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(8)ブルートレイン

 神社からマギーの所に戻ると、ナナモはすぐに今朝の出来事について謝った。それは、ナナモがマギーに逆らって自らの意志を貫き通したことではなく、マギーに黙っていた幾つかのことに対してだった。しかし、まるで今朝のことをすっかり忘れているかのように上機嫌なマギーがいる。ナナモがいくら話しかけても何も答えない。いや、ひよっとすると、わざと聞こえないフリをしているのかもしれない。終始にこやかに、それでもナナモの方をちらちらと見ながら、日本に来たときに持ってきた、大きなキャリーバックに何やら詰め込んでいる。ナナモが何を入れているの、と聞いても、その時だけは、邪魔だねと、全く相手にしてくれなかった。

「さあ、出来たよ」と、マギーはパチンと音を立ててそのケースを閉じると、出発までまだ時間があるからと、純和風な食事を、ここに始めてきた時のように作ってくれた。そう言えば朝からナナモは何も食べていない。グルルーというお腹の音が聞こえる。ナナモは疲れていてあの時の味を全く覚えていないが、今改めて味わってみると、おばに比べれば随分と薄味だが、ナナモにとって懐かしい出汁の旨みがしみ込んでいる。きっとそれは味覚ではなく、かすかな思い出のような感覚なのだろう。具体的なことは出てこないが、 ナナモにとってとても心地よい時間だった。

「風呂に入ってきれいに体を洗いな。シャワーだけじゃだめだよ。ちゃんと湯船に浸かるんだよ」

 ナナモがアヤベから聞いたことを話そうとしたら、反対にマギーが命じてきた。

 マギーにはもう逆らえない。だからナナモは黙って従った。しかし、湯船には入ったが、すぐに上がってきて、常温のシャワーを頭からかぶった。まるで冷水のような感覚だったが、身体がピンと立ったようで心が清らかになった。

 マギーが用意してくれていた下着は、真っ白で新しかった。

「これが切符だよ」

 なぜ、ナナモが列車に乗るのをマギーが知っているのかわからなかったが、もうそういう時間になっていたんだと、ロンドンを出発する時のおじとおばの姿が思い出された。マギーも東京駅まで見送ってくれるんだろうと思ったが、「一人で東京駅には行けるね」と、にべもなかった。

 高層ビルの隙間から背の低い青空に積乱雲がとぐろを巻いた大蛇のように居座っている。その空下で、東京駅がうねりを打ちながら移動する多くの人を飲み込んでいた。ナナモは地下鉄経由でここに着いたのだが、体からびっしりと汗が湧き出ていて、衣服にまとわりつくいやらしい感覚に苛まれていた。

 午後六時になれば臨時の寝台特急が出発するという。でも、本当なのだろうか?と、一応スマホで調べてみたが、臨時列車が出発するとは、やはり出てこなかった。それにアヤベは、その寝台特急は一面ブルーの色をしていると言っていた。しかし、ブルートレインとして日本中を走り回っていた寝台列車はもはやないはずだ。なのにプラットホームでブルートレインを目にするという。だから臨時列車と言ったのだろうか?ナナモはもう一度スマホを握り占める。スマホですべて検索できるとは限らない。国際相撲大会も出ていなかったからだ。もしかしたらナナモのスマホだけかもしれない。その怪しさはぷんぷんする。ナナモは指先を動かす前に、そう言えばと、リュックから切符を取り出してみた。マギーからもらった封筒の中には、切符が三枚入っていた。

 少し厚みがあり、片側に磁気を潜ませている、やや青みがかった名刺大の長方形の切符には、乗車券、特急券、寝台券とともに「杵築」と、印刷されている。しかし、ナナモはこの漢字が読めない。漢字検索のアプリも入れていない。「杵築」は、ナナモが降りる駅名なのだろうか?。ナナモはしばらくピクリとも動けなくなっていた。

「早く行かないと乗り遅れますよ。誰かに邪魔される前に急ぐのです」

 どこからか声が聞こえてくる。アヤベの声のように思えた。そう言えば、あの時邪魔したのはアヤベさんだったじゃないですかと、懐かしさが妙に心に響いた。確か八番ホームだったなと、もやもやが吹き飛んでいき、却って落ち着くことができたが、なぜかきょろきょろと周囲を注意しながら自動改札機に切符を入れた。階段を上がろうとすると、確かに真っ青な車両が垣間見えた。もはや出発の時間が迫っている。しかし、まだ発車のベルは鳴っていない。

