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ユーリとオニガの戦いは互角だった。
小細工を弄さないオニガと、慣れない身体能力を技術で補うユーリは、真の意味で鏡のような戦いをしていた。
ユーリの持つチート『コピーシステム』は、相手のステータスと全く同じステータスになる能力。
その対象は敵でも味方でも任意での選択が可能ではあるが、複数選択は不可能であり、使用可能な魔法も、対象に依存するため使い勝手という面では非常に悪い。
しかし、数年にわたる実戦経験の数がユーリの戦闘技術を飛躍的に向上させていた。
ユーリの周りには、物理、魔法、特殊、剣、拳、脚、暗器、様々な戦闘方法を持つ強者がたくさんいた。
数をこなせばこなすほどに、ユーリはステータス外の能力を伸ばしていった。
だからこそ、目の前の筋肉と互角の勝負をできている。
帝国最強の一角であるカムに、相性的に有利だったとはいえ勝ったオニガを、ユーリは決して侮らない。
たとえ同じステータスであったとしても、ユーリがカムに勝ったことは、負けた回数の千分の一程度しかなかったから。
「ぶっ」
集中が途切れ、ユーリの顔面にオニガの拳が突き刺さる。
頬骨の砕ける音がはっきり聞こえ、脳が揺れる。
「やっぱりな!お前の力は偽モンだ!誰から与えられた力か知らねぇが、お前はオレより弱い!!」
コピーシステムでのステータス転写ということを隠していないユーリの話すら、イマイチ理解しきれていないオニガ。
その頭にあるのは、目の前に立ちふさがる者殴ることのみ。
たとえそこに同じ魔神軍の仲間がいても、普通に殴る脳みそ筋肉の権化。
「ん、んん、お前の名前も忘れちまいそうだなぁ!!」
オニガは認めた相手の名前しか覚えない。
そのため、その記憶容量にいる名前は、自分を含めても片手の指に収まってしまう。
「【鬼炎豪拳】!」
燃え盛る拳を突き出し、オニガの猛攻に耐える。
殴っている拳が火傷をしているはずなのに、オニガのラッシュは止まらない。
「なんだその技!そんなじゃオレは燃えねぇぞ!」
何度でも言うが、ユーリはステータスの全てをコピーしている。
つまり、今使っている魔法もオニガの持つ魔法ということ。
それなのに
「……あんた、まさか。」
ようやくユーリもその違和感に気づく。
話の嚙み合わなさ。そもそもオニガの雰囲気そのもの。
「超がつくほど馬鹿なの?」
「……何?」
馬鹿という言葉に、やっと手を止めた。
さんざっぱら殴り抜いた拳を止め、初めてユーリの目を見る。
「お前、今オレを馬鹿って言ったか?」
「ええ、そうよ。だって私の名前も覚えてないんでしょう?」
「……覚えてらぁ……ユーイ」
「リよリ。ホントに馬鹿なんだ。」
馬鹿馬鹿と何度も言われ、オニガの小さな脳の入っている頭に血が上る。
ビキビキと浮き出る血管と、それに比例するように膨張する筋肉。
体格も、今までより二回りほど大きくなり
小さな頭が更に際立っている。
「ぷっ、ふふっ」
「っ!!!GAAAAAAA!!!」
「ははっ、もう獣じゃない!!」
大口を開けて笑い出したユーリに獣のように襲い掛かるオニガ。
発達した犬歯をその頸筋に立てようとして
「邪技『天遍地位』」
ぐるりと一回転。空中で前転でもしたかのようにオニガは不思議な動きをした。
そのまま、突進の勢いを一つも殺さず、地面に顔から激突する。
「ぶっ」
頸に大きなダメージ。顔面の骨にヒビが入り、歯が少し曲がった。
あれだけの勢いで地面に突進して、それだけのダメージなのは驚異的な首の強度。
しかし
「なに、した。」
「ふふっ、遊びましょう。」
ここから先、オニガがユーリに触れることはないかもしれない。
◇◆◇
数分が経過した。
気絶から目を覚ましたカムの視界には、ボロボロになりながら起き上がろうとしているオニガと傷はあるが綺麗なまま仁王立ちしているユーリの姿があった。
オニガは外傷こそ少ないが、その赤い肌の内は大量の内出血と複雑骨折でがたがただった。
それでも、まだ荒い息を吐き、血走った目でユーリを睨んで立ち上がる。
「GUFUUU!!」
「ぐふーですって!?ははっ、あなた、道化の方がお似合いのようね!!」
勇ましく笑うユーリは、どっかの誰かにそっくりな口調で笑っている。
それを聞いたオニガは、再び立ち上がると、まだ軽傷な左腕で殴りかかる。
カムは思う。
きっと、何度もこの攻防は繰り返されたのだろうと。
ユーリは、その全てを捌いたのか。
「邪技『天遍地位』」
左フックのような殴打を放っていたオニガは、そのまままるで地面の摩擦が消えたかのように、胸を中心に側転。
車輪の回転よりも滑らかに一回転したオニガは、その勢いのまま肩と頭を地面にぶつける。
(結局、闘技は教えてくれなかったけど、邪技のほとんどと破技の一部は教えてもらった。まさかこんな風に役に立つなんて。)
ここ数年で、ステータスに依らない戦闘技能を身に着けたユーリにとって、最も適していたのは、ノアの扱う謎武術。
その詳細については教えられなかったものの、技術の基礎なんかはほぼ一対一で教えてもらったため、習得したどの武術よりも高度な物となっていた。
「ほら、立ちなさいな。あなたのような獣から体力を抜いたら、一体なにが残るのかしら。」
冷静さを取り戻させないために、あえて煽る。
相手の神経を逆なでしまくって、逆鱗をつつき続ける。
「っっっ!!!」
ブチッ、ブチブチッ。
比喩ではなく、オニガの額の血管が何本も切れる。
流れた血が目に入り、口にも流れ、顎から滴り落ちる。
「【———】」
聞き取れないほど小さな声で何かをつぶやくと、ユーリの視界からオニガが消えた。
撤退?瞬間移動?早すぎて見えない?
いくつもの可能性が脳内で広がり、ユーリの感覚器のどれにもオニガの姿は映らない。
「———っ!!?」
それを見たのは、カムの方だった。