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「ハクが洗ってくれたけど、服が汚れたのは許さないんだからね!」
「まあまあ、命が助かったのです。良かったじゃないですか。」
ベルナリンド先輩が怒る第二皇女を宥める。
苦労人だ。帰ったらアレクサンダー君にデートに行くよう促してみるか。
ともかく、これの発端はハクとカムだから、俺のせいなのは1割くらいだ。
刺客たちは一人を除いて全滅、筋肉と武器は死んだし、転生者はどっかに吹っ飛んだ。
魔法使いだけは生きていたが、あと半日以上は目覚めない。
あ、頭貫通させた奴もいたな。あいつは放置してしまった。
ということで、情報源はこの奴隷ちゃんだけだ。
名前はエメル、年齢は9と、俺の一つ下。
右わき腹に大きな奴隷用の刺青と左半身を覆う謎の火傷。
髪も焦げた黒寄りの茶色で、かなりのグロ画像である。
「ノァ、その子をどうするの?」
「恩を売る。恩義でも借りでも崇拝でも尊敬でもなんでも押し売ってコイツを懐柔する。デロデロに甘やかして絶対に離れられない程の依存を抱かせる。」
「私みたいに?」
「お前は勝手にくっついてるだけだろケモ耳ィ!!」
肩に頭を乗せてくるカムを振り払い、俺は手に魔力を込める。
今から精密な手術をするってのに、集中をかき乱すんじゃねェ。
まず、全身を『希粧水』で洗う。
斑になった汚い皮膚がツルツルの美肌に変化する。
が、それはあくまで表面を整えただけだ。
ぶっちゃければ、今のエメルには乳首も臍も無ければ、鼻の穴も口の半分も瞼すら無い。
頭もツルツルの状態だ。
「てれてっててーてーてー、『義体シリーズ』」
アド王国での『装鉱』での『装備品』製作時、俺はありとあらゆる使用用途と、俺がその内必要になる可能性のある事柄を全て潰す為に様々な物を作った。
『義体シリーズ』はその一つであり、俺が例えば体の一部を欠損した場合、ただの義肢では不自由だ。
そのため、魔力の力で簡単に動かせる手足を作ろうと考えた。
完成品は全身全てのパーツをそれぞれ5個ずつ。ウェンディゴにプレゼントしたのもその一つだ。
今回はエメルに『義眼』と『義皮』を移植する。
偶然にも色が合わなかったため、エメルの綺麗な緑色の瞳とは違う、青い色の瞳になってしまうが、オッドアイというのも乙なものだろう。
『義皮』は頭皮に、痛みの無いよう細心の注意を払って入れ替える。
現在エメルの全身は俺の魔力によって、痛覚も触覚も全てを遮断、ぐっすり眠っている。
頭皮を入れ替えたのは髪を生やすためだが、これも地味に色が違う。
元は俺の髪を生やす頭皮として設計されているため、黒と白しか用意していない。
ということで、分かり易く白の髪にした。
同じ幅に切り分け、魔力の糸で縫合、これによって、頭皮は綺麗に元に戻った。
次は目。
眼窩を空けるため、目の部分を切り取る。
恐らく、瞬きの為の筋肉は長期間の未使用によって大きく衰え、使い物にならなくなっているだろう。
そのため、瞬きをしない常に開いた状態の目になってしまうが、寝る時は眼帯でもさせよう。
見ることはできるが義眼なため、触れても痛みは感じない。
そして、この義皮と義眼には合計5つのギミックが搭載されている!