 突然雷鳴が轟き、豪雨が降り注いできた。それまでナナモの鼓膜を執拗にこすりつけていた雑踏や電車の音をすべてかき消し、暗闇に包まれた。ひよっとして停電?と思ったが、東京駅という日本を代表するこの大都会の駅ではすぐに復旧するだろうと、あまり気にも留めなかった。しかし、ナナモがプラットホームにたどり着いた時にはまだ復旧していなかった。時計の秒針も動かない。行先も表示されない。アナウンスもない。八番ホームには確かにブルートレインが先ほどから止まっている。ナナモは自分の時計を見た。あと、数分で発車する。でも停電だったら発車できないはずだ。せめて何か行先のヒントを知ってから乗り込みたい。今度は誰にも邪魔されないはずだ。しかし、ナナモ以外の乗客は次々と急ぎながらこの列車に乗り込んで行く。もう一分、もう一分と最後の三十秒になったところで、ナナモは仕方なく乗り込んだ。その瞬間にプラットホームには電灯がともり、列車のドアがしまり、発車ベルとともに、ゆっくりとブルートレインは動き始めた。

 ナナモはもう少しで乗り遅れるところだった。それも、誰かに邪魔されたわけではなかった。自分がするべきことは自分で決めなくてはならない。ナナモは改めて思った。

 寝台券には一号車Aー7と書かれてある。進行方向の先頭車両が一号車だと思ったので、前方に向かってゆっくりと進んで行ったが、途中で一号車は最後尾だということに気が付いて踵を返した。何人かの乗客とすれ違ったが、子供もいて、ナナモだけの特別列車だとは思えなかった。

 Aー7と書かれた扉の前で、もう一度切符を確認する。そして大きく深呼吸してから扉を開けた。

 客室は思ったより広い。幅は十分とは言えないが、ナナモでも身を縮ませなくともよい長さのベッドと、クラシックなカーテン窓の前には、少し狭いがノートパソコンが置けるくらいの机と椅子がある。その机の上には、部屋の説明書のようなものがあり、驚いたのは、この部屋はホテル並みとは言わないまでも、洗面所にトイレ、そしてシャワーが備え付けられていた。

 ナナモはキャリーバックを部屋の端に置き、ベッドの上にリュックを置くと、椅子に腰かけた、大きな窓ガラスからは、東京のビル群が走り去り、その隙間から夕陽が次々に射しこんでくる。やはり西に向かっているんだと、ナナモは眩しくはあったが、しばらく外の景色に見入っていた。

 列車が走り始めてしばらくすると、少し甲高い電子音のメロディーに続いて、車内放送が始まった。これで、この列車の行き先がわかるはずだと思ったが、そのアナウンスは不思議なものだった。

「臨時寝台特急ブルートレインのロイヤルA寝台にこの度は御乗車いただきありがとうございます。この列車に御乗車されたということは、貴殿がある意志をもたれたことと御理解します。貴殿は奇しくも選ばれた人物なのです。したがって、これからは特殊な世界に誘われることになります。しかし、まったくの異次元の世界に行くのではありません。強いて言えば、現実と現実でない世界の狭間に存在することになるのです。しかし、それはいつもとは限りません。突然そうなったり、突然そうならなかったりするかもしれません。慌てて混乱しないでください。この列車には一般の乗客も乗車しています。これから貴殿に見えて一般の人には見えないことや、一般の人に見えて貴殿には見えない世界が訪れます。しかし、なんら不都合はありませんし、周囲の人にも気付かれません。追って車掌が各号車に参ります。お手数ですが切符を拝見させていただきますので、ご用意ください。それではよい旅を御過ごしください」

 また、同じような電子音がなる。

 やっぱり、行き先はわからないのかと、想像はしていたが、ナナモは少しがっかりした。あのアナウンスからするとここは別世界ではない。確かに列車の振動音も聞こえてくるし、窓から見える東京の風景に変化はない。「杵築」とは切符に書いてあったが、間違いなく日本のどこかに向かっている。

