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薄まった『魔力膜』を突き破り、一匹のゴブリンが飛び出してくる。
その姿は、ゴブリンらしさを欠いた筋肉質で、ボディビルダー顔負けの高密度な筋肉が躍動していた。
「BARRRR。オレ、を、倒す、には、時間が、短かった、らしいな。」
「お前がゴブリンの親玉か。ちょっと邪道な方法で倒したつもりだったが、そう甘くは無いか。」
水に濡れたゴブリンは、ボクサーの様な構えの後、ジャブを3発打って来た。
「知能高め、戦闘力高めか。」
「ぶっ殺し、てやる!」
少し間が空き、スマートさは無いものの魔物が喋る。
知能という点では相当高度な魔物だろう。
少なくとも、八歳児が相手できる魔物じゃない。
だが、それでも
「勝たなきゃ駄目な理由がありすぎる。」
魔力を両腕に込める。
この世界でたった一人。俺にだけできる戦闘方法。
だって、拳で闘うなんて、そんな馬鹿俺くらいだろ。
「案山子になって貰うぞ!ゴブリン!」
「GURRRAA!!!ぶっ、殺してやる!」
俺とゴブリンの拳が交差する。
◇◆◇
時間は若干遡り、ポストルが東奔西走していた時。
『分身』がノアの両親を家へと案内していた頃。
「大丈夫か!?」
家を守っていたキクスは、駆け寄ってくる二人を見て、そう叫んだ。
見るからに重傷の二人。
応急処置の跡は魔力から感知できるものの、血まみれの体は明らかに満身創痍。
母親の方はそこまで無かった物の、父親の方は死に掛けといって過言ではない。
ここまで走って来れたのが奇跡だった。
「キクスは父を、母、アスタを抱えてくれ。街まで逃げるぞ。」
「ノア?あなた、その呼び方......」
「今はそんな事を気にするな。ゴブリン達がこっちまで来てしまった時の事を考えて、できるだけ遠くへ行かないと。」
『分身』と流れるように入れ替わり、見た目も完璧に同じ筈なのに、それを見抜いたノアの母。
だが、今はそんな事関係無いと喝を入れられ、部屋から寝惚けているアスタを連れ出す。
「なに、アレ......」
「ああ、アレがノアの実力。アンタらの息子の力だ。」
森の上空、大きな半透明の球体が出現し、高速回転から徐々に薄く広がる。
ノアの『魔力膜』だ。
「あの子の、魔法?」
「そうだ。【固有】でも【特殊】でも無い、ただの魔力の塊、それが【無】属性だ。」
「【無】属性......」
ノアの母は、自身の息子の話をそこまで信じていなかった。
理由は簡単、【無】属性なんて知らないからだ。
キクスがホムンクルスという話も、アスタに魔法を教えているという話も。
もっと遡れば、商業ギルドのギルマスと、商談を成立させたという話も信じていなかった。
が、愛していないかと言えばそうではない。
むしろ、愛しているが故に、自分の息子の悲しい姿を直視できなかった。
剣術に関しての才能はあったらしいが、魔武両道を求められる学園で、それがどれだけ通用するか。
ずっと強がって、どうにか取り繕っている振る舞いを見る度、心が泣きそうになった。
自分が、自分達がちゃんと、向きあい方を教えるべきだったと後悔していた。
特に、上と下にあんな天才がいたのも問題だった。
最初にイキシアとノアが模擬戦をした時も、遠くからヒヤヒヤしながら見守った。
それよりもずっと前から、ハクとノアが遊んでいる時も、母の目からは過度なイジメに見えていた。
努力をしているノア。
その姿は常に、母を罪悪感に苛ませていた。
「俺はノアの『分身』だが、完全自律型だから、この会話はノアに聞こえていない。アイツは連日的に襲い掛かってくるゴブリンや盗賊を一人で倒し続けては、それを隠していた。」
「なぜそんな―――」
なぜそんな事を、と聞く前に、答えに辿りつく。
そう、『信じない』からだ。
きっと、森の中で、『分身』がノアの代わりになる前に、ゴブリンを倒してくると言ってしまえば、自分は絶対にノアを行かせなかった。
危険だから、何もできないと思ったから。
それよりも、ゴブリン達が襲撃してきたと言われても、多分信じない。
呑気に生活して、今日の誘拐が更に容易で早まるだけだった。
「うっ、くぅ......」
泣いた。
自分の情けなさ。
親として、子供の事をちゃんと見られなかった事を憂う。
「泣いている暇はない。アイツの攻撃でも討ち残しはいる筈だ。その前に逃げる。」
息子に似た『分身』に、そう一喝され、抱きかかえたアスタを更に強く抱きしめる。
不安と嫌な予感が拭えない。
もし、もしもノアが無事に帰ってくるなら。
ノアの魔法を披露してほしい。
今度こそは、ちゃんと褒めるから......!