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何かを呟いたオニガは、残像ができるほどの高速で横に走り抜けた。
そこから、三秒ほどの間をおいて、走っていったのと反対の方から、更にスピードを増してユーリに跳び蹴りをかました。
「ぐぅ!邪技———」
「……」
脇腹に蹴り込まれた足を掴んで投げようとするも、再び消えたオニガをユーリは目で追うことができず、数秒をその場で立ち尽くす。
数秒してからバキャッと音が聞こえ、ユーリの左肩が根本で変形し、脱臼しているのが見て取れた。
「ぅううう!!!」
少し涙目になりながらも、無事な右手でオニガの足を掴もうとするユーリだが、それでもオニガは捕まらない。
なかなか潰れないコバエのような俊敏さと、瞬間移動のような謎の動きで、ユーリを翻弄する。
しかし、少し遠くで目だけ集中して見ていたカムは、いち早くそのギミックに気づいた。
「ユー……リ!!頭!!」
かすれた声で叫ぶが、明確な指示を出せているわけではない。
言葉としてユーリに届いても、ユーリはそれを聞いてどう対処するべきかわからない。
(頭 蹴る? どこから? 上? 右? 左? どこから? どうやって? 何を? 魔法? 武術? 歩法? 知らない 飛んでる 二回蹴られた 攻撃は蹴り 足が主体 数秒の猶予 今? 今 今 今 今!!!)
「今ッ!!!」
距離をとってみているカムですら、認識してから理解するまで秒を要する速度の蹴り。
しかし、それを側頭部に受けているユーリは、脚が当たる瞬間の足首を確かに掴んでいた。
メリッ
勢いのまま、ユーリの側頭部が頭蓋骨ごとヘコむ。
頸椎へのダメージも見て取れるほどに、肩から下を残して首から上が水平に移動する。
ギチッ
一方で、掴まれているオニガの足首はユーリの全神経を注いだ反射の握力により、アキレス腱と骨がミンチになるほどの圧迫を受け、頸への勢いのまま、次の攻撃の芽を潰された。
側頭部を潰され、首の骨が外れそうになっているユーリは、それでも、握りつぶしたオニガの足をもう一方の手で更に強く握り、全身の運動とオニガの勢いをそのままに、地面そのものを鈍器にする地獄の一本背負いを決めて見せる。
「破技『屠猪こぉ……!!」
地面にたたきつけられたオニガ。
受け身もままならず、顔面から地面と一体化したかのような勢いでぶつかり、一瞬で失神する。
それと同時に、勢いに乗ったままのユーリも、オニガと同じように倒れる。
「ユーリ……」
愛弟子と同じように強くなった準弟子の姿を見て、カムは言葉にできない感情を抱き、そのまま気を失った。
三者三様の満身創痍だが、決着はついた。
四人という超少数の強襲は、これにて終結した。
◇◆◇
謎勢力からの強襲被害。
物的被害、ゼロ。
人的被害、カム・ヒペリ重傷 ユーリ重症 アルテラント・オリル・ペントリヒ軽傷 ノア・オドトン重傷(全員ノア・オドトンの【再生】にて治療済み)
敵勢力の状況
ガ・オル 超上空にて拘束中
コーガ・ヒジカタ 捕縛 全身粉砕骨折
オニガ 捕縛 全身複雑骨折
ワンダーボーイ 死亡
第二波が懸念されるため、ノア・オドトンと数名の騎士団副団長らが周辺の警戒を行いつつ、負傷者の回収と避難区域の縮小を開始。
現時点での襲撃はなく、捕虜とした敵も目を覚まさないため、情報収集は困難。
上空に拘束しているガ・オルは魔法を削る魔法?を使うため、『装備』での隔離を続行。
また、国内の他町村の状況を確認する使者の編成も同時に進行。
謎の地震の影響と無関係ではないだろう襲撃により、人々の不安は増加中。
目的も理由もわからない傷は、少しずつ心を蝕んでいる。