 ナナモはキャリーバックを開けようとすると、ドアがノックされた。車掌ですけれども切符を拝見しに来ましたと、聞こえてくる。ナナモはひよっとしたらアヤベが来たのではないかと、いそいそとドアを開けたが、よく見かける紺の乗務員服と帽子を身に着けた、アヤベよりも年配であったが、きりっとした容貌の車掌だった。

 ナナモは切符を見せる。車掌はその切符に何ら違和感を覚えず、確認印を押すとナナモに返した。どうもと帽子を脱ぎ、その場から立ち去るのかと思ったが、食堂車で六時半から夕食です。席は決まっておりますが、お時間はいかがですかと、説明され、「ハイ」と、答えると、メモ用紙に何か書き留めていた。ナナモが黙っていると、それではと、その場を立ち去って行こうとしたので、慌ててナナモはこの列車の行き先を聞いた。車掌は怪訝な顔をしたが、おおきな口を開けてその行き先をナナモに告げた。いや。告げているのだろう。しかし、そこだけは音が消えている。そういうことかと、もう一度聞き直すこともなく、ありがとうございますと、言うしかなかった。

 二人掛けのテーブルに一人で夕食をとる。コース料理となっていてなかなか豪華そうだ。しかし、ナナモには全く味はしない。いや正確にいうと、おいしいはずなのにそう感じられないというべきかもしれない。それになぜか肉料理が見当たらない。それでも、周囲にも乗客がいて、笑い声や寝台列車の旅について会話しているようで、その楽しさが現実の声として聞こえてくる。見渡すと一人で食事をしているのはナナモだけだ。これは現実なのかそうでないのか、あのアナウンスを思い出す。給仕をしてくれるウェイターに尋ねても、先ほどと同じことかもと、しいてお腹がすいていていたわけではなかったが、確かに胃袋は満たされている。

 ナナモはごちそうまでしたと、わざと大きな声で言ってみたが、特に周囲の乗客の反応が変わるわけではなかった。

 いそいそと自分の客室に戻ると、もはや部屋は薄暗くなっていた。室内灯を付けると、きれいに装飾された部屋の輪郭がはっきりした。

 今度こそスーツケースを開けようと思っていたら、横倒しになっているスーツケースの上に、封筒サイズの幾重かに折り重ねられたみくじ箋のような和紙が置かれていた。糊付けされているので、その端をゆっくりとはがして拡げっていったが、何も書かれていない。ナナモがそれでもその和紙を見つめていると、声が聞こえてくる。

「これはカミの託宣です。したがって、文字として見ることは出来ません。けれど、きっとそれは文字と同じように、あなたの心に刻みこまれることになるはずです。

 さて、これから夏期講習に対する説明会が、最後尾奥にあるロイヤルスイートAー1号室で行われます。この説明会は大変重要です。しかし、この説明会を受ける前にしていただかなければならないことがあります。まず、スーツケースを開けてください。あなたのおばあさまが、あなたのために準備していただいたものです。すべて真新しく買いそろえていただいたものです。ただし、これと言って目新しいものはありません。けれど、一度使用したものをこの中に戻すことは決して出来ません。もしそうすれば、このスーツケースは二度と使えなくなります。でも、一度使用したものはどうするんでしょう?ひよっとして捨ててしまうのではないのだろうかと、ご心配なさることはありません。その中には巾着型になって担げる布袋が入っています。その袋にすべて入れてください。スーツケースの中に、また戻しておきます。

 では、続きを話します。これからあなたはスーツケースを開けて、まず、歯ブラシとコップを取り出して洗面台で歯を磨いて下さい。そうそう、衣服だけではありませんから、使用したものはすべてですから。いいですか?その歯ブラシも、今着ている服もですよ。その後に、スーツケースの中から、下着と足袋と作務衣とバスタオルを取り出してください。すべてまっ白です。作務衣は柔道の道着のようですが、手首と足首の所が閉まるようになっています。あなたは丸裸になって、着ていたものは先ほど言いましたが、巾着袋にすべて入れ、バスタオルを持ってシャワー室に行ってください。温水は出ますが、必ず、常温水で使用してください。この時期なら風邪などひきません。頭からかぶり、そして、目をつぶり、手を合わせてから自分の名前を一回だけ言ってください。そうしたら、シャワーを止め、身体を拭き、先ほど出した衣服を着ていってください。そして、客室内にある。ドライヤーで髪の毛をきちんと乾かしてください。ただし、ブラシを使ってはいけません。自分の手でさっと乾かすのです。よろしいですか?さあ始めましょう」

