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相性というものがある。
水は火に強く、火は風に強く、風は土に強く、土は水に強い。
異論は認める。
魔法の世界において、その属性的相性の優位性は簡単に覆る。
水は業火で蒸発するし、火は強風で搔き消せるし、山のような土は風をせき止めるし、津波のような水は土を溶かし崩す。
異論は認める。
その中でも、無は何にも相性として優位に立てない無能の証として扱われるのが、主に帝国での常識であり、ここ近年においては多少緩和されつつあるものでもある。
そして、魔法にも属性ではない基礎や応用といったものがあり、それを極めていないと人には教えることができない。
そんな、魔法を教える施設の頭ともなれば、その魔法についての知識も人並み以上のそれ以上に蓄えているはずである。
そうともなれば、その人間は歴史に名を遺すほどの強力な魔法使いであるはず。
もちろん、例外もいる。
生徒に返り討ちにあうような者もいる。
しかし、今代の魔法学園の学園長は、歴代最年少でその功績を認められ、特例中の特例として、卒業後即就任したという異例の天才。
特に、【固有】属性である【契約】は、無法とも言える汎用性の塊であり、一度その力で縛られれば、それを覆すことはできないものである。
そして、最初の話に戻るが、何事にも相性はある。
◇◆◇
倒れているアルテラント学園長は、避難した生徒の様子を魔力による感知で確認し、安堵する。
時間稼ぎは十分に行えた。
簡易的な魔力による障壁を張っていた校舎は、比較的災害の被害から逃れられており、特に倒壊の少ない闘技場への避難を逆手に取られ、敵に人質を許してしまった。
しかし、『校内への侵入者の戦闘禁止』という【契約】により、逃げるだけの時間は得られた。
本来であれば、何人もこの校舎内に入った時点で、生徒や教師への攻撃能力を失うハズだった。
「終わり?まだ魔力は残ってるよね?他国にも噂になってる学園長さんの実力、隠さずに見せてほしいな。」
そう語る少年。ワンダーボーイと名乗ったそいつは、アルテラントににじり寄ってそういう。
身長はアルテラントの半分程度の小柄な。子供そのものなのにも関わらず。
その身に宿した魔力はアルテラントの倍以上はあった。
そして、どんな【契約】であろうと、ワンダーボーイには通じなかった。
「何故、私の【契約】が通じない?」
「【契約】?ああ、通じてるよ。君の魔法は未来の僕にちゃんと通じてる。」
「未来?」
ケタケタと笑いながら、ワンダーボーイは歩を進める。
「僕はどんなことも未来に丸投げできる。これから先、どこかで君の魔法によって何かが起きるかもしれないけど、それは今の僕じゃない。」
「そんな、恐ろしいこと、よくできるな。」
未来に丸投げということは、もし死にそうな場面になったときに【契約】が履行してしまえば、ワンダーボーイは何もできず死ぬ運命を受け入れることになる。それを想像してしまえば、そんな魔法は使えない。
「えー?馬鹿なの?過去の僕が送り付けてきた魔法や傷も、未来に送ってるに決まってるじゃん。」
「……は?」
「おねーさん、学園長だっていうのに頭悪いね。」
舌を出して笑っているワンダーボーイは、そろそろアルテラントへの攻撃圏に入る。二人の距離は3メートルほど。
そう、アルテラントが倒れているということは、ワンダーボーイはアルテラントに攻撃されているということ。
しかし、アルテラント本人も、ワンダーボーイが何をしたのかはわからない。
ただ、一瞬触れられただけ。
それだけで、全身を痛みが襲い、立っていられなくなった。
「私をどうやって攻撃した?どんな魔法だ。」
「ははっ、頭悪いおねーさんにはわからないかな。僕は未来にダメージを送ったんだ。未来からダメージを持ってくることもできるに決まってるじゃん。」
「……!」
つまり、この痛みはアルテラントが今後の人生のどこかで受けるはずだった痛み。
もしかしたら、複数の時間場所から受けているものかもしれない。
それを理解し、アルテラントは顔を顰める。
「嫌がらせしかできないしょうもない魔法だ。人に害をなすだけの醜悪な魔法。お前は今際の際に最大級に苦しんで死ぬ。」
眼前にまで迫ったワンダーボーイに、おおよそ子供に向けて言うべきことではないことを言う。
ワンダーボーイなどという名前に、子供のような見た目をしているコイツが、本当に子どもであるとは思わなかった。
きっと、老いすら未来の自分に負わせて、その見た目を保っているのだろう。
「【契約】する。ワンダーボーイが死亡した場合、アルテラントは何も得ない。」
「……はぁ?何も得ないって、やっぱり馬鹿なの?契約にすらなってないじゃん。」
「貴様のような責任転嫁の権化の死に、私は歓喜も何も要らない。ということだ。クソガキ。」
「……チッ、死ね。」
ワンダーボーイがアルテラントに触れ、アルテラントの未来の先にある『死』を持って来ようとする。
しかし、それは敵わない。
指先の皮膚が触れようとした瞬間。ワンダーボーイは数メートル後方に吹き飛ばされたから。
「っ!?」
「……遅刻だぞ。」
「欠席魔にとって遅刻は日常。最早三食と言っても過言ではない。」
「意味が分からんな。」
ワンダーボーイを殴ったその男は、アルテラントの手をとり立ち上がらせ、簡単な治癒を施す。
それは、自分の生命力を使う魔法であるのに、当然とばかりに。
「ノア、あの少年が」
「ああ、声だけは聞こえてた。魔法のからくりも、今何をしようとしたのかも」
「そうか。ならいい。」
昔とは逆になってしまった高さの違う肩を並べ、二人はワンダーボーイを睨む。
吹き飛び、瓦礫に埋もれた少年は、それでも無傷でにやついていた。
「話を聞いてたなら攻撃なんて無意味なのに、君も馬鹿なんだね。筋肉達磨。」
「舐めんな。俺が賢く在ったことなんて、人生のうちで一度も無い。だから、今からお前のことをぶん殴るのに、小細工は一つもあり得ない。」
「……は?」
「【極天・観音魔力拳】」
ノアを中心に展開される。一万を超える魔力拳。
その一つ一つが、『螺旋』も『層』も兼ね備えた、乱射専用の攻撃魔法。
「無限に殴って殺す。行くぞ。」
「ちょっ」
どちらかの息の根が止まるまでの攻防戦一方の戦いが始まった。