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晴天。
照りつける太陽の光が俺の肌を焼く。
ああ、世界がこんなにも残酷だなんて知りたくなかった。
俺が吸血鬼とかゾンビだったのなら、今ここで灰になりたい。
「ちょっと!ちゃんと聞いてるの無能!おい!」
クソガキに足をボコボコ蹴られているこの身と、年甲斐も無く憤怒に包まれた心を燃やし尽くしてほしい。
まさか自分がここまで心が狭い人間だったなんて思いたくなかった。
今はこのクソガキに対する怒りと自分に対する羞恥心で半々くらいで、やっと体が動かなくなっているところだ。
「ノアさん、お久しぶりです。」
「ハイドル先輩お久しぶりです。このお姫様をどうにかしてください。」
「それは無理でしてよ、ノアさん。皇女殿下に対して叱りつけることや何かを制限する事は原則不敬。我々は貴族ですが、彼女はそれ以上に身分の高い王族なのです。上級貴族の当主でやっと対等と言ったところでしょう。」
「ベルナリンド先輩どうも、アレクサンダー君が近いうちに愛の告白に向かいますのでどうぞ。」
「の、ノア殿?それは言ってしまっても良かったのだろうか?アレクサンダー殿下にも都合と言うものが」
「大丈夫ですよロドリゲス先輩。ベルナリンド先輩を黙らせるための方便なので。」
「ノァ、皆と知り合いなんだね。」
「ロドリゲス先輩だけは一方通行だし、ハイドル先輩は前とまるで印象が違うけど。」
と、いうわけでこの場に揃ったのは俺、ハク、ベルナリンド先輩、ロドリゲス先輩、ハイドル先輩の5人。
この学生5人だけでの護衛という本来ならあり得ない布陣である。
「ラスティーナ殿下は第二皇女、本来であれば第二近衛騎士団が護衛に着くはずだが。」
「どうやら第二近衛騎士団はごたごたがあって動けない様子です。故に第二皇女のご希望に沿って、マグナイト学園の成績優秀者達が護衛に当たることになったのです。」
「てかなんで俺に打診が来たんだマジで。こんなに嫌われるなら他のヤツでも良かったろうに。」
「それに見合うだけの実力があると判断されたんですよ。流石ノアさん。」
ハイドル先輩の輝く目が痛い。
とはいえ、詳しい事情のすり合わせは終わった。
「じゃあ、出発と行きますか。」
「御者と見張りは交代で一時間ずつ。良い?」
「皇女殿下が退屈をしないように、何か良い案は無いか?」
「あー、あっあー。『魔力玩具』」
100程の魔力を使って、可視性の玩具を創り出す。
走らせている間は、読書なんかの目が疲れる行為は乗り物酔いを誘発するし、駒系はバラバラになるから、マグネットみたいにくっつく仕様にした。
「とりあえず簡易的な玩具を作った。対戦系を主にしているが、一人遊びも可能だ。ハク、これで遊んでやれ。」
多分だが、この中で一番第二皇女さんに懐かれるであろう対象はハクだ。
固有属性を3つ、基本属性を4つ持っているハクはこの中で最も【無能】から遠く、いわゆる優秀な人間という認識となる人物だ。
実際ハクは優秀だし、脳筋寄りだが頭も良い。
この手の玩具は昔から一緒に遊んでいたし、ルールも網羅しているため問題無く遊べる筈だ。
「ロドリゲス先輩が御者をしてほしい。警戒は、ベルナリンド先輩がしてくれ。」
「あら、それはどうして?」
「俺が襲撃者なら、道中のできるだけ真ん中辺りで襲う。つまり3日目から6日目辺り。そうなれば逃避行に移り難い俺達を簡単に仕留められると考えるだろうからだ。」
「しゅ、襲撃者?なぜそんな。」
「当り前だ。こんな学生5人程度の護衛なんてものの数に入れるヤツはいない。問題は皇女が無防備に旅行していることだ。他国の者か、自国の者かは問わず、こんな要人は狙う可能性が0という方が考え難い。」
危険の可能性があるのなら、考え過ぎくらいの行動を心がけるべきだ。
それが杞憂ならそれでいい。
「ものの数に入らないとは心外ですわ。」
「それは敵方に言ってくれ。とにかく警戒は必要だ。」
「ベルナリンドさん、俺はノアさんに賛成だ。」
「少し不服だが、そうした方が良いだろう。」
「ノァは今魔力を自由に扱えない。このメンバーに策敵が得意な人間がいない以上、そうなるのは必然。」
多数決で俺の案が採用された。
ベルナリンドはすこし不貞腐れたが、知恵の輪をガチャガチャしているうちにどうでもよくなったのか、周囲の警戒に移り始めた。
「特殊条件下だから、魔力を出し惜しむつもりはない。そのため、皇女殿下には『魔力繭』に包まってもらう。そうすれば振動も無くある程度の外部からの攻撃も弾く事ができる。そして、夜間も走行し、御者兼周囲警戒を行うから、5人で仲良く休憩してほしい。そうすれば、敵方の想定していた速度以上の速さで移動できるだろう。」
ひとしきり俺の役目を主張し、俺は一息を吐く。
「というわけで俺は寝る」