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(14)ヒラサカの謎

 ナナモはヤソナが居るはずがないとは思ったが、まっすぐ図書館へ行った。

「あっ」

 ナナモは勢いよく入って行ったので、扉を開ける時に大きな音がした。きっと昼間ならその音は周囲に飛び散ったか、反対に周囲からの音に相殺されたのだろうが、この閉鎖された空間とこの時間はその音を増幅させるだけだった。

 図書館にはナナモをにらんでいるキョウコとカリンがいた。だからナナモはヤソナのことを忘れるほど驚いた。

「何してるの?」

 ナナモはもはや自分が何を話しているのかわからない。

「勉強に決まっているじゃない。それなのにそんな大きな音を出しといて、何してるの?だって、最低ね」

 キョウコはやはりルーシーではない。

「どうしてふたりなの?」

 ナナモの動揺はキョウコの言葉を聞き流している。

「質問ばっかりね」

 カリンが笑いながら言ってくれたので、ナナモは心を落ち着かせることが出来た。

 ナナモは全く知らなかったというか知りようがなかったからなのだが、キョウコとカリンは同部屋だった。はじめはお互い気まずい日々を過ごしていた。それが、あることがきっかけで急にお互いの距離が縮まったらしい。講義が終わり、部屋へ帰り、お互いが勉強をし始める。しかし、しばらくして何となく目が合えばついおしゃべりしたくなる。そんな日々が続いたある日、互いがなんとなくの阿吽で、これじゃだめだねと言って、ここへきて勉強するようになったのだという。図書館だから誰かが不定期に出入りする。最初はそのことが気になったが、慣れれば苦にならなくなってきた。それに、図書館なら二人きりになっても防波堤になってくれるし、勉強もしないで部屋で居るよりはずいぶんましだからだ。

 ナナモにはキョウコはルーシーに見えるし、カリンは東京での夏期講習で出会ったカリンそのものだ。だから、まさかの気分で、「ふたりって相撲女子じゃないよね」と、聞いてみた。

 二人は似ても似つかないのに双子のように声を揃えて、「どうしてわかったの?」と、驚いていた。

 ナナモはその答えを聞いて、まさかなと、思ったが、まさかだよなと、どこかにいるアヤベに向かってつぶやいていた。

「ところで何か私達に用でもあるの?」

 カリンがナナモに聞いてきた。その言葉は、女性特有の落ち着きのある物言いだったので、やっと本来の目的を思い出した。

「ヤソナを探しているんだ」

「ヤソナ?」

「ああ、僕と同部屋なんだ、あ、忘れていたけど僕はナナモって言うんだ」

 ナナモはカリンではなくキョウコの方に向かって言った。

「知ってるわ」

 キョウコは躊躇せずに答えた。

「どうして?」

まさかあの食堂での一件で、カリンがナナモのことを二人の話題としてくれたのかと期待したが、そうではなかった。

「伝説の継承者だって、そんな噂があったから」

キョウコはカリンに確かめるように言った。

「それって、ヤソナから聞いたの?」

「だからヤソナって?」

 ナナモはヤソナの顔を思い浮かべて二人に説明しようと思った。ナナモにとってはっきりと記憶に形作られている顔だ。でもいざ二人に説明しようとしてもどう説明したらよいのかわからない。ヤソナがいじめに関係していたようには思う。ナナモのそう言う感情が顔の輪郭を何となく創っていたが、実際はどうかわからない。ヤソナはハーフでもないし、オホノのように口髭を蓄えているわけでもない。どこにでもいる青年だ。だから改まって具体的に説明しろと言われても、ナナモは戸惑うばかりだ。

「顔に特徴がないのが特徴なんだ」

 ナナモはそう言った。きっと二人はそれじゃわからないわって口を揃えるだろう。仕方がないと思った。

「そうね。ナナモみたいにハーフではっきりした顔立ちだったらわかるけど、たいていはそうじゃないから。それにナナモに具体的に説明されたって私達が同じように見えるとは限らないから」

 キョウコの言葉にカリンも頷いていた。

「その、ヤ・ソ・ナがどうかしたの?」

 ナナモは二人になぜ自分はハーフとして見られているのだろうと思って、しばし時を止めていたが、カリンが遮るように尋ねて来た。ナナモもすぐに我に返って叫ぶように言った。

