187
「ノア様、お加減はいかがでしょう。」
んんん、用意された豪華な部屋に現れたのは、推定ホムンクルスと思われる女。
褐色の肌に至る箇所の突起は、今は妹と共にいるキクスを彷彿とさせるが、この女はやたらと無表情だ。、
「大丈夫だ。」
「夜伽もお任せされています。ベッドに横になってください。」
「断る。俺はまだ10歳だぞ。」
「そうですか。では、待機しますのでご自由にご命令ください。」
まあ、なにもしないならそれで良い。
体のあちこちに魔力を巡らせ、異常が無いかを確認する。
その一部を『念話』としてハクに飛ばす。
「応答しろ、ハク。そっちの状況は?」
『今は城壁近くの宿に止まっている。そこそこ広い部屋で、男1部屋、女2部屋に分かれている。』
「妥当な判断だな。第二皇女は?」
『青褪めてずっと震えている。自分のせいで帝国と王国の戦争が始まると思っている。』
「放置で良いだろう。良い薬ってやつだ。エメルはどうだ?」
『依然変わらず、呆然としている。』
「体調の管理だけは怠らずにやってほしい。」
『わかった......使者の人が、ノァは1週間後まで城にいるって。』
「事実だ。ポストルを呼ぶから、一連の流れを学園長と皇帝に送るよう言ってほしい。」
『......勝ってね』
「ああ。勝つよ。」
名残惜しい空気を感じながら『念話』を切る。
エメルは兵器野郎から奪って以来、他人と会話をしていない。
体は完全に完治しているのだが、何が原因か分からねェんだよな。
深く考えたら体がズムズムしてきた。ちょっと動くか。
「ちょっと散歩したい。城内でだ。良いか?」
「この城の門扉を越える、この城の壁を越える、女王へ危害を加える。これらを行わなければ構いません。監視も私に一任されています。」
「へぇ。」
それはおかしい。
ホムンクルスには人体を大きく変化させた様な改造は不可能だ。
腕を増やす脚を増やすなんかは可能だが、例えば体内に物を突っ込んで燃焼させたら電気を作れるみたいな事はできない。
つまり、眼球を監視カメラにすることも、直結で状況を通信することもできない筈だ。
それらしい『装備品』も付けていない。
『アイテム』って線も無い。なら、なんでこんなに......
「俺の考えと違うってことか。」
「およそ正解でございます。私は女王陛下直轄部隊、戦闘侍女隊の一人です。」
「つまり、それなりに強いってことか。」
「七将軍には劣りますが、人数による連携と情報伝達力なら王国最高です。」
「ウチのポストルと戦わせてみたいな。」
「我々の戦闘は女王陛下の許可が無ければ不可能。現状では私も戦闘を許可されていません。」
へー、面倒なこった。
相手をぶん殴るのにそこまで気を使うなんてな。
俺は絶対にヤだね。
「まあ良い、散歩するだけだからな。物も壊すつもりは無い。」
「ついて行きます。」
「ただの鍛錬だぞ、退屈だろ。」
「問題ありません。」
扉から廊下に出て、そのまま猛ダッシュ。
オリンピック選手もビックリの速度で廊下を駆け巡るが、驚いた事にホム侍女はついてきやがった。
速い。
すごい速い。
俺は魔力を使わず、素の力だけで走っているのだが、『気』をちょっと混ぜて走っている。
心拍数と呼吸の安定化程度だが、それだけでもかなりの恩恵を得ている。
それなのに、このホム侍女、よくもまァ無表情で呼吸も乱さずに並走しやがる。
「物凄いスピードですが、音も無く風もほぼ発生していません。どういう原理ですか。」
「泳ぐときに水を掻くだろう。それを手と水ではなく、体と空気でやればいい。鳥になった気持ちだ。」
「随分と奇天烈なことをしますね。」
敏捷のゴリ押しで走ってるみたいな奴に言われたくない。
もっとも、俺だってそんな技術だけで走ってるわけじゃない。
敏捷による影響な部分の方が多くあるし、日本じゃまあ遅い方だった。持久力はあったんだけどな。
「ふっ!」
「なんと」
次に床を蹴り高く飛びあがってから、壁を蹴って天井を蹴って壁を蹴って床を蹴ってと、四面部を開店する様に移動する。
勿論窓枠やガラスなんかの部分は避け、調度品や照明にも当たらない様に動く。
「流石にこの様な動きはできませんね。どうやっているのですか。」
「コツは全身の弾性だ。壁や天井に足が当たる際に、全身がその面に沈み込むようにイメージして、ぶつかった力を反射して体を弾くんだ。できなかったら、別の足で蹴るのも良いぞ。」
「こ、こうでしょうか。」
やや滑りながらも、軽やかに廊下を駆けまわるホム侍女に、俺は驚嘆を隠せない。
こんなの、足の掛け場が多いレンガの壁でも難しいのに、こんな簡単に再現するとは。
「これが動技の基本だ。もっとも、足の動きや手の動きなんかもあるから、これはただの体重移動なんだがな。」
「ドーギ、ノア様が女王陛下に対して使ったのはトウギと言っていましたが、どのような武術なのでしょうか。我々は教育の一環として武術を嗜んではいますが、そういった技術は知りません。」
「そりゃそうだ。お前らの魔法を前提とした武術体術剣術なんかは、基本的にその魔法属性を持つ者が使う事を前提として考えている。だが、俺の使う技は全て、老若男女全ての人間が会得できるというコンセプトの元作られて来た。」
「それはいわゆる、他世界の文化、というものでしょうか。」
「......女王の入れ知恵か?」
「はい、女王陛下は近年複数の目撃情報を得る『異世界人』に大変興味をお持ちです。それ故にノア様に接触したとも言えるでしょう。」
なるほどね。噂の『魔王軍』の話を聞き出そうって事なのかね。
なら、尚の事負けられないな。
知らない情報を吐かせられちゃ堪ったもんじゃないし、なにより『魔王軍』と同一視されるのが気に入らない。
「まあ良い、興味があるなら散歩がてら、技について教えてやるよ。」
「是非」




