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トーナメントの一番下が埋まり、次の戦いに進出した俺達。
三十分程の休憩をとりながら、一人敗退したラルフ君を慰める。
「大丈夫だって、良い所まで言ってたじゃん。」
「......うっせ」
「良い魔力量だったって、あんな反撃予想できないって!」
「......やめろって」
一人物思いに耽っていたラルフ君を見つけたSクラスの面々はあれやこれやと励ましの言葉を投げかけているが、ラルフ君は複雑な表情をしてあしらう。
「にしても、まさかSクラスで一番弱かったレオナがここまで強くなるなんてな!」
「そうそう、最初の頃はホント酷かったのに、ここまで成長するなんて。」
ラルフ君をいじり倒した面々はレオナへと標的を変え、あれこれとひと月前までの事を思い出す。
レオナは確かに酷かった。
呪いでも掛かっているのかと思う程に弱く、よくこれでSクラスに上がれたものだと皆が思っていた。
それもそのはず、レオナは騎士の一家に生まれていて、騎士道や剣術には精通していても、酷く型にハマった、言いかえれば応用力の無い戦い方しかしなかったのだ。
剣の振り方も、剣道で言う「面、胴、小手」だけを行っているような、そんな程度。
受け方も駄目駄目で、反応が遅いわけではないものの、判断が遅い。
フェイントを掛けられたらすぐに引っ掛かるし、処理速度を越える速さの剣は対処できない。
魔法に関しても、先入観や基礎知識のせいか、無詠唱や魔力の放出には人一倍の時間が掛かった。
そのため、Sクラスでのレオナの認識は、「なんとも言えない模型騎士」。
またイジメに発展する様な事にはならなかったものの、あまり一緒に訓練をしようとする者はおらず、どこか腫れ物扱いではあった。
そんなレオナが、Sクラス屈指の戦士であるラルフ君に勝てるとは、誰も思わず、互角に戦っていたことには驚いていた。
しかし、レオナには、あまり一緒に訓練しようとする者はいなかった。
そう、あまりだ。いるにはいた。
俺、ラルフ君、ヴィル君、ハク。
互いに交代制で面倒を見ていた、割合は5:3:1:1くらいで、俺は【無】属性魔法の『分身』を習得する片手間に行っていたので、実質一番一緒にいたのはラルフ君だ。
そのため、負けた事に落ち込むことはあっても、ラルフ君がレオナの勝利に文句を付ける事はない。
そもそも、言葉遣いとは裏腹に、結構誠実な男なのだ。ラルフ君は。
皆が皆、反省や意見の交換をしていると、あっという間に時間は過ぎて行き、
「アレクサンダー様、試合の準備をしてください。」
これから二回戦が始まる。
◇◆◇
アレクサンダー君が二回戦を戦っている間、俺は知った顔を見かけたので、そちらに近付いていた。
整った顔、キリッとした雰囲気、腰にぶら下げた質素にも見える業物の剣。
十人中十人が美人と答えるその女性は、第四近衛騎士団師団長の俺の姉。
イキシア・オドトンだ。
「スゥゥウウウ!!ィキシア!!」
「ッ!?ノアくん!?」
忘れもしない受験当日。
俺はイキシア姉に偽のステータスを見せられていたせいで、一切の迷いも無く1000というイカレた魔力値を叩き出し、イカサマ野郎と後ろ指を差されることになった。
それだけならまだいい、しかし、そんな罵詈雑言を一身に受ける俺を見て、ハクが気分を悪くした事が許せない。
あとついでに俺に嘘を吐いた事も許せない。
「『魔力拳』『倍加』」
俺は剣を放り捨てて、両手に魔力を纏う。
それに加え、腕に纏わない放出型の、つまり三本目と四本目の腕を創り出す。
「喰らえ、破技『鬼殺し』」
前世の技術を持ち出さないという自分ルールを完全に無視して、俺はイキシア姉に全力の正拳突きをお見舞いする。
しかし、咄嗟に反応したイキシアの方が0.5秒程速く、呆気無く俺の右腕二本は魔力を霧散させる。
「わあ、そんな技どこで身につけたの、お姉ちゃんに教えて。」
「せめて一発殴らせろ!!」
殴り込みに即座に反応した身体能力と察知能力。
魔力も使わず、筋力のみで『魔力拳』を防いだ異常なステータス。
やはり、あの時見せられたステータスは偽物だったようだ。
「も、もしかして、ステータスの事?」
「そうだよぉおおおお!!」
「ご、ごめんねっ!でも、ホントのステータスを見せたら、ノアくんが落ち込んじゃうと思って!」
「限度があるんだよぉおお!!!」
魔力を全力でぶつけまくり、俺の出せる全力を以て殴り続けたのに、魔力だけを切り取られ、拳本体は簡単に避けられる。
設置型の罠も隙をついて張ったし、速度を出して撹乱も狙った。
なのに、なのにっ!