「いなくなったんだ」

「いなくなったって?」

「だから、部屋に戻ってこなくなったんだよ」

 二人にそう告げたが、ナナモが最初考えていたように、気晴らしにちょっとだけどっかに行っただけじゃないのとか、二人でいるのが窮屈になってどこかに籠っているんじゃないのとか、二人は言ってきた。

「オホノ先生が直接僕のところに来たんだよ。だからこれはただ事じゃないなって思って」

 ナナモは、ヤソナが以前図書館で勉強しているって言っていたことを、二人に告げた。

「だから、ここに来たの?」

「ああ、そうしたら君たちがいた」

 ナナモは別の意味で驚いたのだが、そのことに触れずに、ここで勉強していたのならヤソナがここで何をしていたか知らないかい?って尋ねた。

「ここは教室みたいに広くはないし、このテーブルにいたら私達の目に入ったと思うんだけど・・・」

「じゃあ、ヤソナはここに来ていなかったの?」

「それはわからないわ。男子がここに来なかったってことはなかったし、ここのテーブルに誰も座っていなかったかというとそんなことはないもの。それに私達もそれなりに勉強していたし、集中すると周りが見えなくなるから」

 カリンは、そうよねと、頷くキョウコの顔を見た。

「でも、そう言えば・・・」

「そう言えば?」

 ナナモはカリンを見ていた。

「そう言えば・・・。でもその男子がヤソナかどうかはわからないけど。時々立ち読みしていた男子がいたように思うわ」

 カリンはキョウコの後ろにある、書棚の方を指さした。

「どうして覚えているの?」

 ナナモはカリンに聞いた。

 カリンは時々この竪穴式住居から、夜、外に出ることがあった。原則夜間の外出は禁止なのだが、だからと言って牢屋のように鍵がかかっているわけではない。

「その時に同じ人が居たように思うの?顔までは確かめられなかったけど、よく似ていたし、確かに男子だったわ」

 ナナモは直感的にヤソナだと思った。

「ヤソナは何をしていたの?」

「星を見ていたわ」

「星?」

「そう。首が痛くならないのかなと思うぐらい星空をずっと見ていたわ」

「何かメモでもしていたのかい?」

「そんなことはなかったわ。手ぶらよ。もちろん望遠鏡もなかったし」

「カリンは話しかけなかったの」

 キョウコが言った。

「星読みは講義でもあるじゃない。勿論まだまだ基本中の基本だけどね。だからもっと知りたいって興味が湧いたって不思議じゃないと思ったの。もしそうだったら邪魔しないほうが良いと思って」

 図書館に来て立ち読みしていたのも、何か星について調べていたのかもしれない。

「でもどうして星だって思ったんだい?」

「私も星を見に外に出ていたからよ」

「えっ、そうだったの?私、知らなかったわ」

 キョウコが言うと、カリンは一瞬躊躇したように見えたが、心に溜まっていたものを吐き出すように話し始めた。

「父に連れられてアフリカに行った時、本当にここで人間が誕生したの?って父に聞いていたわ。でも私達の祖先は、確かにここで生まれ、ここで育ち、そしてここから世界中に旅し出したの。そして、色々なところでいろいろな文化を備えたヒトが誕生していくのよね。でも最初のヒトは、ここで、この星空を見ていたんだって。私が今見ているこの星空と同じ輝きを感じたんだって。でもなぜこんなに美しい星空があるのに、ここにはずっととどまらなかったんだろう。いや、なぜ旅立とうと思ったのだろう。そんなことを考えているととても体が締め付けられるようで、怖くて、一人ぶるぶる震えながら、涙が止まらなくなっていたの」

 二人はカリンを黙って聞いていた

「ここはカミヨの世界を学ぶための第一歩よね。だから本当はそんな風に考えてはいけないと思うんだけど。私達にはもうひとつの現実があって、ヒトとして生活しているわよね。それは避けられないことよね。だから、私、時々無性に星空が見たくなるの」

「その男子もカリンと同じ気持ちだったって思うの?」

 キョウコの問いはカリンを優しく包み込んでいるように思えた。

「ううん、そうは思わなかったわ」

「どうして?」

「私はそういうロマンが好きなだけ。でもあの時の男子からはそういう雰囲気は感じられなかったもの」

「じゃあ、どういう雰囲気だったの」

「雰囲気は全くなかったの。現実があるだけだったの。だから、私は星読みの勉強をしていると思ったの」

 ナナモは二人の会話を聞きながら、ヤソナのことを思い出していた。カリンの言う通り、ヤソナはロマンチストとは思えない。だからと言って現実主義者かと言うと、そうでもないところがある。だからナナモが助けを求めると応じてくれたのだ。しかし、それはヤソナの優しさからだけではないように思う。ヤソナは優しさを押し殺してまでも前に行きたいと思っている節が垣間見える時があるからだ。でも結局前には行かない。ナナモに寄り添ってくれる。

