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両親の帰りが遅い。
いつも通りなら、帰って来ている時間帯。
今が多少夕暮れの遅い時期だとしても、遅すぎる。
「『分身』」
五十体に増えた、弱体操作型の『分身』を森に放つ。
ついでに、キクスには家で寝ているアスタを警護するよう頼み、ポストルは俺本体について貰う。
自律型の分身を数体作り、魔力を集めてホムンクルスを作ってもらう。
今回は、魔力を限界まで詰め込む様な、完全版ではなく、『ゴブリンズ』よりもコストを下げた、超簡易版を創り出す。
時間は短縮されるが、かなり知能が低く、言葉を理解できるかも怪しいが、数の暴力に訴えるなら、これが一番丁度良い。
『HIT!』
「ポストル、ゴブリンの巣を発見した。街へひとっ走りして報告して来てくれ。」
「了解ッス。」
ポストルを横目で見送り、そのまま森へ駆け出す。
普段であれば、別々の仕事をしている筈の両親が、何故か同じ場所で発見された。
『分身』の視界情報から察するに、母を庇った父が重傷を負っているらしい。
走る速度を上げて、その場へと直行する。
あまり、焦るとか怒るとかはしたくない。
レオナ女医はかなり舐めくさった考えだったから。ハクとの戦いは、武道家としての誇りを傷付けられたから怒ったけど、やっぱりちょっと反省する事も多かったし。
クールが格好いいというお年頃でもないのだが、それでも、焦ったらミスが多くなるし、怒れば行動は大雑把になる。
だからこういう時、反省が変に生かされて。
「絶対に許さねェぞ。」
俺は静かにキレるのだ。
◇◆◇
同時刻、ノア家より離れた町の中。商業ギルドにて。
「連日襲撃をしてきたゴブリンと盗賊、そのゴブリンの方が、ノアさんのご両親を誘拐したらしいッス。場合によっては街への襲撃が懸念されるため、急遽迎撃態勢を整えてほしいとの事ッス。」
「そ、それは大変なのだが、何故商業ギルドに?」
「商業ギルドはこの街では冒険者ギルドよりも発言力があります。そのため、あなたの力があれば街全体を動かせるとノアさんは踏んでいます。」
ポストルの説得を受けたギルマスは、少しの間逡巡し、ノアに頼られたという事を反芻した後。
「各兵舎に連絡し、戦闘態勢を整えろ。夜間戦闘になる可能性も高いため、ランプや街灯の状態を確認しておけ。近隣住民には、絶対に家から出ない様に注意し、できるだけ出入り口にバリケードを張る様に言って回れ。」
「良いのですか!?そこの人?がノアくんのホムンクルスだというのは分かっていますが、確証の無い事をそんなにあっさりと。」
「何かあってからでは遅い。もしも何も無かったとしたら、緊急の災害訓練だと言っておいてくれ。もしそれで駄目なら、私が辞職しよう。」
軽々しくそう言ったが、ギルマスという地位はそう簡単に手放せる様な物ではない。
地方の一ギルドマスターだとしても、系統に応じた一流が必要となる。
少なくとも、この街のギルマスに関しては、武も知も兼ね備えているが、顔のせいで都を任されなかっただけというスーパーウーマンなので、ギルドの都本部は辞職を良しとしない。
場合によっては、ノアに全ての責任を負わせ、良くて罰金、悪くて投獄の刑罰に処すだろう。
とはいえ、これはゴブリン達の襲撃が無かった場合のみ。
今回はマジでガチな襲撃なので、余程の偶然や陰謀が無い限り、ノアが虚偽申告として罰せられる事は無い。
余程の陰謀が無い限り。
「では、自分はノアさんの元へ帰るッス。誰か一人程度なら持って行けるッスけど、心当たりはありますか?」
「いや、無い。ノアの実力が如何ほどかは知らないが、少なくとも彼より強い者は、この街に居ない。」
いたとしても、就職勧誘中の魔王軍の分体だけだ。
そして、彼は絶対に協力しない。
するのなら、街全体を魔王軍の支配下にすることを条件にするはずだろう。
実はそこまで知っていたギルマスは、『居ない』と答える。
ちなみに、実家帰りがけにあったA級の彼らは、もう都へと帰還している。
今はまだ道中だろうが、それを追いかけられる様な速馬はいない。
確証が無いのと、実体が見えていないため、そこまで緊張感が無いものの、実質的にはかなりの大ピンチ。
通常通りであれば、後世の歴史家が、『この街は十分な調査もせず、呑気していたため滅んだ』と言ってしまう様なレベルで警戒と襲撃が釣り合っていないのだ。
まあ、通常通りとか、頭痛が痛いみたいな話なんだけど。