 ナナモはその手紙を机の上に置き、スーツケースを開けた。すると、その手紙は一瞬ぼっと炎を上げると、跡形もなく消えてしまった。

 言われた通りにしていく、特に変わったことも起こらないし、作務衣は少し厚めの生地であったが、とても柔らかく、案外ゆったりしていて動きやすそうだった。髪の毛をドライヤーで乾かしていると、机の上にペットボトルが置かれているのに気が付いた。丁度、喉が渇いたので、そのペットボトルを取り上げて蓋を開けようとすると、また、あの声が聞こえてきた。

「巾着袋の中に歯ブラシを入れるのを忘れていませんか?」 

 ナナモは体がビクッとして静止した。ここには隠しカメラが潜んでいるのかとあたりを見渡したが、この寝台特急自体が現実ではないのかもしれないのだと思うと、それも当たり前なのかと観念した。

 ナナモは言われた通り、すべて使用したものを巾着袋の中に入れて、部屋の隅に置いた。これでいいだろうと、やはり喉が渇いていたので、もう一度ペットボトルをつかもうとすると、ナナモの行動を一つ一つ確認するような間で、もう一度声がした。

「その水は今は飲めません。後で飲んでください。喉が渇いているのでしょうが、心配いりません。この部屋から出ると喉が渇くことはありません。ただしペットボトルは必ず持参してください。ここからは誰とも会いません。だからひっそりと隠れながらではなく堂々とAー1号室に来てください。部屋に入るには、これまであなたが参拝されていた神社と同様に儀式が必要です。参拝の手順はもうきちんと身につかれていると思います。まず一礼し、扉を開けてください。そして手水舎で手を洗う。この時にペットボトルの水が必要です。この水はわざわざカミが汲んできた水です。だから大変尊いのです。ペットボトルを大きな亀の中に少し注ぐと、水がそれだけで十分満たされます。手口を清め、一礼し、そして二拍手します。自分の名前を告げ、夏期講習を受ける許しを願ってください。そうすると目の前になにかが開けてくるはずです。そうしたらその導きに従うのです」

 ナナモは客室の扉前に置かれていた草履を履くと部屋から出て行った。言われた通りのことを緊張することなく自然な所作で出来た。心のどこかで、この奇妙な世界をどうしても認められないナナモと、認めようとするナナモがいた。この摩訶不思議な光景は、それでもナナモの身も心も清らかにする。余計な邪念は昇華され、スーッと体から力が抜けて、心地よく別世界へと昇天するような厳かさを兼ね備えていた。

「ジェームズ・ナナモです。私に継承者としての導きを与えてください」

 ナナモが念ずると、開始のチャイムではなく、鈴の音がする。すると、どこからか真っ白な冠をかぶった、まるでこれから何かの神事を行う神職のように羽織、袴の男性が現れた。無言でナナモの前に立つと軽く一礼し、おはらいをする。ナナモは顔を上げられない。しかし、ナナモの意志は無言ではない、だから、ゆっくりと顔を上げ、その人物を確認しようとする。

 神社のような光景は、一瞬にして消え、東京で受けていた夏期講習の教室にいた。黒板があり、最前列に座っているが、誰もいない。ナナモはマギーの家を出たときの服装に戻っている。確かに洗い立てにきちんとアイロンがかけられている。