 ナナモはヤソナは心が揺らぐのだと思った。それはきっとナナモに対してだけではないだろう。ナナモが知らない誰かに対して、いや、何かに対してところどころで揺らぐのだと思う。

 ナナモは、カリンが指示していた、ヤソナが立っていたという書棚の所に行ってみた。そして、ヤソナがどの本を探していたのだろうと、食い入るように見つめた。

 書棚には参考書が主で、これと言ってナナモが興味を抱くものがなかった。しかし、それはナナモが思うだけであって、ヤソナにとっては重要な書籍が隠されているのかもしれない。だからもう一度見てみた。今度は注意深く見てみた。

「ねえ、外に出てみない」

 カリンがそう言ってくれなかったら、ここにあるすべての本を取り出し、すべてのページを読み進めていたかもしれない。

 三人は竪穴式住居の建物からゆっくりと外に出た。ナナモは実はここに来てからいままで、夜に建物の外に出たことは一度もなかった。ヤソナと話していて、ここは決して実像を見せない所だと薄々感じていたからだ。カリンは星空のロマンを語ってはくれたが、その星空も、実はカリンの創造に過ぎないのではないかと思ってしまう。勿論カリンには言っていない。カリンの創造はカリンのものだからだ。

 ナナモは上空を見上げた。真っ暗な天空は無数の星たちを従えていた。ナナモが今まで見たどの星空よりも、一粒一粒が大きく輝いていて、そして近かった。もはや三人の中ではもっとも合理主義だと思っていたキョウコさえも、この星空に見入っている。カリンの言う通り、アフリカの大地を照らす子守唄なのかもしれない。

「ナナモはロマンチストなのね」

 カリンの声が聞こえてくる。その声でナナモはハッとする。先ほどカリンが言ったことを思い出す。カリンはナナモが思っているように、この星空が自然なものではないことを知っている。ここは中間の世界だ。だから、あの星々はカミガミであり、オンリョウともいえる。でもあえてそう思わないようにしている。ロマンチストねというカリンの言葉には、そういうものがきっと含まれている。それなのにヤソナはそうならなかった。だからカリンが気になってその姿を覚えていたに違いない。

 ナナモはカリンに引き戻されたのにまた星空に見入っていた。ひよっとしたら星読みの授業の参考のために創られたのかもしれないのに、もう一度夜空をくまなく見上げた。雲間に浮かぶ月明かりがナナモを手招きしている。

 ナナモはヤソナが星々ではなく、あの満月を見ていたのじゃないかと思った。だからか、よく見れば人の顔のようにも見える。ナナモに何か話しかけようとしているようにも思える。ナナモは草木の摩擦音や昆虫の囁きを何とかかき分けながら耳を澄ませた。両手で天空の声を拾おうと思った。確かにあの月はナナモに話したがっているようだが、いくら体を寄せても何も聞こえては来なかった。

 そう言えばコジキにツクヨミの話が出てくる。ツクヨミについては多くは語られていない。だから素通りしがちだ。この世は昼だけでは成り立たない。ツクヨミは夜のカミである。夜もまたままならないものなのだ。

「ヤソナは星じゃなくて月を見ていたのかもしれないね」

 キョウコは星々に見入っていて、ナナモの話を全く聞いていない。カリンはナナモの言葉に耳を傾けてはくれたが、不思議そうにナナモを見ている。

 ナナモはカリンの怪訝な顔を見て、カリンにはこの月が見えていないのだと思った。やはりこの夜空は創られたものかもしれない。

 ナナモはもう一度天空を見上げた。月や星々は相変わらずきれいに輝いていたが、もはやナナモを手招きはしていなかった。

 ナナモは、だったらヤソナには何が見えていたのだろうと考えた。ヤソナはナナモたちが目指しているヒラサカの学校を気にしていた。まさか空中にあるわけはないだろうが、ヤソナはオホクニの社は空中にあると言った。だったらヤソナは社を見ていたのだろうか?でもあの社はオホクニとカミしか行けないはずだ。ヤソナがその場所を知ったとしてもどうすることもできない。