「っくそおおおお!!」
気が付けば俺は地面に仰向けに転がされており、身体に力が入らず、魔力が上手く煉れない。
呼吸が整わず、全身に蟻でも這っている様な感覚に襲われる。
圧倒的格差を感じた。
才能の格差、努力の格差。
様々な分野で俺はイキシアという姉に劣っている事がハッキリと分かった。
「ノアくん、私はノアくんが大好きだし大切だから、あまり傷付けるようなことはしたくないししないけど、それでも今のノアくんじゃ、私にダメージを与えるどころか、触れることすらできない。例え真剣勝負になったとしても、ノアくんじゃ一秒も持たずに千回は殺せる。この差が分かる?」
感情を見せず、淡々と告げるイキシアに、俺は歯噛みをして聞き入るしかなかった。
呼吸は整い始め、頭が冷静になるものの、身体は動かない。
「あっ、でもね、一回戦凄かったね!ちゃんと手加減して圧勝できたし、魔法を三つも一緒に発動するのはすごいよ。魔力もたった何年かであんなに増えちゃったし、アドバイスを生かして魔力の使い方も工夫が聞いてた。」
楽しそうに、床に倒れた俺を見降ろして告げる姿は、弟の功績を称える姉でしかない。
が、しかし、瞬間にその雰囲気はなりを潜め、また無表情に戻る。
「でも、あんな程度じゃだめだよ。魔力で相手の動きを止めるにしても、全身じゃなくて関節を止めるだけにしなきゃ、要所要所を止めないと、あんな薄い膜じゃ簡単に抜けられちゃうよ。それに『魔力の盾』で威力を抑えた良いけど、それを発動するために『魔力の拳』に使ってる魔力がちょっとバラけたよね?それに『魔力の拳』に纏ってた魔力も、紐状の魔力を三つ編みにして重ねてるだけだったよね?あれが奥の手なの?違うよね?ノアくんはもっとすごいよね。」
言葉の度に顔が近付き、今ではイキシアの顔が目と鼻の先にある。
これは、きっと俺が年頃の精神しか持ち合わせて無かったら、ただ不満と恐怖を抱くだけの結果になっただろう。
褒めの言葉に対して倍近い駄目出し、暴力的ではないものの圧力的な言葉の数々。
心をパズルのように表すなら、まさしくその隙間に複数の鋭利な刃物を突きたてられている様な辛辣さ。
「もしかしてだけど、怠けてたの?ノアくんってば、年の割に強いからって、それで満足しちゃってないよね?まさか違うよね?」
イキシアの顔がくっつき、その目はまるで、濁った絵具の様にぐちゃぐちゃだった。
あまり見ていたら、本当に精神がヒビはいってしまいそう。
「ぐ、ぁああ!」
近付いた顔に右フックを―――
「奇襲なんて無駄だよ。効きもしない」
効かない。どうして消えるのかも分からない。
「いいよ、拘束だけ解除してあげる。」
そう言って、イキシアは顔を離すと、途端に身体に自由が戻ってくる。
「やっぱり駄目だね。ノアくんは戦うのとか、向いてないよ。アーちゃんよりも才能無いし、怠けてばっかの怠け者には強くなるとかできないって。危ないだけだから、今からでもお家に帰って、安全に暮らそうよ。」
体力の回復に集中している俺に向け、そう言うイキシア。
その顔は冗談でもなんでもなく、本気で失望していた。
「だからさ、もう学校辞めちゃおうよ。」




