149 閑話 後編
三時間程掛けて、千匹のスライムを全部倒した。
結果はまさかのレベル100。
10体毎にレベルが1上がっていったのだ。
◇ ◆ ◇
レベル100
HP:450/450
筋力:420
魔力:385
敏捷:500
忍耐:620
知力:580
幸運:510
◇ ◆ ◇
ここまで来てやっと平均が500弱。
いわゆる一般人のステータスになったらしい。
「うむ、中々のものになったな。では次、ゴブリンだ。」
「ヴェッ!?」
提示された数は100。
先程よりは時間が掛からないだろうが、人型ということもあって、色々と精神的に苦しい。
一匹一匹を殺す度に、歯を食いしばってしまう。
血の臭いも頭に痛みを与える。
「あ、あれ?」
5体目を倒して不思議に思う。
ゴブリンの経験値は2。
スライム2匹分の経験値だったのに、何故か5体でレベルアップしなかった。
一応、経験値が入ったという情報は入るので、不安は無かったのだが。
「こんにちは、そちらがレータさん、ブラドラさん、少女さんですね?」
「うひぃっ!?」
今度は僕の悲鳴だ。
後ろから突然声をかけられ、驚いてしまった。
振り返ると、そこには一人の女性、いや、少女が立っていた。
一番最初に目に入る、頭に生えた三......いや、四本の角。
茶色の頭髪を掻き分けて生えるその角は、人間ではない何かであることを暗に告げてくる。
そしてブラドラさんみたいな縦長の、爬虫類を思わせる瞳孔。
二次元キャラっぽい低身長のグラマラスボディ。
現実味が無いその容姿は、好感より違和感を先に覚えさせる。
「ボクはマスターのホムンクルス。マスターが帝国に戻って行ったので、家の留守番をするついでに、アナタ方と交流を持つように言われました。」
「えっ、その、マスターっていうのは、ノアさんの事ですか?」
「はい。ボクはドラコーン。地竜から作られたホムンクルスです。」
無表情が、俗世離れした美貌を、さらに異次元のものにする。
「ところで、何をしているんですか?」
「えっと、レベルを上げてて、あの、僕は『レベルシステム』っていうチートを持ってるから。」
「ああ、アナタが。ではどうです?ボクと戦ってみますか?」
「え?」
◇◆◇
何故かドラコーンさんと戦うことになってしまった。
正直気は進まない。
強くなったという感覚は無いが、女の子相手に本気で殴ろうなんて、考えた事もなかった。
「では、行きます。」
「はっ―――!?」
はい、と答えられなかった。
腹部に貫くような衝撃が走る。
目にも止まらぬという表現があるが、これはそんな次元じゃない。
いつ走り出したか、いつ腹が、蹴られた?殴られた?
本当に腹部なのか?背骨まで衝撃が到達している。
「正直ボクは、君があまり好きではありません。」
「ぐぇっ、くぉぷっ」
倒れ落ちる瞬間に見たドラコーンさんの体勢から、恐らく蹴りを入れられた事を察する。
い、痛い。
気持ち悪い。
胃袋がせり上がる。
「おい!」
「ブラドラさんは黙ってください。大丈夫です。殺しはしません。」
ブラドラさんの咎める様な声を、ドラコーンさんが静かに受け止める。
どうやらドラコーンさんは、僕が立ち上がるのを待っているらしい。
「我々ホムンクルスには、マスターからある程度の記憶共有が成されます。勿論、人格形成には影響の出ない範囲ですが、僕はマスターがあなたによって殺された事を知っています。」
「......ッ!?」
吐き気も痛みも全てが吹き飛び、別の不快感が生まれる。
何故、何故なんだ。
なんでここまで来て、やっと振り切って過ごせると思ったのに、なんで、なんで。
全身が、レベルアップの恩恵も忘れたように重くなる。
「ゴブリンズの方々には及びませんが、ボクはマスターが大好きです。マスターの持つ異常な愛情と、激情にまで発展する執着心が、僅かながら受け継がれた結果でしょう。故に、ボクはアナタが嫌いだ。ここでアナタを殺すのは喜ばれないのでやめておきますが、それがなければ今の一撃で上と下は泣き別れです。」
ドラコーンさんの言葉が、僕の体に貼り付いて反芻する。
まるで、水銀が全身を包んでいるかの様な気分だ。
「ですので、心がへし折れるまで殴る蹴るを続けます。色々見ていましたが、どうやらアナタのチートも成長限界に到達したようですし。戦闘訓練として、相手してあげます。」
