものがあるわけだし、仮に「お姉ちゃん」なんて呼んでいる所をクラスの連中に見られた日には、次の日からどう接したらいいのか分からない。
「二人きりか家族の前でなら呼んでもいい。」
「ホント!?やった!」
一瞬でイキシアの顔に笑顔が灯り、俺に光の速さで抱き付いてくる。
「じゃ、じゃあ、俺はこれから試合だから。」
「うんっ頑張ってね!」
そう言って俺を話したイキシアはるんるん気分で廊下を走り去った。
まったく、嵐の様な姉である。