「ねえ、もう戻らない」

 もしかしてヤソナはツクヨミと話していたのだろうか?まだあきらめきれないで月を見ているナナモの口から自然に漏れていた。星空を見上げていた二人はその言葉で正気に戻ったようで、残念というよりもホッとしたような穏やかな表情でナナモに頷いた。

 ヤソナは本当にどこかに行ったのか?それともあまり考えたくはないが、誰かに連れ去られたのか?三人はそれぞれ特段これと言ったものをつかめないまま、もう一度図書館に戻った。

「ねえ、ヒラサカって知ってる?」

 図書館には誰もいなかったのでナナモは二人に話しかけた。

「ヒラサカ?」

 ずいぶん穏やかになって、ルーシーの面影を漂わすキョウコが、ナナモに反応してくれた。しかし、キョウコはそのままナナモを通り過ぎると、カリンが指示していた書棚のほうに向かった。一冊の本を取り出してナナモに見せると、その本の最初のページをめくっていた。

「コジキ?」

 ナナモはカミヨの成り立ちを、カミヨ文字を勉強するためにもう何度か読んでいる。

「コジキは、天地の初発の時、高天の原に成れませるカミの名はアメノミナカヌシであると、始まるわよね」

 キョウコは視線をその本に向けたまま、音だけはナナモに向けていた。

「でもヒトリカミだったからすぐに姿を隠してしまったんだろう」

「そうね、だからその後もヒトリカミは現れては姿を隠し、そのあとに男女対のカミが現れた。その最後のカミがこの国を作り始めたのよね」

「オノゴロシマだ」

「そうね、この島国はそう呼ばれていたみたいね」

「オノゴロシマがヒラサカと関係あるのかい?」

「そうじゃないわ。そのオノゴロシマを創ったのは?」

 カリンが二人に近づく。

「そうか、イザナギとイザナミだ」

「コジキではイザナギ(男カミ)イザナミ(女カミ)の二人は結婚して、でも、イザナギの方から求婚しなおして、そして森羅万象のカミガミを産み落としたと書かれてあるわよね。でも火のカミを生んだ時にやけどをして、そのことがもとでイザナミはヨミの国に旅立ってしまう」

「ヨミの国って地下の世界のことだね」

 アヤベは、すべてのカミではないが、地下の世界に行ったカミがオンリョウになり、そのオンリョウから地上の世界を守るために、皇家と王家が必要になったのだ、と言っていた。だったらこの国の創造主の一人は、カミから初めてオンリョウになったのだろうか。

「イザナギはイザナミのことをとても悲しんで、イザナミが火傷までして生んだ火のカミの首を刎ねてしまったのよね」

 キョウコは珍しく、でもそう書かれているけど本当はイザナミのことが好きすぎて仕方なかったという愛情を、稚拙な行動で書き記しているだけで、そういうことは出来なかったんだろうし、生まれてきた火のカミは大切なカミなのでそうたやすく殺されなかっただろうし、火は二つになってもまたすぐに一つになったはずだわ。だから首を刎ねたって書いたのは火のカミだったからなのかもしれないわねと、二人に語りかけていた。

「イザナギはイザナミを追ってヨミの国に行ったんじゃあなかったんだっけ」

 ナナモはアヤベのことを思い出しながら言った。

「そうね、でもね、イザナミはちゃんと葬られたのよ、ある場所に」

「ヨミの国だろ」

「コジキにはそうは書いていないわ」

「どこ?」

「ナナモはちゃんとコジキを読んでいるの?」

 キョウコは鋭い視線を添えて言った。ナナモはその気配にたじろいだ。

「ヒバヤマよ」

 カリンが助け舟を出してくれた。

「カリンは優しいわね。そう、ヒバヤマよ。一応、イズモとホウキの間にあると言われているんだけど、カミヨの世界だから」

「そこがヒラサカなの?」

 ナナもはついそう言った。

「そうね、ヒラサカは地下の世界と地上の世界を行き来できる通路のようなものって言われているから。もし、イザナミがヒバヤマに葬られたのならその近くにヒラサカがあっても不思議じゃないわね」

