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襲撃から二日が経過し、復興の目途が立ってきた。
それによって多少なり余裕が出てきて、避難民たちの間でもトラブルが増えてきた頃、ノアの持つ戦力のほとんどの回収に成功。
分身らは『装鉱』の密輸にも成功し、多少ではあるが復旧作業に貢献できる『装備品』も作ることができた。
次の襲撃を警戒しつつも、人手の確保で大量の分身を導入しているノアは、常に魔力を大量放出していることになり、それによる周辺住民の魔法の行使に支障が出るようなこともあったが、概ね順調に復旧作業は進んでいる。
皇族の面々も目を覚ましつつある状況で、けが人の治療にも人手を割けるようになり、困窮しつつも希望があることだけが救いだ。
とはいえ、その希望もノアの双肩にかかっていると言っても過言ではない。
騎士は騎士、住民は住民。いつだって自分の領分でしか仕事ができないのが人の常であるのに対して、その領分があまりにもデカいノアは、復旧作業の指揮と人手、治療班の指揮と治療、遠征班の編成と指揮と人員。
そして帝都の守護の要
様々な作業、仕事を分担しつつ、複数の分身体を独立思考させることで実行可能にし、常にふらふらの疲労困憊状態になる程。
住民たちの目に希望が宿っていても、それはノアが照らしている光に過ぎない。
つまり、ノア自身の眼に希望は見えていない。
ただひたすら目の前にあるタスクを片っ端から処理し続けているのに、その量は地平線の先にまで続いて、しかもやった端から生えてくるような、それこそ無間地獄と言っても過言ではない量。
前世のままの肉体であれば、とっくに過労死しているであろう窮地を、常に命を削りながら耐えている。
そして、その先についても考えているから、体力を無駄遣いする。
(こんなものは一時凌ぎ、俺一人に寄りかかっているこの状態は確実に悪手。砂漠の中で何かが発生して襲撃を仕掛けてきたのなら、そこには大陸中の戦力を集中させる必要がある敵がいるかもしれない。そうなったときに手薄になった帝国を誰が守る。少なくとも、騎士たちは全員出張ることになる。そうなったら、火事場泥棒をするやつがいないわけがない。他国とも異世界とも戦争になる。)
この世界がそうであるように、異世界と言えど一枚岩ではありえない。
確実に地域によって国の差、文化の差が生まれる。
となれば、今この大陸は四つの国が釣り合っていた旧時代が終え、無数の国がひしめき合いつぶしあうような乱世に突入する。
そこまで考えたノアは、一つの結論を出す。
「これ、無理じゃね?」
充血した眼に、鼻から流れる血。
これは、脳を酷使しすぎたためではなく。
◇◆◇
ノアがこの戦争の結論に至っていた頃、帝国の都から西、つまり砂漠側の一部で事件があった。
人が全身から血を噴いて倒れている。
まるで、毒でも盛られたような状態の死体がいくつも転がり、山を作っている。
そこには、騎士や農民などの区別はなく、皆一様に憤死していた。
「が……ぉ……も」
「おお、まさかこの『病』に冒されて生きていようとは、貴方は素晴らしい素質をお持ちのようだ。」
ただ一人、同じように目と鼻から血を流し、吐血と耳の血も流しっぱなしにしている男の姿。
その男だけが、そんな状態でありながら力強い歩を保ち、ゆっくりと帝国に向かって歩いていた。
そんな男は、死にかけの死体の前にうずくまると、その顔をよく見て、その今際の際に自分の姿を見てもらおうと、外套を脱ぐ。
「私は、魔神軍第一騎位。『死病災害』のブルー・ヴィルスと申します。これを持って、貴方は安らかに眠るとよいでしょう。」
「ぎ……ぃ」
男の名乗りを聞き、瀕死の兵士は力尽きた。
奇襲者についての情報伝達が十分に行われていなかった末端の兵士だが、その名乗りを聞けただけで人生の誉れである。
なんてことを、病の男は思っているのかもしれない。
「ああ、この方はなんて幸福なのでしょうか。では、参りましょう」