まずは義皮には髪を自由に操れるものと、周囲からの攻撃を自動的にガードしてくれる機能を搭載。
そして義眼には相手のステータスを簡易的に鑑定できる機能、魔力をストックできる機能、ストックした魔力を放出する形で『魔力砲』を撃てる機能を搭載している。
さて、手術は続く。
口が半分で潰れているのは喋りづらいだろうから、鼻下を中心に両方の長さを同じにする。
ただ切っただけではダメだ。
表情筋や咬合筋が衰えていたり潰れていたら意味が無い。
口の中も、左半分には歯が無いため、それも『義体シリーズ』で補う。
『義歯』『義筋』で口の形を整える。
まあこの二つには特殊ギミックは無い。
特別なギミックを思い付かなかったのもあるが、口がそう簡単に変形したら問題だろうから、そこには何も使わなかった。
ただ、硬度をやたらに高くしたため、恐らく石や金属を噛んでも、折れずに綺麗な歯型を付けることができるだろう。
他には何か、異常箇所は無いか?
臍も乳首もどうでもいいだろうし、内臓には特別な損傷があるわけじゃない。
一応ポーションで胃が満ちるほどにがぶがぶ飲ませているが、縫合痕が綺麗に治って馴染む以外の変化は見られない。
鼻の形も元に戻したし、耳......耳か!
よくよく見れば左耳は焼けて埋まっており、恐らくはほぼ聞こえていないだろう。
てれててててっててーん。
『義耳』と、ついでに『義喉』を取り出し、それぞれをくっつけ機能を確かめる。
『義耳』は簡単に遠くまでの音を任意で拾えるようにした。
生まれついての失聴は、耳が聞こえるようになった瞬間に全ての音を耳が拾ってしまって、極度のストレスと不眠で死んでしまうという話があったが、エメルはちゃんと片耳が聞こえていたし、生まれつき聞こえていなかった訳じゃないから、調節可能な聴力であれば、問題無く扱えるだろう。
問題は『義喉』。
エメルとの数少ない会話を行った時、エメルはどうやらかなりのガラガラ声で話していたらしい。
戦闘に集中していたため、すぐには気付けなかったが、よくよく思い出してみると、体育祭で強制的に叫ばされたあとのガリ勉の様な声になっていた。
火傷の原因である炎による外部からの熱と、おそらく煙を吸った事による内部からの火傷での喉に対するダメージの表れだろう。
これは元ある『義喉』をベースに、新しく『装鉱』を使って加工するしかないか。
違和感があるかもしれないが、俺の好みの声にしてしまおう。
さて、色々な改造が終わったが、ここで一つの問題を見つけた。
この子に付いている奴隷の紋章、魔法陣みたいな柄だなぁって思ったら、思いっきり魔法の影響だった。
この感じ、『チートシステム』でもなければ、『アイテム』や『装備品』の効果でも無い。
属性魔法、恐らくは【闇】の進化だろう。
【光】と【闇】系統はあまりにも複雑怪奇で、光を出したり闇を作ったりはできるが、それ以上は無理だった。影を操ったり、【聖】とかいう良く分からない付与も再現できなかった。
が、それはあくまでもゼロから作りだすのが不可能というだけだ。
既に施された魔法には【闇】の属性が存在している。
その属性に魔力を継ぎ足し、変形させることはできる。
まずは主人を俺に設定、また罰則事項『命令無視』『距離限定』『主人への暴力』を全て消去。
『裏切り行為』のみを制限したが、これもあくまでエメルの認識の範囲。
例えばエメルが精神異常者で、俺を殺す事が俺を救う行為になると思っていたら、罰則事項による制裁は発生しない。
が、その心配は無いだろう。
戦いを見たところ、俺を殺すのに躊躇は無かったが、それでいて罪悪感を持つという真っ当な人格の持ち主だ。
「あとは目覚めるのを待つだけか。」
「の、ノアさん、僕にお金を貸してください。」
第二皇女の賭けの被害者であるハイドル先輩が悲しげな顔をしてやってきた。
ベルナリンド先輩とロドリゲス先輩は25枚というヤバい金額になったため、かなり困惑しているが損はしておらず、マキの分は俺が支払い、第二皇女はお小遣いという暴力で乗り切ってしまったため、実質損したのはハイドル先輩だけになった。
「良いですよ。とりあえず金貨1枚貸しますので、あまり豪遊しないようにしてください。」
「はい。ありがとうございます!」
さて、次の街へ行く為の準備をしますか。