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謎の強襲によって、異世界人への支援を一旦保留にした。
未だ皇族のほとんどが昏睡状態から目覚めていない帝国では、ノア達近衛騎士団の権限の範囲内でしか行動ができない。
となれば、国内の復旧と人命の救助が最優先となる。
そのことをサリオルドの遣いであるゾッカムにも話した。
「自国が最優先というのは否定できません。我らとて、そのために来たのですから。」
どちらにとっても心苦しい結果となってしまったが、了承してくれた。
もちろん、手ぶらで帰すつもりではなく、ある程度の支援を持たせ、友好的であることを示す書状を渡した。
その後、強襲を受け交戦した者の情報を寄せ集め、敵を仮定しようとしたが、捕虜の誰にも尋問がかけられないということで、相手の情報は最低限しか得られなかった。
やっと出た情報と言えば、その集団は『魔神軍』であり、第二兵位が二人と第三兵位が二人来ていたということ。
交戦者との情報をすり合わせると、恐らく第二兵位の方が上位ということになる。
「となると、もう一段強い第一兵位ってのもいるということか。」
そんな予想が出てきては、会議が収集つかなくなるほど混乱する。
そんな風に、踊りながらも進む会議で出た結論は、皇族のいち早い目覚めのため、治療ができる者は治療に専念させるということ。
「多少のけが人なら私やハク団長がどうにかできます。専門の治癒士は陛下たちの治療につけて構わないかと。」
「連日の出動で確認できる範囲のけが人は応急処置が済んでいる。被害範囲は不明だが、帝国内であればノアの持つホムンクルスや分身が避難させられるか。」
ここ数年で認知されてきたノアの力。
実力は帝国最高峰でありながら、分身等で数も充実しているという規格外さを、帝国の上層部はほぼ周知している。
知らないのは、未だ旧態から抜け切れていない数世代前の貴族たちだけ。
帝国から【無能】は消えていた。
「ところで、妹君のアスタはどうした?」
「それが、公国への遠征中でして、連絡は取れません。キクスの反応があるため、無事とは思いますが」
「心配だな。すまない。余計なことを聞いた。」
ポストルを筆頭とした伝令用ホムンクルス。
黒い長身の骨というような見た目の奇妙な見た目をしている彼らだが、移動速度はノアの瞬間最大速度に匹敵する。
要するに飛脚なのだが。
彼らを各地に走らせているノアだが、現在はそれを一旦中止して帝国への招集をかけている。
そのうち、帰還したのは6割。たったの半分強。
それ以外のホムンクルスは反応が消えたため死んだか。なにかしらの手段でリンクを切られたということになる。
一般人なら束になっても敵わない戦闘能力を持っていて、かつ足の速さだけならどんな人間にも負けないだろう奴らをどうにかしたというのは、情報としてはとても重要だ。
それはそれとして、自分の大切な仲間に危害が及んだということで、ノアはそこそこ頭に血が上っていたりもする。
「私見ですが、南の王国は帝国よりも被害が少ないかと、その前提で、援助を申し込むというのはどうでしょう。」
「南の被害が少ないかもしれないというのは同意見だが、有事だからこそ弱味を見せてはいけない。信頼や信用というのは、個人間なら問題ないが、国家間ともなれば複雑だからな。」
「なるほど。浅慮でした。」
普段なら体裁やメンツなんかの話を引き合いに出されれば、これでもかとかみつくノアは、頭に血が上っているからこそ冷静に努めようとして大人しい。
この場にいるのはそれこそ長い付き合いの人間たちで、だからこそ、ノアの心境については理解できている。
「ホムンクルスと分身の帰還が済んだら、今度は各地に派遣してもらう。そのつもりで魔力と体力を温存しておくように。」
「はい。」
「ユーリとカムはノアの補佐として、ハクビは城で待機。今回の襲撃犯の目的の可能性がある以上、うろちょろさせられん。」
そう、最初のダンゴムシ男、ガ・オルの発言が正しいのであれば、敵の目的はハクの殺害。それを考慮するなら、いち近衛騎士団長は市民と国のために引き渡されるべきなのかもしれないが。
(絶対に死なせない。)
その話題が出るたびに新鮮な殺気を放つノアの存在で、ハクの身の安全は確保されている。
もし、ハクを生贄にでもしようとするのなら、ノアが帝国を滅ぼすだろう。
その場にいる全員がそれを理解している。
この国の上層部に近しい者でも、それは周知されているほど。