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湖から出てきた筋肉ゴブリン、仮称ゴブリン・キング。略称キングと俺は殴り合う。
太い腕からは想像もつかない様な光速ジャブを放つ上に、ステップの取り方が絶妙で、近付くっことができない。
紙一重で避けるのがやっとな猛攻ではあるが、避けられないわけではない。
「当た、れや!」
「連技『旋風』」
扇の舞の様に、拳を撫でつけ避ける。
触れた拳は、その距離感と手応えとの違和感によって、僅かながら肘にダメージを残す。
「連技『番崩』」
更には、伸びきった肘を軽く押すことで、更なるダメージを与える。
キングはその違和感に気付かない。
はぁ、俺にもっと力があれば、もっと豪快で派手な方法で倒せたんだろうけど。
『並行』での処理を行わないと、こんな無茶な状況で戦えやしない。
「連技『千脆万落』」
蒸気が如き滑らかさ。
回転による推進力の受け流し。
こいつの攻撃は、一切俺にダメージを与えない。
「ぐうううう!!!気持ち、悪い!」
痺れを切らせて、キングは大きな歩幅で、上体を低くしてタックルを仕掛けてくる。
が、それは悪手だ。
「『魔力砲』!!」
湖がバックにあるため、構わず『魔力砲』を撃てる。
普通の魔力と違い、貫通性が高い『魔力砲』は、光と同じ様な性質らしく、水に入ったら勝手に分散される。
どういう原理なのかは知らない。
「がああああ!!死ねえええええ!!」
「んん!!?」
なんと、全身に魔力を纏ったらしいキングは、そのままタックルを続行。
ほぼ無傷の状態で、俺は腰を掴まれる。
「まずっ―――」
「GGGGGAAAAARRRRUUUUAAA!!!!」
間近の咆哮に耳がイカれ、分厚い筋肉が俺の動きを阻む。
体重の軽い俺は、そのまま簡単に持ち上げられ、ジャーマン・スープレックスの様に頭から一回転―――。
「『魔力砲』!」
地面に絶妙な大きさの穴を開ける。
それによって、俺の体だけが衝撃を逃れて溝の中へ、キングは肩が溝にぶち当たり、その反動から手を離した。
「っぶねええ!!!」
大きな声で、死にかけた恐怖を掻き消す。
ここで怯めば、待っているのは死のみ。
「パルエラ!【称号】を解放―――」
『それは認めない』
【称号】による強化を求め、声を上げると、パルエラやマキ達とは違う、機械的な音声が聞こえ、俺の視界は暗転した。
「なっ―――」
◇◆◇
そこは、見覚えのある黒い空間だった。
とはいえ、俺は恐らくそれを見てはいない。
『情けない。あれだけの啖呵を切っておきながら、ピンチになってはそうやってズルをするつもりかい?』
「......」
『そりゃ、【称号】を解放して、一気に倍率強化をすれば、そりゃゴブリン・キングなんて瞬殺できるだろうさ。でもね、そんなご都合主義が許されると思う?』
「......」
『覚醒して強敵をブッ倒す。カッコいいよね?隠れた力が目覚めて、敵を瞬殺する。痺れるよね?真の力?選ばれし者?ハハッ、憧れるゥ。』
分かってる。
コイツは俺をからかって遊んでいるだけだ。
俺を怒らせて、【称号】を解放せずにキングを倒すように促すつもりなのだろう。
それはそれでありきたりな展開だ。
俺としても、そうできればそうしたい。
努力とか根性とか、そういう効率的じゃない言葉も、実は好きだし。
「チッ、癪だが、イライラするが、それでもやっぱり、俺には力が足りない。あのキングのステータスは、軽く俺の10倍はあった。」
『そんな事が正当な理由かねぇ。ほら、彼。君の記憶にあるレオン君。彼は君とのステータス差が1000倍あっても、一切怯まず、対等に戦ったじゃないか。』
「それは例外―――っ!!!くっそがぁああああああ!!!!!」
『っ!?さ、最近の子は情緒不安定みたいだね......』
俺が、この俺が、今なんて言おうとした?
『それは例外だから仕方ない』?
ふざけるなよ。
「カロル、今すぐ俺を現実に戻せ。あのクソキングをぶっ潰す。」
『え?う、うん。分かったよ。』
あっさりとそれを了承したカロルは、指と思しき部分をパチンと鳴らす。
それと同時に、暗い筈の視界が徐々に狭まって行き。
現実へ帰還する。