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俺の腕はひしゃげ、ジャービーは胴体に大きな風穴を空けて吹き飛んだ。
魔力の供給源である本体を失ったからか、【防壁】は一瞬で崩れ去り、ただの魔力の粒子に還元する。
「うむ、勝負ありだな。時間が余ったが、続けるか?」
「それも良いが、ジャービーが死にそうだぞ。良いのか?」
「死ぬのは良くない。だが、ジャービーがそう簡単に死ぬわけは無いのでな。」
そう言われて目を凝らせば、ジャービーの腹部に空いた穴に異様な光景を見た。
細胞分裂しています。なんて自己主張を始めている様な、グニョグニョと蠢く肉片が、その風穴を塞ごうともがいている。
「【再生】か。かなりの強度と自動性だが、どういう原理だ?」
「そういう『装備品』の力だ。奴は死んでも蘇生可能な『残機』という『装備品』を計10個持っている上に、全身くまなく『魔力超強化:再生』の効果を持つ『装備品』をセットしている。」
「ガチタンク特化って事ね。」
というか、HP部門は全員肉壁担当なのか?
そんな残酷な事ってあるだろうか。
「じゃあ!次はオレの番だなぁ!!」
「待て待て待て待て」
「んだよ!」
なんかデカイ。
おかしい。昨日俺をぶん殴った男も大概デカかったがコイツはなんだ?
いや、顔は同じだ。皮膚がかなり赤くなっているせいで、少し表情が分かりにくいが、同じ顔なのは分かる。
だが、昨日のが2メートル程度の身長だったとして、今は2.5メートル近くある。
明らかにデカくなっている。
「あン?オレの背が気になんのか?そりゃ、そういう種族なんだよ。鬼神種族と人間のハーフでな。月の始めから中ごろまでに伸びて、んで中ごろから終わりまでに縮む。最短1メートル、最長8.5メートルだ。」
「それこそどういう原理なんだよ。」
「知らん!」
声高らかにそう言われて、俺は困惑が隠せずにいる。
筋力将軍は脳味噌まで筋肉らしい。
◇ ◆ ◇
ジャービーを場外に運び出したあと、俺は簡単な治療を受けて筋力将軍と向き合った。
「オレはカリルド・ヒペリ。お前さんと一緒にいたカムの兄になるぜ!お義兄ちゃんと呼んで良いぞ!」
「大兄弟の一人か。警戒度を上げるぜ。」
互いに互いの顔を見て腕を見て脚を見る。
俺は両腕をだらんとぶら下げ、全体的に体勢を低くする。
逆に、カリルドは両脚を大きく広げ、仁王立ちをしつつ俺を見下ろす。
結果的に二人の身長差が更にあいた構え。
「んん、『装備品』を使っても良いか?」
「あ?むしろ使ってねぇのか?なんで?」
「質問に質問で......いや、いい。普通に得意じゃないからだ。俺はまだまだ未熟。そんな俺が『装備品』に頼るのは、『装備品』への依存を招く。」
「ははは、奇特な考え方だなぁ!とはいえ、嫌いじゃないぜぇ。かく言うオレも『装備品』を使って無い。」
「......」
ゴングは無い。
互いにほぼ裸の状態。
俺達は見合う。
見合って見合って。
はっけよい。
「だっしゃぁぁああ!!!」
「ぜりゃあああああ!!!」
始まりのクロスカウンター。
脳味噌を揺らす衝撃で、勝負は始まった。
「オレはなぁ!魔力が全部で1000しか無ぇ!」
「一般人に比べたら多いぞ!」
「将軍にしたら少ないんだよ!だがな!その1000をただ一つに使える!」
「【固有】属性か!」
「そう!【疑似】属性によって、疑似覚醒や疑似増強が可能なオレの!瞬間火力は世界一ぃいいい!!」
拳の応酬に合わせて会話をすると、徐々にカリルドの異常性が露見してくる。
疑似覚醒?疑似増強?
つまり、たった1000の魔力を注ぐだけで、自身を異常なまでに強化できるということ。
時間をかければ、無限に強くなる事も可能なのでは?
いや、無理か。
「ギアを上げるぞ!【疑似】強化!」
「『強化』『超強化』『部位強化』」
相手の一回の強化に対して、俺はいつものセットで三つも強化を重ねないといけない。
それだけしてやっと互角なんだ、【固有】属性の強さがわかる。
だが、なんでこれだけやれて【疑似】なんだ?
【超化】とか、そういうのにすれば良いのに。
それっぽくしているだけで、単一の効果なのか?
そりゃそうか。やろうと思えば【無】属性でも様々な属性をパクる事が......
「ニィィィイイイ」
「いきなり笑いやがってどうした?」
「お前の【疑似】属性の正体は分からないが、それを理解すれば、俺はもっと強くなれるみたいだ。『分身』」
神の神(仮)に対して使った魔力爆発サーチを発動した。
相手の魔法を使えるようになるのではなく、相手の魔法の技術を理解して取り込むわけなのだが、今回はそう簡単にコピることができなかった。
神の神と違って、カリルドは極度な脳筋だったからだ。
感覚派と言っても良い。
ズガンとかバコンとかいう擬音が多過ぎる。
そんな事をやっている間にも、連技で相手の技を受け流し続ける作業が続き、徐々に体力が消費される。
速い拳はそれだけ反射速度を要求されるが、受け流すのは割と簡単だ。
が、その分集中力と、迫力ある拳が常に襲い掛かってくるというシチュエーションに緊張感が俺の精神を圧迫する。
「ふんっはっ!」
「変化球!?」
今まで大ぶりな攻撃が多かった中、まさかの小手先技。
定石といえばそうなのだが、この脳筋にそんな脳味噌があるとは思わなかった。
「『螺旋』」
相手の一手一手に反対向きの流動を送り込み、勢いを薄めさせる。
だが、それも焼け石に水。俺は未だに、ちょっと動くサンドバッグ。
これではなし崩し的に負けてしまう。
「ふんっ!!」
「ばらっ!?」
できることも、殴りこんできた腕を軽く引っ掻くだけ。
これじゃダメなんだよ。どうすればいい?
能力の原理がバレたら一気に逆転できる少年漫画じゃないんだ。
神の神(仮)に勝てたのも、プロミネンスドラゴンに勝てたのも、ゴブリン・キングに勝てたのも、大きくは根性が持ったから。
『勝たないと死ぬ』という前提が俺に芯を通す。
『負けても良い』という前提のせいで、俺の体はすぐにヨレる。
ダメだな。こんな思考して。
負け犬ムードだ。
「俺は......」