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実際なんらかの賞に応募するとして、会社に対して報告とかする必要あるんですかね。こっそり応募してもバレないと思うんですけどね。
「突然呼んですまない。先程カリルドを一瞬で倒したあの技について話を聞きたくてな。」
「はい。」
「あの技、名は何と言う?」
「闘技『悪鬼羅刹』です。」
「アッキラセツ......ラセツか、やはり。」
謁見の間、玉座に座る世の美貌を掻き集めた結晶の様な女王は寂しそうにそう呟く。
「そなたは異なる世界からの来訪者なのだな?」
「そうです。転生という形なので、ノア・オドトンで変わりありません。」
「元の名は語らぬと。」
「名は元の世界に置いてきました。」
俺の名前?クソ野郎の名字とクソ野郎共の一文字ずつが入ったあの名前は思い出したくも無い。
「そなたの出身は、カズサか?」
「か、上総?え、えぇ......」
上総って言ったら、昔の首都的なアレだろ?
いや、違ったか?いやいやいや、それでも関東辺りの事の筈だ。
え、なんで?日本が出ると思ってたのに。
な、なんでぇ?
「ま、まさか」
「余は600年前、ラセツと名乗る男と出会った。ヤツは元居た世界にて不当な扱いの果て『シマナガシ』という刑罰を受け、目覚めたらこの世界にいたらしい。」
ら、ラセツ、羅刹か。知らん名前だ。
というか、島流しとかなにやったんだよ。
流刑って当時の最高刑じゃなかったか?
「奴は荒れに荒れ、あったばかりで言葉も通じない余に、その技を使ってきた。」
「あー、ちょっと待ってください。もしかしてソイツって頭に角生えてました?」
「うむ、コブの様な盛り上がりが額に二つあった。」
「羅刹の名前は後世に継がれていません。ソイツは稀代の悪鬼として、我々の流派で言えば大きな悪名を轟かせています。」
闘技『悪鬼羅刹』の伝承、それは悪逆非道の限りである。
昔の世、天魔と人の子、名を羅刹、肌を血に染め、両の角、髪は逆立ち、黒の模様、刀を四つ折り、鎧欠き、畜生物の怪、一捻り、天下無双の、その末路、酒に酔い酔い、縛り首、首切り石抱き、意味も無く、恐れを受けて、島流し、その後を知るは、どこにもおらず。
半分くらいうろ覚えだが、そんな感じのはずだ。
まあ要約すると、ハーフ天魔の羅刹は、赤い肌と角を生やした鬼みたいな様相で、しかも髪は逆立ってて体には変な黒い刺青みたいな物があったらしい。そいつは刀を四等分にできたし、鎧を素手で曲げて動物も妖怪も簡単にぶっ殺したと。
けど、最終的に薬や毒を盛られて拷問にかけられたけど、それでも死なないから怖くなった貴族共が、島流しにして厄介払いしたと。
ちなみに、後世に伝わっていないというのはガチ。
俺も蔵の隅の巻物を読んだだけだし、闘技『悪鬼羅刹』はやり方しか教わらず、反復練習すらできないから、真剣に考えるヤツはいなかった。
血流を早めるだけの技なら、連技にも幾つかレパートリーがあるしな。
「ラセツは良いヤツだった。余がこの国を統治し始めたのも、奴の影響だ。努力が正当に評価される国、世襲制や年功序列を一切考慮しない。国のトップは余だ。余が完全無欠の存在であるだけで、代替わりの問題は全て無くなる。余は、次にラセツが帰ってきた時に完璧な世を作るのだ。だから、だから。」
年若い見た目の女王が、どこかやつれたように見える。
これはいわゆる、精神的疲労ってやつか。
そりゃそうだろう、約600年間もそんな大変な夢を見て突き進んできた。
弱音の一つ二つ、吐いても文句は言えねェ。
「もう一度、ラセツに会わせてくれ、お願いだ。」
闘技『悪鬼羅刹』を通して、羅刹の面影を俺に見たいのか。
羅刹ってやつにどんな魅力があったかは知らないが、尊敬するよ。
「闘技『悪鬼羅刹』」
全身が痛みに軋む。
戦闘時でないと、明確な痛みに顔が歪む。
頭がグラグラして、視界がふわふわする。
アーモンドの香り。
「ああ、あああ!羅刹。会いたかった。また、アナタと一緒に、世界を旅して。」
「......」
「できれば、一緒に子供を作って、一緒に幸せになりたいな。私、もう足手まといにならないよ。」
口調が崩れる。
玉座に座っている時は神々しく、大きく見えた女王が、だた一人の少女の様に見えてくる。
「ねえ、お願いだから何か言ってよ、羅刹。」
「......がぶっ」
「......え?」
使用率が臨界点を突破した。
先程よりも大きく血管が裂け、内臓にも多大な損傷が出た。
吐血し、血涙を流し、鼻血も出る。
耳が聞こえにくくなったのも、耳から血が出ているせいかもしれない。
全身から力と血が抜けたせいで、俺は地面に倒れ込む。厳密には謁見の間の床なんだけど。
「ラセツ!?羅刹!!いや、いや、いやぁああああ!!」
ドカンと爆発するような音と共に、俺の体内に莫大な魔力が押しこまれる。
多分、回復系統の魔法なんだろうけど、俺の体には明らかなオーバーヒールだ。
体がいきなり入ってきた魔力にビビって、再生を始めない。
魔力糸での縫合も、出血を基に戻すわけじゃないから、殆ど意味が無い。
幸い、あと数秒で回復が始まりそうだから、もう寝るか。
「女王陛下、うるさいですよ。怪我人が出たなら私を頼ってください。」
カツカツと言う硬質な足音が耳に届く。
ヒールかなんかの音だ。
音源が三つあるみたいだから、多分足音と杖か何かの音が混ざっている。
ねむ。
「エヴァ!エヴァ!!助けて!」
「女王陛下。落ち着いてください。彼の治療は私がしますので、さがってください」
大きな魔力が圧倒的な精密さで体内を循環する。
まるで血管を流れるみたいに、細胞一つ一つに魔力が沁み渡っている。
万全の俺でも、かなり集中力を要することを、こんな簡単にやってのける。
そこに痺れる憧れる。
体があったけぇ。
「これで大丈夫です。女王陛下は自室に戻って落ち着いて来てください。」
「......うん」
「私は彼を別の部屋へと連れて行きますので。」
そう言って、エヴァと呼ばれた女性は俺をお姫様だっこする。
恥ずかしいが、これでもまだ10歳。大人の女性からしたら簡単に持ち上げられるくらいなのだろうか。
こ、ここは子供らしく、気にしないようにしよう。