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30階層『ノア・オドトン』
『魔力弾』は旋廻させない。
貫通性能を下げ、弾性に重視した『魔力弾』は、この空間を取り囲む『結界』によって反射し、ビリヤードボールの様に跳ね返る。
その中で、精密に『螺旋魔力弾』を操作し、三人の挙動にささやかなズレを生ませる点を的確に狙う。
そうすることで。
「破技『丁』」
反動による脱臼が無くなった破技は連発可能。
つまり、三人にはこの程度の正拳突きだけで対応でき、全員の鳩尾にパンチを決められる。
強化に強化を重ねた正拳突きは、岩を砕くという形容では足りない。
今のこの拳なら、きっと衝撃に強いという強化ガラスとか、なんちゃら合金とかも砕ける気がする。
「げぼっ、がっ!?」
「うぎゃ!」
「がっ、がっ、がっ」
貫通じゃないから致命的な怪我は負わない。
だからといって嬲っているわけじゃない。
当たった『螺旋魔力弾』はその箇所の骨を真っ二つにへし折っている。
十本の『螺旋魔力拳』はそれぞれを肘先からの関節のみで可能な『連技』を使って三人の体力を想像以上に消費させる。
熱気が徐々に体に籠り、運動機能を阻害する。つまりはグロッキー状態にするわけだが、軽度の熱中症と脱水症状も併発しているため、体がふわふわし始めているんじゃないか?
脳のバランスは精神状態に直接影響を出す。
暑いときはイライラするし、怒りっぽくなる。
少なくとも俺はそうだ。
「破技『千戸破り』」
空間を衝撃が反射する。
三半規管が全力で揺らされ、まともに立っていられない。
毛細血管なんて、見るも無残に破裂して血涙と鼻血を出してやがる。
「もう......やめっ」
「ひっ、ひぃぃい」
「がばっ、ぐぅぅぅう」
情けない。
天才と持て囃されたヤツが、なんでそんなザマでいられる。
天才はっ、天才はぁっ!
『落ち着け、お主は焦り過ぎだ。』
あァ?
『人為的に覚醒を促す?はっはっは、片腹痛い。我はそれを行おうとして再三失敗しているのに。』
誰だてめェ。
『ただの火トカゲだった我が、太陽の竜に昇り詰めた覚醒は、確かに多大な恩恵をその身に与えてくれる。しかし、万人がその恩恵を絶対に受けられるわけでもない。』
何が言いてェ。
『10歳程度のガキができる程甘い物ではない。貴様の様な特殊な出自だとしてもそれは変わらない。ただ強い相手と戦わせれば良い訳じゃない。根性なんて言い始めたときには笑ったぞ。』
んだとてめェ。
『カッカッカッ......話にならんな。選手交代だ。今の貴様なら我でも倒せるわ。』
は?何を言って......
『ステータス酔いは精神にも響くと聞くが、ここまで酷いのは見た事が無いぞ。このままでは後々後悔するだろうからな。』
◇◆◇
30階層『プロミネンスドラゴン』
周囲の魔力が完全に消失する。
その代わりに熱気が更に酷くなる。
雰囲気がガラッと変わる。
「へ......?」
「何が......」
「あぁ......?」
ノアの体から各【無】属性魔法が消失する。
しかし、その全身に行き渡る鱗と、頭に生えた角は健在で、今まで以上に存在感を放っていた。
『ほぅ、竜化強化率140%アップ。これではただステータスが2.4倍になっただけだ。強化率重点【プロミネンスドラゴン】っと。コイツ隠しステータスを全然イジッとらんのか。いや、性格的にできないだけか。ヨシッと、これで良いな。これで良い。』
ブツブツと呟くノア?は、手に魔力を込めて三人へ飛ばした。
『【治癒】属性魔法だ。お前ら全員をちゃんと教育する為に必要だからな。切るなよ?』
「なにを......ノア君じゃないな。お前」
「最近のノアさんがおかしかったのは、お前のせいッスか。」
「て、てめぇ!」
『いや、アイツの頭がおかしいのは前からだ。そして、お前らが死なない様に教育をしてやろうと思っているだけだぞ。だが、手加減するわけじゃない。リミットは一日。24時間。それまでに覚醒が起きなければノアには申し訳ないが、殺す。』
殺す。という一言に全ての思いが乗せられるだけで、ただの威圧よりも明確な死のイメージを刷り込まれる。
それだけじゃない。タイムリミットという余命宣告は、三人に現実の追究を後回しにさせる。
『自己紹介が遅れたな。我はプロミネンスドラゴン・スピリット。スピリットは要らんから、プロドラさんと呼んで構わんぞ。』
太陽の様な熱気が充満する中で、軽い挨拶が炸裂した。