こうして、僕は死ん――――
◇◆◇
――でいない。
結局僕は死ななかった。
骨が折れても、内臓が破裂しても、未だピクピクと痙攣し、意識は鮮明に残っている。
痛い痛い痛い。
ユウタ達に与えられた屈辱も痛みも不名誉も不快感も。
全てが拭い去られてしまい、ただ今は、次の激痛に身をよじることしかできない。
「......めて。......やめて。」
「命乞いは正しくありません。ボクはただ、アナタに稽古をつけているだけで――。」
「もうおにいさんをいじめないで!」
ドラコーンさんと僕の間に、小さな影が割り込む。
ミアちゃんだ。
勇敢なその後ろ姿は、少し前に会ったノアくんそのもので。
僕はボロボロと涙を零した。
「男のくせに、幼女に守られて喜んでいるのですか?もしかしてそういう性癖でもお持ちで?」
「......っ!」
精一杯文句を言おうとしても、肺が潰れて声が出ない。
「聞こえませんね。マスターなら、肺に肋骨が刺さっても叫ぶのはやめませんよ?」
「ぼ......くは、きみの...マスター......じゃない。」
「当然です。ボクのマスターはそんな醜態を晒しません。」
「ノアくん......には、勝てない......」
「勝る道理がありません。」
ニィッと吊りあがった笑みを見て、不思議な感覚を覚える。
全身が熱い。
「みあちゃん、さがって。」
「でも、おにいさん!」
「ぼくは......ノアくんに、報いる。」
「できませんよ。体は虚弱で、心も脆弱。そんなアナタを必要とされるほど、マスターは悪趣味ではありませんので。」
「知るか......」
「はい?」
僕の呟きに、ドラコーンが聞き返す。
その顔はより一層ニヤニヤとしており、苛立ちを加速させた。
「知った、ことか。僕は、ノアくんに報いたい。殺してしまった事も、助けてもらった事も、全てを含めて、彼の役に......!」
『MWMWMWMWMWMWMWMWMWMW』
全身が光に包まれる。
見た事の無いジグザグのオーラに、全身が綺麗に浄化される様な感覚を味わい。
そして、身体と精神を抑えつけていた重たい感覚が、水で流した様にドロドロと溶けていく。
『莫大な覚醒エネルギーを獲得。レベルが899上がりました。』
インフレした数字が脳裏に響く。
「がっ」
喉が熱を帯び、溜まっていた血が一気に口から吐き出される。
折れた骨は自力で元の場所に戻り、勝手に繋がる。
筋繊維は再生し、少し筋張った太い形状に変化する。
「現状、カンスト。レベル999?」
ははっと口から乾いた笑みがこぼれる。
今時こんな数字、下手な小説家でも書くのを戸惑う。
全部のステータスが軒並み『9999』で統一されている。
「ドラコーンさん。」
「はい。」
「今の僕のステータス、全部9999なんだけど、これって強い?」
「平均的に見れば、かなり強い方でしょう。しかし、僕のステータスはHPと敏捷が五桁、筋力と忍耐は六桁です。マスターの様に、ステータスが上の相手と戦う術を持っていないなら、勝てる相手ではありません。」
絶望的な差を聞いて、僕はすこしだけ笑った。
そうか。と、それを聞いてすこしホッとした。
「ノアくんは当然、君よりも強いんだね?」
「ええ、マスターはボクよりも強いうえ、ステータスもバランスの良い素晴らしいお方です。」
べた褒めだ。
だからこそ僕は希望を持てる。
僕の終着点はここじゃないらしい。
僕は、いつかノアくんの隣に立てる。
立ってみせる。
「っぉぉおおお!!!」
拳を握りしめ、ドラコーンを殴りに行く。
「マスターのモノマネをするには実力が不足すぎます。一から出直しなさい。」
そう言われて顎を駆け抜けた衝撃に、僕は意識を手放した。
「今の、動きは見えた。」
「そうですか。それで、それがどうしました?」
「......」
「気絶しましたか。」
ドラコーンさんの遠ざかる足音と、ブラドラさんとミアちゃんの駆け寄ってくる足音を聞きながら、僕の心は満足感に満たされていた。
......見えた。次は避けてみせる。
いつか絶対に、僕はノアくんの隣に立てる。
きっとこの『レベルシステム』は、もっともっと先がある。
ふふ、ふふふ。
楽しみだ。