 キョウコはつぶやくように言ってからナナモをにらんだ。ナナモはまたキョウコから問題をぶつけられるのかと思ったが、そうではなかった。

「イザナギはそんなにイザナミのことを慕ってわざわざヨミの国まで行ったのに、イザナミの変わり果てた姿におののいてすぐさま逃げだしたのよ。ひどいと思わない?」

 ナナモは僕に言われてもと困ったが、イザナギはそのうえイザナミがイザナギをこれ以上追ってこないように、その通路に大きな岩を置いて塞いでしまったと書いてあったことを思い出した。アヤベの話によると、オンリョウになったカミは地上の世界に災いをもたらすという。だったら、もはやオンリョウとなったイザナミを地上の世界に来させないようにしたイザナギの行為は、男立場からの勝手な判断なのかもしれないが、悪いことではないと思う。しかし、そのことを今のキョウコにいう勇気はナナモにはない。

「そのうえ、イザナミに会ったことを穢れと考えて禊ぎを繰り返したのよ。女性が子供を産むことやそのことによって死を迎えることは穢れなの?私、そのことがどうしても許せないの」

 キョウコはカリンに同意を求めている。ナナモにはまだまだわからない男と女の不思議な世界。それはカミヨから続いているのだと思うしかない。

「ところでヒラサカのことよ」

 カリンはキョウコの気持ちを察するように少し間をおいてから、柔らかな物腰で言った。

「そうね、ごめんなさい。ちょっと熱くなったみたい」

 キョウコは一息つくようなしぐさを見せながら、ちょっとここを見てと二人を呼び寄せた。

 キョウコの示したカミヨ文字で書かれているコジキの書であるが、そこには地上の世界で読まれているコジキとは異なることが書かれているという。

 キョウコは、ここなんだけど、と言って指示した箇所には、イザナギがヨミの国から戻ってきたあとに、子供カミがイザナミに会いに行ったと書かれてあった。

「でも、イザナギとイザナミのふたりからは三十五柱間ものカミが生まれたの。その中の誰が子供カミとなって、母であるイザナミの所に行ったのかしら。それがわかれば大きなヒントになるのかもしれないんだけど」

 カリンがその本をキョウコから受け取りながら言った。

「カグツチかもしれないわね」

 キョウコは火のカミであるカグツチではないかと。何故なら火のカミのせいで火傷を負ったイザナミが病になって亡くなったのだし、そのイザナミを看取る前にイザナギに首を刎ねられたんで、母親に異常な執着を持っているはずだし、父親に対する憎悪は測りしれないからだと、説明した。

「それにヒノカグツチには自分の分身である兄弟が十六柱いるから」

「十六柱も?」

「でもね、そのうちの八人は、イザナギの十拳の剣についていた真っ赤なカグツチの血から生まれたの」

 ナナモはヤソナがいなくなった朝に見た燃え滾った八つの炎のことを思い出した。でも本当にカグツチなのだろうか。ひよっとしてその三十五柱全員が子供カミなのかもしれないし、全くその中にはいないのかもしれない。それにヤソナがヒラサカへ行ったとして、イザナミとどんな関係があったのだろう?ヒラサカには学校があるとカタリベが言っていた。だったら、ヤソナはヨミの国ではなくヒラサカの学校をただ見に行きたくなっただけなんじゃないだろうか?ヤソナは夏期講習は二度目だ。そう思っても不思議ではない。

 ナナモはどうすることもできなくてただイライラするばかりだった。そのことが二人にも通じたのか、それほど大きな役割を果たせなかったことを少し気にしているようにも思えた。

「ヤソナはきっと帰ってくるよ。もう遅いから寝ようか。今夜は付き合ってくれてありがとう。とても参考になったよ」

 ナナモは久しぶりにリフレッシュ出来た。今夜二人と会えたことを、そして、ヤソナには悪いが、殺風景な夏期講習の中で、三人で色々と話せたことが楽しかった。

 ナナモは二人と別れて一人部屋に帰った。オホノはいなかったので、ヤソナが帰ってきているのではないかと扉を開けたが、闇の世界がこの部屋を洞窟に変えていて、ナナモを無理やり引きずり込もうとする。ナナモは素早く部屋灯を付けた。その閃光の中でベッドに横たわっているヤソナが目に入る。どこに行っていたんだよ、心配したんだからと、声を掛ける。しかし、それは目が慣れなかっただけで、幻影は光の中に消えて行く。やはりヤソナは帰っていなかったんだ。その現実はナナモに急に寂しさをもたらした。と同時に、どこからか時計の秒針のようにカチカチと音を立てながら、激しい闘志が沸き起こってきた。

 もはや日付は変わっていた。ヤソナのベッドに、キョウコから受け取った、持ち出し禁止であるはずのあの参考書を置くと、ナナモはいつしか導かれるように眠りについていた。


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