「やっとゆっくりとお話しをする時が来ましたね」

 黒板の前にはスーツ姿のアヤベが立っていた。アヤベが先生なの?、でもアヤベはコトシロだと言っていた。

「アヤベさんが説明をされるんですか?」

 ナナモは正直に尋ねた。

「ナナモさんは、まだカミの声を聞きとることが出来ないのです。だからコトシロである私が、これからの人生に対する道標をまず行うのです」

「人生の道標?」

「そうです。人生には選択が必要です。選択は自分で行わなければなりません。そのために必要な道標です」

「でも、僕は継承者だって・・・」

「継承者だとしても、それを受け入れるかどうかは、ナナモさんが決めることなのです」

「僕が決めてもいいの?」

「もちろんです」

 ナナモはじっとアヤベの顔を見ていた。その表情からは嘘が一つも出ていない。

「では、夏期講習に対する説明を始めます」

 ナナモはあれほど窮屈で、孤独だったあの東京での夏期講習を思い出していた。それが今は誰もいない。あのときよりも閑散としただだっ広い空間が、余計にナナモを寂しくさせる。

「私語は慎むように」

 アヤベはナナモを窘めたが、むろん、ナナモは声を出していない。

「どうして、僕一人なんですか?」

 ナナモはついそう聞いていた。

「何を言っておられるのですか、ここには他にも継承者となるべき人がいるのですよ。まだ夏期講習を受けるという選択をしていないので見えないだけです」

 ナナモはアヤベの言葉を聞いて、本当だろうかと大きく体を後ろに向けた。

「勝手に動かないでくださいよ。ナナモさんの気配を感じたのか、隣の人が気味悪がっています。いいですか、ここは現実と現実でない世界の狭間なのですよ」

「アヤベさんは両方の世界が見えるんですか?」

「私は継承者ではないので狭間の世界にとどまることが出来ませんが、カミの代わりに目となり耳となり口となることは出来ます。そうして私をあなたは見ているだけなのです」

 ナナモはあまりアヤベの言うことが理解できなかった。だったらロンドンでの出来事も現実ではないことになる。しかし、そうだとはどうしても思えない。仮にここが現実でない世界、いや狭間の世界であったってもいい。だったら、なぜわざわざ同じような広い教室で行う必要があるのだろうか。

「昔は継承者となるべき人がたくさんいたのでこの教室もあふれんばかりだったのですが、今では少なくなってきて数えるほどしかいません」

 ナナモはもう一度後ろを振り向きたかったが、アヤベに先ほど言われたので畏まらざるを得なかった。 

 アヤベは選択する権利があると確かに言っていた。だから授業ではなく説明会なのかもしれない。アヤベはナナモ以外にも誰かいるって言っていたが、でも、ナナモは自分の客室に移るまで、乗客を見てきたが、家族連れや恋人同士の人が多く乗っていたみたいで、ナナモのような学生は一人もいなかったような気がする。

「そりゃあ、そうです。見えなかったのですから。でも、客室は他にもあったでしょう」

 確かにアヤベの言う通りだ。ナナモは自分が見えたものだけが全てだと勝手に思い込んでいた。

「いいですか、思い込みですべてのことを判断してはいけませんよ」

「アヤベさん。さっきから僕の心を読んでいるように思うんですが・・・」

「読めませんよ。何度も言いますが私はコトシロなのです。カミの宣託を伝えているだけなのです」

 ナナモは本当なのだろうかと思ったが、すぐにそう思うことを止めた。カミはすべてをお見通しなのだ。それなら何も考えないことにしよう。それはそれで窮屈なこともあるが、確かに心が真っ白になり素直に耳を傾けられる。

 ナナモはアヤベを見た。今度は何も言わなかった。

「わからないことがあれば質問していただいて結構です」

 質問しなくてもわかるんじゃないの?と、ナナモは思ったが、すぐにその邪念を打ち消した。

「始める前にお聞きしてもいいですか、アヤベさん」

「私が答えられることでしたら」

「アヤベさんはカミの言葉を私に伝えると言いましたよね。そしてここには僕以外の人もいてその説明を聞こうとしているんですよね。でもさっきからアヤベさんひとりが、僕だけに話してくれているような言い方をされていますが、なぜなんですか?」

「そうですね、それはカミに聞かなくてもお話しできます」

 アヤベは言葉を続けた。

「ここには継承者となり得る人たちが何人か来ていますが、それぞれのコトシロがいるのです。だから、マンツーマンのようになるのです」

「僕は王の継承者だと言われましたよね。いったい誰の継承者なのです?カミと関係あるんですか?」

「そうですね。そこが知りたいのですね。わかりました。では、続きを始めましょう」



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